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現代東アラブ地域研究ネットワーク

研究概要

■「アラブの春」後の中東における非国家主体と政治構造(2015年4月〜2018年3月)

科学研究費補助金(基盤研究(B))
課題番号 15H03132
実施年度 2015〜2017年度(平成27〜29年度)
研究代表者 青山弘之

研究目的

本研究は「アラブの春」と称される政治変動が中東地域にもたらした混乱に着目し、そのなかで台頭を遂げる非国家主体(アクター)と、「弱い国家」となった各国の主要な政治主体が織りなす政治構造の実態を解明することを目的とする。具体的には、「アラブの春」波及後の混乱がもっとも深刻な東アラブ地域諸国の政治の動静に焦点を当て、シリア、イラクで勢力を伸張する「イスラーム国」、レバノンのヒズブッラー、パレスチナのハマースといった非国家主体がいかなる組織かを把握したうえで、既存の国家枠組みのなかで政治を主導してきた軍、治安機関、政党・政治組織、NGOなどとどのような関係を築いているのか、そしてこの関係が各国および東アラブ地域の政治や社会の安定性にいかなる影響を与えているのかを明らかにする。

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2011年のチュニジアでの体制転換に端を発する「アラブの春」は、アラブ諸国に未曾有の政治変動をもたらした。この政治変動は当初、「独裁体制」対「民衆デモ」という硬直的ステレオタイプのなかに押し込められ、「民主化」に向けた動きとして理解・期待されることが多かった。だが結果的に見れば、「アラブの春」が波及した国のなかで、「民主化」を達成した事例は皆無で、そのいずれもが「弱い国家」としての度合いを強め、治安悪化や武力紛争に苛まれている。

こうした惨状は、東アラブ地域においてもっとも顕著である。「アラブの春」が最後に波及したシリアでは、バッシャール・アサド政権が抗議デモを弾圧した後も、欧米諸国、アラブ湾岸諸国、トルコが「民主化」支援と称して執拗な干渉を続け、「強い国家」としての地位を揺るがしていった。とりわけ、アラブ湾岸諸国とトルコは、力によるシリアの体制転換を促そうと外国人ジハード主義者を反体制運動に参加させ、アサド政権に対する決定打を欠く欧米諸国もこれを黙認した。外国人ジハード主義者は、ほどなく「シャームの民のヌスラ戦線」、「イスラーム国」として糾合し、「国際社会の脅威」と目されることになった。

「アラブの春」の波及によって混乱に陥った国は、東アラブ地域諸国においてはシリアだけだったが、同国の紛争はほどなく周辺諸国にもさまざまなかたちで波及した。

レバノンではヒズブッラーがアサド政権を支援するためにシリアでの戦闘に参加したが、その是非をめぐって国内の対立が激化し、国会議員と大統領の改選が不可能となった。レバノンは2005年の「杉の木革命」以降、国家機能の麻痺が常態化していたが、シリアの紛争はこうした事実上の無政府状態を決定的なものとした。パレスチナでは、ハマースが、「アラブの春」による域内勢力図の変化に呼応するかたちでアサド政権との関係を解消し、カタール、エジプトに接近した。だが、ハマースは、両国が内政および外交面で迷走した結果、アラブ世界におけるプレゼンスの低下に直面した。こうした事態は、イスラエルによるガザ攻撃(2014年)を誘発し、ファタハとの挙国一致体制、さらにはパレスチナ・イスラエルの和平プロセスに暗雲を投げかけた。イラクでは、シリアで勢力を得た「イスラーム国」の侵入と、欧米諸国によるヌーリー・マーリキー政権辞任要求によって、欧米主導のもとに確立していた「民主主義」が事実上破綻した。

以上のような東アラブ地域情勢を総じて見ると、「アラブの春」後の混乱が、パレスチナ問題、イラク問題、レバノン問題といった従前の紛争と絡み合うかたちで周辺諸国に拡散し、「紛争のドミノ」、「混乱のドミノ」とでも言うべき状況が生じたものと捉えることができる。そして、こうした状況を生み出した背景には、本研究が主要な分析対象とする非国家主体の台頭があった。

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非国家主体とは、拙稿(青山・末近[2009]など)を通じて、研究代表者・分担者が実態解明を試みてきた「非公的」政治主体を構成する主体(アクター)である。東アラブ地域諸国の政治は、法的・制度的な枠組み、さらには既存の国境線のなかで権力を行使する大統領(府)、国会、政党・政治組織など「公的」政治主体によって担われているのではなく、こうした枠組みを超えて活動する非公的政治主体、具体的には、軍、治安機関、対イスラエル抵抗組織といった主体が決定的な役割を担ってきた。青山・末近[2009]が「権力の二層構造」、ないしは「権力の二元的構造」と名づけたこの政治構造において、非公的政治主体は、「アラブの春」波及以前は中東随一の「強い国家」と目されてきたシリアでは、権威主義体制の維持・強化を主導し、また常態的に国家機能が麻痺しているイラク、レバノン、そしてパレスチナでは、国家に代わって国防、福祉を担う「国家内国家」としての役割を担ってきた。なお、本研究において非公的政治主体の下位類型として非国家主体を設定するのは、非国家主体が、既存の国家の法的・制度的枠組みを超越ではなく、否定(ないしは軽視)しているという点で、既存の国家の存在を是とする非公的政治主体と若干様相を異にするからである。

「アラブの春」波及後の混乱は、非公的政治主体の存在感だけではなく重要性をさらに高めた。シリアでは、統治能力を低下させたアサド政権下の国家機能を補うかたちで、国防隊、バアス大隊、人民諸委員会といった民兵・自警団や官制NGOが、自発的、ないしは政府主導のもとに発足し、治安活動や社会活動を代行した(青山[2014])。また同国北東部では、クルド民族主義政党の主導のもと西クルディスタン移行期文民局(自治政府)が発足し、政権との戦略的関係のもと支配地域の統治を担った。またレバノンでは国家機能が麻痺するなか、ヒズブッラーをはじめとする政治勢力が社会生活の維持に努め、パレスチナでも、ファタハやハマースが挙国一致体制の構築をめざしつつ、それぞれの支配地域における実効支配を強化していった。つまり、東アラブ地域の非公的政治主体は、情勢を単に変化させ、不安定をもたらすだけでなく、混乱による政治や行政の空白を埋め、安定をもたらそうとする側面を持っているのである。

本研究は、非国家主体を含む非公的政治主体が政治構造のなかで持つこうした多様な役割にまさに着目し、その実態を明らかにしようとするものである。

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非公的政治主体の活性化は、「アラブの春」以前には政治の周縁にあると考えられてきた主体、すなわち本研究において非国家主体と呼ぶ主体を活性化させた。その代表が「イスラーム国」をはじめとするジハード主義組織(ないしはいわゆる「アル=カーイダ系組織」)である。また、シリアの西クルディスタン移行期政府、イラク・クルディスタン地域政府、ヒズブッラー、ハマースといった組織は、既存の国家枠組みを明示的に否定してはいないが、「弱い国家」に「寄生」するかたちで初めて存在し得るという点で、非国家主体の変種とみなすことができよう。

「アラブの春」以降のアラブ政治に関する研究は、民主化や紛争の激化といった政治変動に力点を置いたもの(例えばal-Haddad[2013])、政治変動のなかで台頭、翻弄される政治主体に焦点を当てたもの(例えばal-‘Abduni[2014])が主流をなしている。これらは、各国の政治の推移、特定の政治主体の動静やイデオロギーを綿密に追っている点で地域研究の王道を行くものと評価できる。しかし、流動性を増す東アラブ地域各国の政治は、「アラブの春」がデモンストレーション効果を通じて拡散したように仮想的に連鎖しているだけではない。前述した通り、東アラブ地域の政治は、非国家主体を含む非公的政治主体を介して実体的に連関している。ゆえに、従来の地域研究における研究対象の基本的なユニットと目されてきた国家や公的政治主体を個別に踏まえつつも、それらが織りなす複雑な関係のありようを政治構造として体系的にとらえ直すことがこれまで以上に求められている。

以上を踏まえて、本研究では、非公的政治主体、なかでも既存の国家の枠組みを否定・軽視するかたちで政治的営為を行う非国家主体に焦点を当て、これらの主体が「弱い国家」群となった東アラブ地域諸国の政治秩序にいかなる役割を果たしているのかを解明する。また新たに台頭した非国家主体、そして従前的な非公的政治主体、そして衰弱した公的政治主体がいかなる関係を織りなし、政治構造をかたち作っているのか、その全体像を示すことで、「アラブの春」後の東アラブ地域、さらには中東地域の政治のありようを明らかにする。

<参考文献>
青山弘之 2014.「紛争下のシリアにおける政治構造の若干の変容(試論):「権力の二層構造」持続に向けた抜本的制度改革」『国際情勢 紀要』第84号、2014年2月、pp.183-196。
青山弘之・末近浩太 2009.『現代シリア・レバノンの政治構造』岩波書店。
al-‘Abduni, ‘Abd al-‘Ali 2014. Hizb Allah fi ‘Asr Lujji[奈落のなかのヒズブッラー]. Beirut: Beirut: Dar Maktaba al-Basa’ir.
al-Haddad, Muhammad 2013. al-Tanwir wa al-Thawra: Damaqratat al-Hadatha am Akhwanat al-Mujtama‘?[啓蒙と革命:近代性の民主化か社会の同胞団か?]. Beirut: Dar al-Tanwir li-Tiba‘ah wa al-Nashr.

al-Ayyam (Ramallah, http://www.al-ayyam.ps/default.aspx)
Champress (Damascus, http://www.champress.net/)
Haaretz (Tel Aviv, http://www.haaretz.com/)
al-Hayat al-Jadida (Ramallah, http://www.alhayat-j.com/newsite/index.php)
al-Intiqad (Beirut, http://www.alintiqad.com/)
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Qanat al-‘Arabiya (Dubai, http://www.alarabiya.net)
Qanat al-Dunya (Damascus, http://www.addounia.tv/web/main.php)
Qanat al-Jazira (Doha, http://www.aljazeera.net/)
al-Quds (al-Quds, http://www.alquds.com/)
Wafa (Ramallah, http://www.wafa.ps/arabic/index.php)
Yediot Aharonot (Tel Aviv, http://www.ynetnews.com/)

研究代表者・分担者

青山弘之(東京外国語大学大学院総合国際学研究院)
末近浩太(立命館大学国際関係学部)
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
山尾大(九州大学九州大学大学院比較社会文化研究院)


科学研究費助成事業データベース

「アラブの春」後の中東における非国家主体と政治構造