ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス代表は、「The Two Big Holes in the Strategy Against ISIS
」(邦題「IS – イスラミックステート」との戦いにふたつの大きな落とし穴」)と題した論説( http://www.hrw.org/news/2015/02/10/two-big-holes-strategy-against-isis、日本語訳http://www.hrw.org/node/132899)を発表し、ダーイシュ(イスラーム国)への勢力拡大を抑止するため、ダーイシュではなく、それに対抗するイラク政府やシリア政府の「残虐行為」に対処すべきだと主張した。
ロス代表の持論(日本語訳より抜粋)は以下の通り:
「米国主導の対IS軍事作戦は今のところ功を奏していません。イラクのシーア派による宗派主義や、シリアのアサド大統領による残虐行為に対処しない限り、事態が好転することはないでしょう」。
「IS対策で何が不可欠かを理解するには、この組織が台頭した背景を思い出すのがよいでしょう。米国のイラク侵攻後の混沌に加え、マリキ・イラク前首相下での人権侵害をもたらす宗派政治、それに伴うスンニ派の急進化が、IS台頭の大きな原因です…。こうした残虐な人権侵害はISの描く画にぴったりはまりました。ISが残虐行為を行う理由の1つは、イラク政府からこうした反応を引き出し、それをてこにスンニ派住民の支持を得ることにあるようです」。
「(イラク)国軍が混乱状態にある脆弱な中央政府は、シーア派民兵組織への依存を深めています。こうした民兵組織は現在も対IS戦の主要な地上部隊ですが、同時にスンニ派住民を殺害し、村落や地域という規模で住民を掃討しています」。
「シリアについてはさらにひどいものです。ISはシリア反政府勢力の支配地域で、政府軍による一般市民への意図的な攻撃に最も効果的に対抗できる勢力は自分たちだと主張しています。アサド大統領の並外れた残忍性は否定しようもありません。化学兵器を国外に搬出して以降、最も悪名高い兵器となったのは「たる爆弾」(高性能爆薬と金属片が詰め込まれたドラム缶など)です。空軍は通常この爆弾を、対空砲火の届かない高高度を飛ぶヘリコプターから投下しており、標的を正確に定めるのは不可能です。たる爆弾はそのまま地上に落ち、ISよりもはるかに多くのシリア一般市民を殺害してきました」。
「たる爆弾はあまりに不正確なため、自軍への被害を恐れてシリア軍も前線では使おうとしません。シリア軍はアパートや病院、学校など市民生活に関わる施設を破壊することを知りながら、反政府勢力の支配地域にたる爆弾を投下しています。アレッポでは、国外脱出していない人びとの一部が前線により近い場所に移動しています。狙撃兵や砲弾の方が、たる爆弾の恐怖よりましだというのです」。
「シリア政府が化学兵器で市民を攻撃した時、国連安全保障理事会はアサド大統領に化学兵器の使用停止と廃棄を強く求めました。しかし、シリア政府がたる爆弾など通常兵器による無差別攻撃で無数の市民を殺害し続けるなか、安保理はロシアの拒否権にはばまれ、ほとんど傍観者の状態にあります。無差別攻撃を停止するよう要請はしていますが、実現への圧力を掛けるにはいたっていません」。
「私はケリー米国務長官側近の1人から、3部構成の対シリア戦略について詳しい説明を受けました。空爆作戦によるISへの打撃、対抗する武装勢力の訓練、そして「政治的な前進に向けた努力」です。米国が訓練を行うと公約した穏健派の勢力は、ますますとらえどころがなくなっており、近いうちに本格的な軍事行動を展開できるようになるとは誰も思っていません。とにかく米国の関心はアサド大統領ではなくISです。和平合意の取り組みは散発的なもので、全国レベルの交渉は実を結ばず、スタファン・デミストゥラ国連特使が目指す当該地域の戦闘「凍結」(停戦)もまだ結果が出ていません」。
「アサド大統領の残虐行為への無関心は、政府に進んで立ち向かう唯一の存在を名乗る過激派の戦闘員確保にとってプレゼントのようなものです。シリア国民にISの虐殺行為への対応だけを求めるのは、必勝戦略といえません。全陣営による残虐行為からの市民の保護というかたちで関心を広げなければなりません」。
「ケリー国務長官がアサド大統領の残虐行為をあまり話題にしない理由には、次のステップではより広範な米国の軍事行動が求められかねないことへの恐れがあるのかもしれません。たとえば、たる爆弾を投下するヘリコプターへの飛行禁止区域の設定などです」。
「欧米がたる爆弾への対応を躊躇するもうひとつの理由は、ISによるシリア乗っ取りを阻んできたアサド大統領の力を削ぎかねないことへの恐れかもしれません。しかしたる爆弾はその不正確さから、たとえあったとしても軍事的意味は微々たるもので、これまでも一般市民の殺害にのみ使われてきたようなものです。使用停止が、シリア政府や反政府勢力、IS間の力関係を変えてしまうほどの影響を持つとは考えられません」。
「今こそ、「努力系列」の先に進むべき時期です。欧米諸国にはイラク、シリア両国での対IS戦略が必要です。ISの拡大を許す残虐行為に対処しない限り、どのような戦略も現実的な効果を持ちません。イラクのシーア派民兵組織に対する統制の確立と、シリア政府のたる爆弾の使用停止こそが、対IS戦略の成功には必要不可欠なのです」。
Human Rights Watch, February 10, 2015をもとに作成。
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