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アラブ連盟監視団のメンバーの一人でアルジェリア人のアンワル・マーリク氏は監視団を辞すと発表した。
マーリク氏は「監視団の任務はさらに血塗られた段階を準備するために利用されている。監視団が撤収しなければ、アラブ人は大災難に直面するだろう…。監視団がとどまれば、シリアは内戦に向かってしまう」と述べた。
また「シリアにテロなどない。あるのは民衆革命だ。自由シリア軍は攻撃しているのではなく、人々を守っているのだ」と付言、ヒムス市で「我々は皮がはがされ、ひどい拷問の跡が残る遺体を実際に目にした」と述べた。
マーリク氏のほか、エジプト人のアフマド・アブドゥッラー・ハリール氏、ジブチ人のムハンマド・フサイン・ウマル氏、さらにモロッコ人、チュニジア人、スーダン人なども監視団を辞めたという。
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しかしAFP(1月11日付)は、匿名のアラブ連盟高官の話として、マーリク氏がシリア滞在中にヒムス市を視察するチームには加わっていなかったと報じた。
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AFP(1月11日付)は、アラブ連盟高官筋の話として、9日のラタキアでの監視団襲撃を受けるかたちで、連盟が新たな監視団派遣を凍結したと報じた。
SANA(1月11日付)は、ヒムス県ヒムス市アクラマ地区で、テロの被害を取材中の外国の取材チームとテロに反対する市民に向かって武装テロ集団が迫撃砲を撃ち、フランス人テレビ・レポーターのジル・ジャキエ(Gilles Jacquier)氏を含む9人が死亡、20人以上が負傷したと報じた。
記者の殺害に関して、情報省、国民情報会議がそれぞれ声明を出し、テロ組織の犯行を強く非難した。
シリア人権監視団はこの襲撃に関して、「迫撃砲の発射元は分からない。しかし同市の活動からは当局を疑っている」と発表し、事件の調査を求めた。
取材チームはフランス人記者、ベルギー人記者、スイス人記者、シリア人同行者などからなっていた。
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SANA(1月11日付)によると、ヒムス県ヒムス市サビール地区でも武装テロ集団がRPG弾や迫撃砲を発射し、市民1人が死亡、16人が負傷した。
一方、ダマスカス郊外県ヤアフール町では、武装テロ集団が仕掛けた爆弾の爆発に軍兵士を乗せたバスが巻き込まれ、兵士4人が死亡、8人が負傷した。
さらにイドリブ県マアッラト・ヌウマーン市では、武装テロ集団が市民1人を自宅で殺害した。
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シリア人権監視団によると、このほかハマー県カフルヌブーダ町で4人の民間人が殺害され、また軍と離反兵が交戦した。
さらにダマスカス郊外県ダーライヤー市では治安当局が実弾などを使用しデモの強制排除を試み、イドリブ県マアッラト・ヌウマーン市では市民がゼネストを行ったという。
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SANA(1月11日付)などシリア公式筋は、アラビーヤ(11月10日付)やジャズィーラ(1月10日付)などが国内の刑務所で拷問により死亡したと報じたアッファーフ・マフムード・サラーキビーちゃん(4ヵ月)の母親シャーディヤ・アブドゥルジャッバール氏が同報道をねつ造と断じ、アッファーフちゃんが心臓病で自然死したと証言した、と報じた。
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『カースィユーン』(1月11日付)は、ダイル・ザウル市での反体制デモを組織していた青年指導者の一人で人民意思党メンバーのズハイル・アリー・マシュアーン氏がデモ参加中に殺害されたと報じた。
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『クッルナー・シュラカー』(1月12日付)は、ダマスカス郊外県サッブーラ地方で軍兵士を乗せたバス2台がRPG弾で迫撃されたと報じた。
襲撃されたバスには、第14師団の兵士と第4師団の兵士が乗っていたという。
アサド大統領がダマスカス県ウマウィーイーン広場で行われていた大規模集会に「突如」姿を現した。
大統領が政権支持集会に姿を現すのはこれが初めて。
会場に姿を現したアサド大統領は同広場に隣接するアサド図書館から集会参加者に向かって、「私がここに来たのは、手に手を携えて、未来を見、前を、そしてシリアを見つめるためだ。我々が愛するシリアを。強力なシリアを。寛大で誇り高いシリアを。前へ進むために個々にやってきた。片方の手で改革を、そしてもう一つの手でテロとの戦いを握りしめるため」と述べた。
また「我々には将来への信頼がある。あなたたちを信頼している…。なぜなら疑う余地なく、我々が陰謀に勝利するからである…。彼らは今、陰謀の最終段階にある。我々はこの段階を彼ら、そしてその計略の最後とするだろう」と述べた。
会場に集まった市民は、国民統合、外国の内政干渉拒否、アサド政権主導による改革支持を訴えた。
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ダマスカス県以外でも、アレッポ県アレッポ市、ラタキア県ラタキア市、ダイル・ザウル県ダイル・ザウル市、ハサカ県ハサカ市、ダルアー県ダルアー市、スワイダー県スワイダー市、イドリブ県サルキーン市、ジスル・シュグール市、アブー・ズフール町、ヒムス県アフラーム市、ラッカ県ラッカ市などで同様の集会が行われた。
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AFP(1月11日付)は、アレッポのギリシャ・カトリックのヨハンナー・ジンビルト司教はフランス紙の取材に対して、「我々は体制崩壊の影響で、イラクと同じように、多くの信者が移民を余儀なくされるかもしれないことを懸念している…。キリスト教徒は過激なスンナ派による支配を信用しておらず、ムスリム同胞団の覇権を恐れている」と述べたと報じた。
西欧で亡命生活を送るリフアト・アサド前副大統領(アサド大統領のおじ)はSAWAラジオ(1月11日付)に対して、アサド大統領の「支配を続けることは不可能なこととなった」としたうえで、「シリアを宗派主義的内乱から救済し、外国の介入を排除したまま流血と破壊を回避するため、家族の介入」が必要であると述べ、「家族の外交」を駆使して大統領の退任を促していることを明らかにした。
しかしR・アサド前副大統領は、ダマスカスがこの努力に耳を傾けようとしないと失望感を露わにした。
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シリア変革大会(アンタリア)は声明を出し、10日のアサド政権の演説が「多くの嘘に彩られ、現地の真実に反している」と批判した。
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変革解放人民戦線は10日のアサド大統領の演説を受けるかたちで声明を出し、「(アサド大統領が)言及した国民和解実現と危機打開に向けたステップ」と評価した。
そのうえで、現体制および反体制勢力を含むすべての政治勢力が参加する挙国一致内閣の早期発足を呼びかけた。
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『ワタン』(1月11日付)によると、変革解放人民戦線のアリー・ハイダル氏は、アサド大統領の演説を「長らく我々が求めてきた抜本的・包括的構造改革を示すものである」と評価した。
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『ワタン』(1月11日付)によると、民主変革諸勢力国民調整委員会のハサン・アブドゥルアズィーム代表は「優先事項は暴力、殺戮の停止、民間人の補語、軍の都市からの撤退、逮捕者釈放」としたうえで、「現体制下での部分的改革への参加はできない」と述べ、アサド大統領の呼びかけを拒否した。
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『ワタン』(1月11日付)によると、シリア国家建設潮流のルワイフ・フサイン代表は、アサド大統領が演説て述べた挙国一致内閣に関して、「危機解決をもたらさない」と述べたうえで、アサド政権が暫定政府の樹立を受け入れることが問題解決の第一歩になるとの見方を示した。
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シリアの反体制活動家数百人を載せた自由輸送団が人道物資を輸送するためにトルコとヨルダンを出発。
12日に陸路でシリアに入国する予定。
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ジャズィーラ(1月11日付)は、シリアの芸術家たちが「自由のためのシリア芸術創作家連合」の設立を呼びかけたと報じた。
ムスタクバル潮流のマイーン・マルアビー議員は『ナハールネット』(1月11日付)に対して、レバノン軍治安当局がシリアに向かおうとしていた複数のシリア人とレバノン人を北部県アッカール郡・ベカーア県ヘルメル郡間のルワイマ検問所で逮捕したことを明らかにした。
『ナハールネット』(1月11日付)によると逮捕されたシリア人は5人で、トリポリ市内の病院で治療を受けようとしていた、という。
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自由国民潮流代表のミシェル・アウン議員(元国軍司令官)は、10日のアサド大統領の演説を踏まえるかたちで、「シリア国民は充分勤勉に内紛を収拾しようとしている」と述べるとともに、「改革を要求する反体制勢力を装って不安定を情勢しようとする試みがある」と反体制運動およびそれを支援する国々を暗に批判した。
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3月14日勢力の事務局が会合を開き、10日のアサド大統領の演説を「体制による虐殺を隠蔽する」内容だと非難し、レバノン政府に対してさらなる弾圧激化が懸念されるシリア情勢と距離を置くよう求めた。
フランスのアラン・ジュペ外務大臣はパリで記者会見を開き、10日のアサド大統領の演説を「暴力を奨励」し、「現実を否定する」発言と非難した。
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米国のビクトリア・ヌーランド国務省報道官は、アサド大統領の演説がデモ参加者への暴力から目をそらし、暴力に対する責任逃れだとしたうえで「そのことから、アサドが去るときが来たという我々の考え方が再確認された」と述べた。
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ヒラリー・クリントン米国務長官はカタールのハマド・ブン・ジャースィム首相と会談後の共同記者会見で、アサド大統領の10日の演説を「責任を負う代わりに、諸外国や陰謀を責めただけ」と非難した。
そのうえでアラブ連盟監視団に関しては「無期限に活動警告することはあり得ない」と述べた。
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トルコのアフメト・ダウトオール外務大臣はアンカラで記者会見を開き、9日のラタキアでのアラブ連盟監視団への暴行に関連して、監視団の活動は不可能だとの見方を示した。
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キプロス当局は大量の軍事装備を積載した船舶のシリア、トルコへの出港を許可した。
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アルジェリアのムラード・マドリスィー外務大臣は国連での記者会見で、「問題に直面している一部の都市から重火器を撤退させた…。まだ多くの人が拘束中だが、数千人の逮捕者を釈放した…。不完全だがメディアに対して門戸開放を行ったことも事実だ」と述べ、アサド政権の姿勢を高く評価した。
AFP, January 11, 2012、Aljazeera.com, January 11, 2012、Akhbar al-Sharq, January 11, 2012, January 12, 2012, January 13, 2012、al-Hayat, January 12, 2012、Kull-na Shuraka’, January 11, 2012, January 12, 2012、Naharnet.com,
January 11, 2012、Qasiyun, January 11, 2012、Reuters, January 11, 2012、SANA, January 11, 2012、al-Watan, January 11, 2012などをもとに作成。
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