アサド大統領が第3期人民議会の開会に合わせて議員を前に演説:「我々が軍に寄り添っているのは、その成果があったからだということを思い出して、自国通貨を支援しなければならない」(2020年8月12日)

アサド大統領が第3期人民議会の臨時会(開会会議、8月10日開会)に合わせて、議員を前に演説を行った。


演説は、シリア軍がアレッポ市西部郊外一帯を完全解放したのを祝して2月17日に行われて以来、約半年ぶり。

新型コロナウイルス感染症対策として、演説は人民議会議事堂ではなく、人民宮殿の大ホールで行われた。

**

12日の正午に、大統領府がフェイスブック、ツイッター、テレグラムなどの公式アカウントを通じて、「第3期人民議会の議員を前にアサド大統領の演説が予定されている」と告知されていた。

アサド大統領は演説のなかで、人民議会選挙の意義、立法府の役割、米国のシーザー・シリア市民保護法への対応、シリア・ポンドの下落への対応策などについて言及した。だが、演説が中盤にさしかかった頃から言葉がつかえ始めた。

苦しそうな表情を浮かべて、用意されていた水を飲むなどした大統領は、話を中断し、「1分座らせてもらえるか。差し支えなければ、1分だけ。1分だけ…」と述べて、よろけながら会場を後にした。

大統領府は午後5時頃、フェイスブック、ツイッター、テレグラムなどの公式アカウントを通じて、以下の通り、演説の再開を発表した。

「午後6時30分ちょうどに、全国のメディアとSNS上の大統領府のプラットフォームで、人民議会議議員に対するバッシャール・アサド大統領閣下の演説をフォローできます。演説は、大統領閣下が軽度の低血圧症に見舞われたために数分間中断していましたが、その後通常通り再開されます」。

その後、アサド大統領は軽やかな足取りで会場に登場し、演説は再開された。

「あなたに血と魂を捧げる、バッシャールよ」と連呼する議員たちを前に、壇上に戻った大統領は、頭をかいて、照れ笑いをしながら、こう釈明した。

「医者というのが最悪の患者だ。医者のような人物が(病気の)原因になったとしたら…」。

「昨日の午後から食事をとっていなかった」。

「砂糖と塩を摂取したら、血圧は戻った」。

**

演説の映像は大統領府(https://youtu.be/qDDi14KnJOw)が公開し、全文はSANA(http://www.sana.sy/?p=1200430)が掲載した。

アサド大大統領の演説の骨子は以下の通り。

**

寛大なる諸君らの議会の選出は…戦争における諸々の基点における歴史的な一基点である。それは、国民が有権者としてのペンをとって、自らの意志で、そして自ら挑戦して、詳細を記したものである。つまり、こうした状況下における諸君らの責任は、歴史的な責任でもあり、そこには膨大な任務が伴われている。諸君らは国民の利益を守り、その希望を実現していくことになる。

間違いなく、今回諸君らが挑んだ選挙は、これまでと大きく異なっている。選挙をめぐる反響、選挙中、そしてその後の騒ぎがそのことを示している。我々は今もその反響を耳にしている。新型コロナウイルス感染症の影響で一部の人々が選挙への参加を控え、立候補者の選挙活動が制限されたにもかかわらず、多くの(選挙)リストが出され、真の競争が行われた。こうしたことをこれまで目にしたことはなかった。こうした競争こそが国民的な原動力、すなわち国民的な責任を表現する肯定的な原動力となる。しかし、肯定的な原動力だと言うとき、それは否定的なものが排除されたことを意味しない。こうした否定的側面の多くは、有害でさえある。(選挙にかかる)基準、介入、政治資金をめぐって多くの批判を耳にした。

この地域の特徴の一つとして…、問題を無視、軽視し、対処せずに放置するという状態がある。我々は多くの社会的弊害を目にしてきたし…、法律、さらには選挙に関わる措置のなかにある明らかな欠陥を目にしてきた。対話を通じて学ぶことができれば、それが肯定的なものとなる。選挙後に対話を始めねばならない。街で示された問題について対話を止めてはならない…。対話を通じて、合意に達し…、法的規定にすることができれば、こうした規定こそが社会的弊害を抑止し、機会均等のもとでの選挙戦を可能とする。

戦争が我々に議題を課そうが、そのことは我々が自分たちの義務を実行することを禁じられているという意味ではない。破壊とテロが後退を強いても…、前進を禁じられているという意味ではない…。我々が考慮しなければならないのは、戦争での勝利は軍事、経済、物質面に限られないということだ。成功にいたる計画は、健全な戦略的視点に基づいており、組織内外での建設的な対話なくして、こうした視点は実現し得ない。諸君らの議会は、こうした対話における中軸的な役割を担っている。

議会は、市民と行政府を結ぶ最も重要な架け橋だ…。議会の成功、そして議員の成功は、両者の信頼ある関係と結びついている…。

立法における欠陥は、組織に害を与え、立法に対する市民の信頼を揺るがし、士気を弱め、安定を揺るがす。この二つ、すなわち士気と安定は、シリアに対する侵略の本質をなし、同時にシリア防衛の本質をなしている。とりわけ、この戦争は、世界各地から数万というテロリストを引きつけており、軍事的な側面において非伝統的なものだ。また、士気を挫き、自滅、さらには無償の屈服を実現しようとして精神的な側面に依存してもいる。

もちろん、我が国民は、数年におよぶ戦争を通じて巨大なメディア機関に立ち向かう並々ならぬ意思を示してきた…。だが、我が市民の偉大な意志にもかかわらず、我々は再三にわたり、我々の社会の一員の視点をぼかし、絶望と敗北主義を助長しようとするのを見てきた。もちろん、こうした人々は多数派ではなかったが…、我々が敵と対峙するためのエネルギー源を必要とする時、我々は絶望を希望に代え、弱さを力に代える必要がある。

最低限の愛国心を持っている者であれば、これだけの犠牲を払った末に敗北主義的な主張を受け入れることはないと考えている。負傷者の身体、殉教者の血は無償ではない。そこには対価がある。その対価とは不屈の精神であり、勝利だ。

戦いとは、挑戦に抵抗しようする思考、自らの能力への信頼、正しい不屈の精神構造の上に成り立つ。戦争とは美しい旅行ではない、祖国防衛とはロマンチックな物語ではない。こうした自明の理を意識しなかった者は…祖国を失ってきた。こうした言葉は脅威を減じ、敵の力を削ぐのが目的ではない。とはいえ、脅威を前にして、我々は慎重になり、それを避けるために行動するものだ…。こうしたなかで、最近になって、「シーザー法」をめぐって、それが、脅威で破壊的だという見方と、単なるプロパガンダで影響はないとする議論がある…。しかし、実際のところ、いずれの見方も誤りだ…。なぜなら、「シーザー法」はそれ以前の出来事と切り離されてはいないからだ。それは、シリア人に甚大な被害を与えてきた過去数年にわたる制裁の一部をなしている…。唯一の違いは、新しい名前をつけたということ、そして、それによって我々が経済テロというより大きな問題を忘れてしまったということだ。我々は「カイザー」という些末な名前に囚われて、それが一部であることを忘れてしまったのだ。

我々は(シーザー法を)全体的な流れのなかで捉え、そのなかでそれぞれの出来事の目的や役割を理解し…、その法律の背後にあるものを理解しなければならない…。この法律はなぜこの時期に施行されたのか? 彼ら(米国)はいつもであれば、法律なしに行動をエスカレートさせてきたのに、この法律をなぜ必要としたのか?

まず、この戦争の全体的な流れのなかにおいて、テロリストが任務に失敗する度に、行動はエスカレートしてきた…。今回はアレッポ県西部とイドリブ県南部が解放されたのを受けて、我が軍が実現した勝利の結果を弱めようと、経済的な攻撃が行われた…。別の側面もある。それはテロリストのやる気にさせることだ。テロリストたちは過去数年間で、自分たちの主への信頼をなくしてしまった。彼らは武器を引き渡し、態度を代え、過去数年で約束をとりつけたことを実現できるという希望を失った。米国はこうしたテロリストをシリアだけでなく、イラク、リビア、イエメンなどで必要としている。一部のテロリストのことだけ話しているのではない。ダーイシュ(イスラーム国)をはじめとするすべてのテロリストのことを話している…。ダーイシュ、ヌスラ(シャーム解放機構)、シャーム戦線、シャーム自由人などを名乗る連中は、米国の心にもっとも近い存在だ…。彼ら(米国)はこの法律で、自分たちがしっかりと取り組んでいるとテロリストに表明し、「最後まで我々はあなた方とともにある」と言いたいのだ。

二つ目の質問は、「シーザー法」がなぜ、東部地域での収穫物の火災、市民の移動阻止と時を同じくしていたのか、というものだ…。理由は、その法律だけでは、自分たちが望む状態を作れないことを知っていたからだ。

三つ目の質問は、なぜ、同じ時期に砂漠地帯や国境地帯でイスラエルの爆撃が行われたのか、というものだ…。理由は、砂漠地域一帯でのダーイシュの活動を促すためだ。

彼ら(米国)は歴史を通じて、海賊行為、道路封鎖、強盗とまったく同じ方法で、スマートな制裁を科してきた。なぜなら、彼らは他人の生活の糧を奪い、断ち切ってきたからだ…生活の糧を遮断し、シリア国民を締め付けることが、スマートな制裁だというのなら、なぜ、米国の警察によって窒息させられたジョージ・フロイドの名前をつけなかったのか…。

制裁に対する実効的な対抗措置は、すべての部門で生産を増加させることだ。これはまず、我々が直面している問題、否定的側面、挑戦に対処することから始められる。我々のほとんどは、それらが何なのかを承知しており、その解決は、戦争の脅威や制裁以前に、国民的な要請なのだ。我々の現状においてより火急なっている。開発がより必要となっている。これらの問題の筆頭にあげられるべきは、我が国の通貨の購買力と直接結びついている生活状況(への対処)だ…。シリア・ポンドに影響を与えている要因は周知のものだ。戦争による直接の影響により、インフラが破壊され、投資が大きく後退することで経済が低迷している。また、制裁によって、生産、社会福祉、そして市民の生活に必要な基本産品の輸入が阻まれている…。近隣諸国の経済も停滞している。加えて、国内での新型コロナウイルスによる隔離、外出禁止がある…。これらすべての要因が過去10年で徐々に経済状況やシリア・ポンドに影響を及ぼした。

人々が自国通貨に依存しないで、ドルを買いに走る場合、彼らのパニック以外のすべての要因には対応策がある。過去20年間に通貨や証券が暴落した多くの国に目を向けると、経済も治安状況も良好だったが、突如として低迷した。その理由はたった一つで、それは民衆のパニックだった。

つまり、シリア・ポンドを売って、蓄財しようと者がいれば、そうした人が実際にインフレをもたらし、インフレが物価高騰をもたらし、蓄えていた以上を失うことになる。こうした行為は利己的だ。なぜなら、自分のことだけを考えて、多くのシリア人が受ける被害を考慮していないからだ…。一定額であれば経済に影響はないと考える者もいる。だが、それは正しくない。新型コロナウイルスも1人の感染から始まり、世界に拡がったのだ…。生産のために外貨を必要とすることと…、(自国の)通貨を切り捨てることの違いは大きい。後者は、我々を外国の経済的、政治的な決定の人質にすることだ。つまり、主権を喪失した国家にすることだ。奴隷になることだ。

だが、約言すると、さまざまな機関によって実施されている措置は、通貨を安定させることを目的としている。この通貨を安定させ、より良い状態に回復させるには、みなの協力が必要だ。なぜなら、シリア・ポンドは皆の手の中にあるからだ…。我々は外国通貨のために見捨てるのではなく、この通貨を支援しなければならない。我々が軍に寄り添っているのは、その成果があったからだということを思い出そう。我々は自国のポンドに寄り添うのは、その力があるからだ。

歴史、とりわけ現代史を通じて、強い資本によって建設された国家は、巨額の資本によって建設されたわけではなかった。ベンチャー資本によって打ち立てられた国家は、弱腰の資本で建設された国家ではなかった…。我々は常に大規模投資に力点を置いてきたが、我々は今日、国民経済を担うための寄り強い力を持つ小規模投資を支援しなければならない。理由は、そうした投資は、柔軟で、圧力に耐え、制裁に立ち向かう能力があるからだ。また、多様で、地理的に多岐にわたっており、地元の産品により多く依存でき、低コストで、融資も容易だからだ。

とりわけ、農業部門を支援しなければならない。なぜなら農業部門は、国民経済の柱だからだ。加えて、農産品や家内産業産品を支援しなければならない。

こうした現状における最善の策は…農業の戦略部門を定める総合プロジェクトを作り出すことであるべきだ。

制裁下の今日においては、あらゆるものが戦略的になり得る…。約言すると、農業部門における早急な改革は、ほかの産業部門にも迅速かつ広範な結果をもたらし得る。それゆえ、こうした改革は今後の政府機関の活動における主要な基軸の一つをなさねばならない。

資源を増大させるための取り組みは、その枯渇を食い止める取り組みを伴わなければならない。穴を塞がずして、器を満たすことはできない。汚職は、経済の穴、道徳の穴、社会の穴であり、祖国を枯渇させる。(汚職撲滅)キャンペーンは数年前に始まったばかりだと考えている者もいるが、これは不正確だ。なぜなら、まずキャンペーンは、始まりと終わりがあるような一時的なものではないからだ。汚職は続いている。また、汚職との戦いは決して止むことはない。

我々は、盗まれた公的な資金を法的手段や組織を通じて引き続き回収している。自らが法を超越していると考えている者に対しては、何らの温情も与えない。この分野で行われてきたことから言えるのは、汚職撲滅についての我々の発言が、1日たりとも、的外れの宣伝文句でも国内向けの発言でもなかったということだ。行動はより雄弁に語っており、真実は、この分野で諸組織が行ってきたこと、その真剣さ、決意、情熱にもっともしっかりと示されている。

今日、政治状況について話したいが、政治という主題で話すことができる問題を限定することは困難である。さまざまな領域の境目が溶解し、国際政治と内政を分けること、そしてほんの一握りの国民に関する政策とテロに関する政策を分けることができなくなっている。テロは政治になっている。国民からパンや薬を奪うことも政治になっている。我々が知っている政治はもはや存在しておらず、嘘や偽善にとって代わられてしまった。シオニスト、トルコの同胞団主義者、米国の盗人を区別することは難しくなってしまった。彼らはいずれもシリアを八つ裂きにし、その富を略奪するという一つの計画を実行している…。シリアに対する戦争は、孤立状態にはない。西側が世界に対する支配を維持しようとして主導している国際紛争の一部をなしている。

我々に戦争の始まりが世界の政治地図の書き換えを目的としていたように、シリアの防衛はこの地図の書き換えの一環をなしているべきだ。過去30年の間に失われたある種のバランスを世界に取り戻すようなかたちでの地図の書き換えだ…。我々の政策の基軸はテロに打撃を与え続けること、残された国土を開放し、領土の一体性と国民の保護を維持することだ。我が武装部隊が計画に従って戦いを行う準備を整えることで、その時が確定する。我々が戦いを行う時、地元のテロリストと「輸入された」テロリスト、占領国兵士、シオニスト、トルコ、米国の区別はしない。我が国土にいる者は誰であれ我が国の敵だ。

政治的イニシアチブは、友好国であるイランとロシアの誠実な努力にもかかわらず…、米国とその手先のトルコ、さらには両国を代表する面々によって…、役立たずになってしまった。しかしながら、我々は今も政治的イニシアチブを支援する必要があると考えている。相手方が、祖国の外にいるその真の主の資金と命令によって支配されていると承知してもだ。政治的イニシアチブの狙いは、テロを通じても実現できなかったものを成し遂げようとして、彼らが我々を罠にはめることにある。だが、それは彼らの夢に過ぎない。我々は「嘘の真偽は戸の外にある」という民衆のことわざを実行するために、彼らと進むことはあるだろう。だが、真の対話、自由な対話は自由な人々と行われるもので、我々はそれを強く支持し、誠実にめざし、深く信じている。

イスラエルは敵であり、テロの根本であり、それを育んでいる。パレスチナは中心的な大義であり、その民は我々の兄弟である。

ゴラン高原は名誉あるシリア人の心のなかにとどまり続けている。違法な政体の政府が併合を決定しようと、米国の体制が非道徳な声明を出そうとそれは変わらない。我々の帰還権は、愛国心が心のなかで生き続ける限り、持続する。その奪還の道のりは、それ以外の領土をテロリストと占領者から取り戻す道と違わない。国内のシオニストの敗北は国外のシオニストを敗北させ、国土を完全回復する道だ。

AFP, August 12, 2020、ANHA, August 12, 2020、AP, August 12, 2020、al-Durar al-Shamiya, August 12, 2020、Reuters, August 12, 2020、SANA, August 12, 2020、SOHR, August 12, 2020、UPI, August 12, 2020などをもとに作成。

(C)青山弘之 All rights reserved.

SyriaArabSpring

Recent Posts