バッシャール・アサド政権によるデモ弾圧が激しさを増すなか、軍・治安部隊がハマー市中心部をほぼ制圧した。国際社会は3日の安保理議長声明を受けて、アサド政権への非難を強めているが、弾圧を食い止める実効性を欠いており、アサド政権は国際社会の非難を浴びる代償にハマー市を回復したかたちとなった。
こうしたなか、アサド大統領は政党法(政令第100号)、総選挙法改正法(政令第101号)を発令し、「上からの改革」実施に向けた意思を改めて誇示した。
**
アサド大統領は政党法(政令第100号)、総選挙法改正法(政令第101号)を発令した。
政党法の骨子は以下の通り(全文はhttp://www.sana.sy/ara/2/2011/08/05/362169.htm)。
・政党は本法律に基づいて結成された政治組織であり、平和的、民主的な手段をもって政治生活への参与をめざす(第1条)。
・宗教、部族、地域に依拠した政党、人種・エスニシティ差別に基づく政党は結成できない(第4条)。
・政党は軍事的、準軍事的な機構を持つことはできず、いかなる暴力の行使、暴力による脅迫、暴力の先導も行ってはならない(第4条)。
・党員は最低1000人とし、その内訳は14県の半分以上にそれぞれ党員の5%以上が戸籍を登録していなければならない(第4条)。
・党はシリア人以外から資金を受けてはならない(第14条)。
・政党は、法律によって解体することができる(第30条)。
・進歩国民戦線加盟政党は公認政党とみなす(第30条)。
一方、総選挙法は1973年に制定された選挙法と地方選挙法に代わる法で、その骨子は以下の通り(全文はhttp://www.sana.sy/ara/2/2011/08/05/362170.htm)。
・行政機関(内務省)に代わって司法機関の管轄下に選挙最高委員会を設置し、選挙監視を行う。
・選挙資金、メディアを通じた選挙活動に関して規定。
・選挙区区割りは現行通りで、大選挙区連記制となる。
・労働者・農民部門への議席の配分に関して、人民議会は現行通り50%以上だが、地方議会に関しては60%以上から50%以上へと下方修正。
SANAによると、軍治安部隊はハマー市内の「治安、安定、通常の生活」を回復した。またハマー市制圧に際して、兵士20人以上が殉職したと報じた。
さらにSANAによると、トルコに避難していたジスル・シュグール市民のうち265人がシリアに帰国した。
**
政党法、総選挙法改正法の発令を受け、国内の反体制活動家が反発。
アンワル・ブンニー弁護士(シリア法研究調査センター所長)は「政権は、社会を、ヘゲモニーの社会から、多元的・民主的社会に真剣に移行させようとしていない」と述べる。
またハビーブ・イーサー弁護士(シリア人権協会発足メンバーの一人)は「憲法が諸々の法律の法源であり、変革をめざす誠実な意志があれば、政権は1973年憲法の運用に関して意見を集約し、新憲法起草のための委員会の設置を準備し、国を全体主義・専制体制から民主制へと移行させるべき」、「現行憲法のもとで民主的国家への移行を議論することはできない」と述べ、バアス党を「社会と国家を指導する政党」と規定する憲法第8条、バアス党地域指導部書記長を大統領候補とすることを定めて第84条の改廃を改めて主張した。
さらにルワイユ・フサイン氏は「法律(制定)には何の意義もない。なぜならそれは、自由や権利獲得のための現在の闘争の基軸を破壊しようとする政権の陰謀の一環をなしているからだ」、「政党法、選挙法は、シリア人が自らを表現できるような政治生活、公的生活がなければ意味がない」と非難の意思を露わにした。
**
ロイター通信がハマー市を避難した活動家からの話として伝えたところによると、同市では戦車などの攻撃により少なくとも45人が死亡した。軍・治安部隊はアースィー川北部のハーディル地区に集中的に砲撃している、という。
AFPによると、軍・治安部隊の攻撃で殺害された市民の遺体約30体が、公園などに埋葬された。また多くの建物が砲撃で破壊された。戦車は抗議行動の中心であったアースィー広場、砦前に展開し、軍・治安部隊が市内中心部を制圧した模様。
シリア人権監視団のラーミー・アブドゥッラフマーン所長がAFPに述べたところによると、1000世帯以上がハマー市を逃れ、サラミーヤ市などに避難した。またハマー市での軍・治安部隊の攻撃は南部のマルアブ地区、マナーフ地区でも集中的に行われた。
また別の活動家によると、アレッポに向かおうとした避難民が治安部隊の検問所で通行を阻まれ、サラーキブ市に向かった。同活動家によると、3日晩には500世帯以上が避難したが、その消息は確認できていない。
一方、地元調整諸委員会が声明を発表、当局が攻撃の被害状況の報道を規制していると述べた。またハマー市の地元調整委員会のメンバーとも連絡が取れなくなったことを明らかにした。
シリア人権監視団のアブドゥッラフマーン所長によると、ハマー市以外でもダイル・ザウル市が戦車などの軍用車輌約200輌が包囲され、食糧不足、医師不足などで人権状況はさらに悪化している。同市では、治安悪化を口実に、新県知事が給与支払い停止を命じているが、住民はバリケード撤去などには応じていないという。
またアブドゥッラフマーン所長は、サラミーヤ市へと向かう街道にも100台以上の戦車などの軍用車輌が目撃され、ヒムス・サラミーヤ間の街道には軍・治安部隊が検問所を設置したと述べた。サラミーヤ市はラマダーン月に入って以来、大規模な反体制デモが続いているという。
シリア人権連盟のアブドゥルカリーム・リーハーウィー所長によると、ダマスカス県マッザ区、サーリヒーヤ区、マイダーン区、バルザ区、カーブーン区、ダマスカス郊外県のドゥーマー市、ハラスター市、アルバイン市、ダーライヤー市、ミスラーバー市、キスワ市で、数千人がデモを行った。だがデモは治安部隊によって強制排除された。
一方、クッルナー・シュラカーは、ラマダーン月に入り、ハサカ県の主要都市で連夜、夜の礼拝後に反体制デモが行われていると報じた。デモ参加者の多くはクルド人だという。具体的にはカーミシュリー市で、カースィムー・モスクでの礼拝を終えた市民がムニール・ハビーブ交差点に向かってデモ行進を行った。活動家は平和的デモを呼びかけていたが、まもなく若者と治安部隊が衝突し、強制排除された。またラアス・アイン市では数百人がデモに参加、ダルバースィーヤ市では約2000人がデモに参加、そしてアームーダー市では日々デモは拡大しているという。
アラブ人権監視団のアブドゥッラフマーン所長によると、8月2日(火曜日)夜にラタキア市で狙撃兵に撃たれ重体だった9歳の女の子が死亡した。
アレッポ市では数百人がハラブ・ジャディーダ地区、サイフ・ダウラ地区でデモを行うが、治安部隊に強制排除された。
日刊紙『ワタン』は、シリア民族社会党のイドリブ県責任者で薬剤師組合メンバーのサミール・カナーティリー氏がマアッラト・ヌウマーン市内の病院前で暗殺された、と報じた。
在米シリア人らで構成される(と思われる)「シリア民主的変革4月17日運動の青年たち」(スポークスマン:ハルドゥーン・アスワド)の名で声明が発表された。同声明では、米国とイスラエルがアサド政権が崩壊することを悟っているが、イスラエルの優位を維持するうえでの最善のオルターナティブが見つけられないでいる、としたうえで、アサド政権によるデモ弾圧は、「政治的行き詰まり、道徳的貧困、思想的貧困」を示しており、「シリアの危機は逆戻りできない地点にまで到達した」と述べた。
UPIによると、シャイフ・アフマド・アスアド・ムルヒム氏がジュブール部族を代表し、バッカーラ部族のナウワーフ・バシールを逮捕・拘束を続けることが、シリア東部の情勢を悪化させると警告。ムルヒム氏は7月にトルコのイスタンブールで開催されたシリア救済大会のメンバーでもある。
シリア人権委員会によると、ラタキア市で夜の礼拝後のデモに参加した青年10人以上が逮捕。
レバノンでは、レバノンの国連代表がシリア非難の安保理議長声明に異論を唱えたことを受け、国内対立が助長された。
3月14日勢力高官はこの動きを「恥ずべきこと」と非難した。またレバノン軍団の党首サミール・ジャアジャア氏はシリア非難の国連安保理議長声明をめぐるレバノンの対応に関して「国際社会を逸脱する動き」と非難した。
これに対して、ナジーブ・ミーカーティー首相は、「他国の内政に干渉しないという確固たる姿勢」と述べる。またアドナーン・マンスール外務大臣は『リワー』紙に対して、「我々はシリアに敵対するようないかなる決議も支持しない」と述べる。
**
米国は、シリア政権高官らを対象とした制裁を拡大し、財務省がムハンマド・ハムシュー(ハムシュー国際グループ)の資産凍結、米国個人・法人との契約禁止。ヒラリー・クリントン米国務長官はカナダのジョン・ビルド外務大臣との会談後の記者会見で、欧州・アラブ諸国に対してアサド政権に最大限の圧力をかけ、民主主義を求めて抗議する人々の弾圧を停止させるよう呼びかけた。また国連安保理議長声明に関して、「デモ参加者弾圧の代価を将来、シリア政府に払わせるための最初の一歩」と評した。また米ホワイトハウスのジェイ・カーニー報道官は、シリア情勢に関して「アサド(大統領)の行為はシリアと地域全体を非常に危険な道へと至らしめようとていることは明らか」と述べる。
フランスのアラン・ジュペ外務大臣は、政党法、選挙法に関して、民間人への暴力が行われているなかでは「挑発行為に近い」と非難
キャサリン・アシュトン欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長は、選挙法、政党法の発効に関して、「実施されるのなら、正しい方向に向けたステップ」と述べた。
国連潘事務総長は、安保理議長声明での要請(7日以内の安保理への報告)を受けて、アサド大統領との電話会談を試みた。
インド国連代表は、シリア情勢に変化がなければ、同問題を再び国連安保理で審議することはないだろう、と述べた。
トルコのブレント・アリンジュ副首相は、シリアの軍治安部隊によるデモ弾圧に関して、「蛮行」と非難、このような蛮行を行う政府を「友人」とは思えないと述べた。
**
ロイター通信によると、英国の石油探鉱会社のガルフサンズ石油は、反体制武装集団が石油施設を標的にしようとしているとの一部報道にもかかわらず、シリア国内での各石油企業の操業は通常通りだと述べた。
AFP, August 4, 2011、Akhbar al-Sharq, August 4, 2011, August 5, 2011, August 7, 2011、AKI, August 4, 2011、al-Hayat, August 5, 2011, August 6, 2011、Kull-na Shuraka’, August 4, 2011、al-Liwa’, August 4, 2011、al-Nahar, August 4, 2011、Naharnet.com, August 4, 2011、Reuters, August 4, 2011、SANA, August 5, 2011、UPI, August 4, 2011、al-Watan, August 4, 2011などをもとに作成。
(C)青山弘之All rights reserved.
ナハールネット(11月21日付…
イドリブ県では、テレグラムの「…