ダルアー市で犠牲者の葬儀後に再び抗議デモ、タルトゥース県でも抗議行動(2011年3月19日)

ダルアー市で犠牲者の葬儀後に再び抗議デモ

ダルアー県では、ダルアー市でのデモ参加者と治安当局の衝突で犠牲となった2人の葬儀が行われ、約10,000人が参列した。

当局が葬儀の実施を認めないなか、遺体は墓地に埋葬された。

会葬者らはその後、ダルアー市中心に向かってデモ行進を行った。

これに対して、治安当局は催涙ガスを使用して強制排除を試み、複数名が負傷した。

会葬者は「アッラー、シリア、自由のみ」など自由を求めるシュプレヒコールを連呼した。

 

タルトゥース県でも抗議行動

タルトゥース県バーニヤース市とバイダー町の市民は、反体制デモへの強制排除による物的・人的被害に対して、大統領府が行った一世帯あたり補償金30,000シリア・ポンドの支払いの提案を拒否し、責任者の処罰、両市に対する治安部隊の包囲解除を求めた。

反体制派の動き

シリア人権機構、シリア人権監視団、シリア人権擁護連盟、シリア・アラブ人権連盟、ダマスカス理論研究市民権センター、シリア・アラブ刑事改革機構、シリア政治犯支援センター、シリア・ジャーナリスト擁護委員会、シリア人権国民機構は共同声明を出し、3月16日の内務省前での座り込みで逮捕された女性全員が、ドゥーマー女性刑務所で無期限のハンストを開始したと発表した。

ハンストを開始した女性活動家は以下の通り:スハイル・アタースィー、ナーヒド・バダウィーヤ、スィーリーン・フーリー、ラバー・ルブワーニー、ダーナ・イブラーヒーム・ジャワ-ビラ、ファヒーマ・サーリフ・ウースィー、ナスリーン・ハーリド・ハサン、ワファー・ムハンマド・ラッハーム、ライラー・ルブワーニー、サバー・ハサン。

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フェイスブックの「シリア革命2011」は、3月19日(土曜日)もダルアー市でデモを行うと発表し、参加を呼びかけた。

またハウラーン地方諸部族が3月18日の反体制デモでの犠牲者の葬儀への参列と、葬儀後の自由、尊厳を求める平和的デモを19日(土曜日)に行うと発表、参加を呼びかけた。

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シリア共産主義者統一国民委員会が声明を出し、ダルアー市での反体制デモを強制排除するために治安当局が実弾を発射したことを強く非難、責任者の処罰を求めた。

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シリア人権監視団は3月18日(金曜日)にダルアー市などで発生したデモで、数十人が逮捕されたと発表した。

シリア政府の対応

SANA(3月19日付)は、内務省が3月18日のダルアー市でのデモとその弾圧に関して、調査委員会を設置し、「不幸」な事件の発生に関与した人物の処罰などを含む必要な措置を講じると発表した。

諸外国での動き

英ロンドンのシリア大使館前で在外シリア人約120人が反体制デモを行い、自由を要求した。ドイツでも同様のデモが発生した。

AFP, March 19 , 2011、Akhbar al-Sharq, March 19, 2011, March 20, 2011、al-Hayat, March 20, 2011, March 21, 2011、Kull-na Shurakā’, March 19, 2011、Reuters,
March 19, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之All rights reserved.

ダルアー県、ヒムス県、ラタキア県、ダマスカス県、ダイル・ザウル県で抗議デモ発生(2011年3月18日)

各地で抗議デモ

シリアの複数の都市で、モスクでの午後の礼拝後にデモが発生し、自由と腐敗撤廃が要求された。

デモ参加者は治安当局と衝突し、ダルアー県では複数が殺害された。

治安当局は強制排除に際して、放水車、催涙ガス、棍棒などを使用したほか、実弾を発射した。

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もっとも激しい衝突はダルアー県で発生した。

これに関して、SANA(3月19日付)は以下の通り伝えた。

金曜日午後にダルアー県にあるウマリー・モスクの近くに多くの市民が集まっているなかで、潜入者がそれを利用し、無秩序と暴動を発生させた

公共財産や私有財産が被害を受け、多くの自動車、店舗が破壊・焼き討ちに遭ったことを受け、治安維持部隊が市民とその財産を保護すべく介入した。暴動の扇動者たちは治安維持部隊に攻撃を加えたが、排除された…。

時を同じくして、(地中海岸の)バーニヤース市でも多くの人々が集まったが、上述のような事件もなく収束した…。

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複数の住民らによると、デモには200人以上が参加し、治安当局は、消防車が放水し強制排除を試み、汚職撲滅を叫ぶデモ参加者と治安当局が衝突した。

Akhbar al-Sharq, March 19, 2011
Akhbar al-Sharq, March 19, 2011

ダルアー市の人権活動家の1人はAP(3月18日付)に対して電話で、シリアの治安部隊によるデモ排除で4人が殺され、数百人が負傷したと述べた。

この活動家によると、治安部隊が「デモ参加者に実弾を発砲し」、「現在までのところ、アクラム・ジャワービラ氏、フサーム・アブドゥルワーリー・アイヤーシュ氏、アイハム・ハリーリー氏、アブー・アウン家の若者1人が死亡したとの確かな情報を得ている」と付言した。

また「数百人の負傷者がおり、(治安機関は)ダルアー国立病院に搬送された負傷者の多くを摘発し、ヘリコプターでどこかへ連れ去った」と続けた。

なおこれに先立ち、デモに参加していたフサーム・アブドゥルワーリー・アイヤーシュ氏とアクラム・ジャワービラ氏の2人が殺されたことと住民が明らかにしていた。

デモ参加者はいずれも「アッラー、シリア、自由」や腐敗撤廃を求めるスローガンを叫んでいたという。この住民によると、重武装の治安部隊が複数のヘリコプターで派遣され、ダルアー市のサッカー場に着陸した。

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同様の反体制デモは、ヒムス県ヒムス市のハーリド・ブン・ワリード・モスク前でも発生した。

『ハヤート』(3月19日付)によると、デモには数十人が参加し(「アフバール・シャルク」[3月19日付]によると約2,000人)、「アッラー、シリア、自由のみ」と連呼したが、治安当局によって強制排除された。

「アフバール・シャルク」(3月19日付)によると、その際約70人が逮捕された。

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ラタキア県では、複数の人権活動家筋がAPニコシア支局の電話取材に対して「約5,000人がそれ(バーニヤース市でのデモ)に参加し」、市内にあるラフマーン・モスク前では、「著名なシャイフ・アブドゥッラフマーン・アイルートの子息のアナス・アイルート氏がデモを指導した」と語った。

なお『ハヤート』(3月19日付)は「数百人」が自由と改革を要求するデモを行ったと報じた。

またダマス・ポスト(3月20日付)によると、3月18日のバーニヤース市でのデモは約50人が行い、反体制的なシュプレヒコールも行っていなかったが、やがて市街地で数百人に拡大し、公共物、私有財産などを破壊する暴動に発展した。

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ダマスカス県では、旧市街中心にあるウマイヤ・モスクの中庭でデモが発生し、APの記者が伝えたところによると、「民間人の衣服を着た複数の治安要員が中庭やモスク周辺(ハミーディーヤ市場(ハミーディーヤ地区)やマサキーヤ広場)に多数展開し、デモ参加者は暴行を受け、排除され、約30人が逮捕された。

反体制デモに対抗すべく、マサキーヤ広場では、政府支持者約200人がシリア国旗とバッシャール・アサド大統領の写真を掲げて、カウンターデモを行った。

一方、アフバール・シャルク(3月18日付)によると、治安当局は、ムルーワ・ハッサーン・グムヤーン氏(17歳)、ラーマー・ハッサーン・グムヤーン氏を拘束した。

両名はダマスカス県での3月15日のデモに参加していた。

また、同デモに参加した別のグループ(アラー・キヤーリー女史ら)も拘束され、ムハンマド・アッルーシュ氏もインターネット・カフェで治安当局によって連行された。

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ダイル・ザウル県では、ダイル・ザウル市で治安当局が予定されていたサッカーの試合を延期。

フェイスブックの呼びかけ

なおフェイスブックの「シリア革命2011」が「尊厳の金曜日」と銘打って、ダマスカス県、ヒムス市、カーミシュリー市、ハサカ市、ブーカマール市、ハマー市、ラッカ市、アレッポ市、ダイル・ザウル市、イドリブ市内の主なモスクでの反体制デモの実施を呼びかけていた。

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「バッシャールよ去れ」という落書きが各所で発見される

『クッルナー・シュラカー』(3月18日付)は、シリア各地で「バッシャールよ去れ」というスプレーでの落書きが発見されたと報じた。

またクルド消息筋の話として、ハサカ県デイリーク市で16歳の青年4人がアサド政権打倒を求める落書きを書き、当局に身柄拘束された。

4人の氏名はディヤール・アリー・アリー、ムハンマド・アリー・アリー、シールワーン・アドナーン、タイリージュ・ハーシム。

アサド政権打倒を主唱したシャイフ逮捕

ダイル・ザウル県ムーハサン市では、シャイフ、ファフド・ファイサル・ナジュラス(ファイサル・ナジュラス元人民議会議員の子息でシリア最大の部族出身)が逮捕された。

シャーム・ニュース・ネットワークを通じてアサド政権の打倒を主唱したことが原因。

これを受け、「アラブ・シリア部族連合」が声明を出し、ナジュラス氏に身体的、精神的な危害が加えられたら政権トップの責任と警告、同氏を含むすべての政治犯、言論犯の釈放を求めた。

諸外国の動き

米国家安全保障会議のトミー・ビーター報道官は、シリアでの反体制デモに対する暴力行使を強く非難、シリア政府に平和的デモを認めるよう求めた。

AFP, March 18, 2011、Akhbar al-Sharq, March 18, 2011, March 19, 2011、Damas Post, March 20, 2011、al-Hayat, March 19, 2011、Reuters, March 18, 2011、SANA, March19, 2011などをもとに作成。

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ダマスカス県内での抗議デモで初の死者(2011年3月17日)

ダマスカス県などで、フェイスブックの「シリア革命2011」などのページの呼びかけに応じるかたちで、抗議デモが発生した。

「シリア革命2011」などは、3月8日正午に各地でデモを行うよう呼びかけた。

フッラ・テレビ(3月17日付)によると、デモはダマスカス県マイダーン地区で発生し、治安部隊が参加者を弾圧、3人を殺害し、20人を負傷させた。

またジスル・アブヤド近くのムフイーッディーン・モスク前でもデモが発生した。

抗議デモで死者が出たのは初めてだったが、デモの規模は15日に比べて散発的なものにとどまった。

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シリア人権国民機構、シリア人権監視団、シリア人権擁護連盟、シリア・アラブ人権機構、ダマスカス理論研究市民権センター、シリア・アラブ刑法改革機構、シリア収監者支援センター、シリア・ジャーナリスト擁護委員会は共同声明を出し、内務省前での政治犯の家族による抗議行動に対する治安当局の弾圧を非難した。

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アフマド・サイイド・ダマスカス第一検事は3月16日にダマスカス県の内務省前で身柄拘束した33人(16日時点では35人と報じられていた)に対して聴取を行い、ヌーリス・ラーディー氏を除く32人の逮捕状を発行した。

容疑は「民族感情を弱め」、「宗派主義的亀裂を助長」し、「虚偽の情報を発信」したこと。

ラーディー氏は釈放され、残る32人のうち、男性はアドラー刑務所、女性はドゥーマー刑務所に移送された。

逮捕状が出された身柄拘束者氏名(敬称略)は以下の通り。

1. ウマル・ルブワーニー、2. リバー・ルブワーニー、3. ライラー・ルブワーニー、4. アンマール・ルブワーニー、5. サバー・ハーフィズ・フサイン、6. スィーリーン・フーリー、7. ナーヒド・バダウィーヤ、8. ナーラト・アブドゥルカリーム、9. バドルッディーン・シャッラーシュ(身柄拘束時、目の上を殴打され流血)、10. カマール・シャイフー、11. ムハンマド・ウサーマ・ナッサール、12. バシャル・ジャウダト・サイード、13. サアド・ジャアダト・サイード、14. ガッファール・ヒクマト・ムハンマド、15. ダーナ・ジャワービラ、16. ワファー・ラッハーム、17. スハイル・アタースィー、18. ナビール・シュルバジー、19. ヒールフィーン・ウースィー(ファヒーマ・サーリフ・ウースィー)、20. アブドゥッラッザーク・タンムー、21. ライヤーン・カマール・スライマーン、22. ディヤーッディーン・ダグマシュ、23. アリー・アブドゥッラフマーン・ミクダード、24. シャーヒル・ワルウ、25. ナスル・アーディル・アースィミー、26. ヒシャーム・ハーリド・ドゥルービー、27. ナスルッディーン・ファフルッディーン・アフマ、28. ナスリーン・ハーリド・フサイン、29. アーディル・ハラーワ・ブンニー、30. ズーカーン・ヌーファル、31. マフナド・バッサーム・ヤマーニー、32. ムハンマド・ハサン・ハリール。

なおアフバール・シャルク(3月18日付)は、複数の消息筋の話として、身柄拘束されていたタイイブ・ティーズィーニー氏、アーミル・ダーウド氏、リーカールドゥー・ダーウド氏、ミームーナ・ミウマール氏が、健康状態を理由に釈放されていたマーズィン・ダルウィーシュ氏に引き続いて、16日晩に釈放されていたことを明らかにした。

またヌールス・ラーディー氏も釈放された、という。

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フランス外務省のベルナール・ヴァレロ報道官は「デモ参加者への暴力とデモ後の逮捕」を非難した。

またヒューマン・ライツ・ウォッチ、アムネスティ・インターナショナルといった人権団体もこぞって非難声明を出した。

Akhbar al-Sharq, March 17, 2011, March 18, 2011、al-Hayat, March 18, 2011、Kull-na Shurakā’, March 17, 2011などをもとに作成。

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政治犯の家族ら約200人が内務省前で抗議の座り込むを行い、内務大臣に所管を手渡すも、その後一部が拘束される(2011年3月16日)

内務省前での政治犯釈放を求める座り込み

カマール・ルブワーニー氏、アリー・アブドゥッラー氏ら政治犯20人以上の家族が12時から、ダマスカス県マルジャ地区にある内務省前で家族の釈放を求めるための座り込みを行った。

「幼児、女性を含む政治犯の家族、多数の若い男女、政治犯家族との連帯を訴える人々」約200人が参加した。

デモ参加者は、逮捕者の写真、言論犯の釈放を求めるプラガードを掲げ、またサイード・サンムール内務大臣と面談し、釈放を求める書簡を提出したが、その直後に治安当局によって強制排除された。

排除された参加者はマルジャ広場に向かい、「アッラー、シリア、自由のみ」と連呼し、抗議行動の継続を試みた。

だが、数台のバスに乗った私服の治安要員とシャッビーハが現場に到着し、アサド大統領を支持するカウンター・デモを開始し、抗議デモ参加者を圧倒した。

カウンター・デモの参加者は、「アッラー、シリア、バッシャールのみ」と連呼し、政治犯釈放を求めるデモ参加者、とりわけ女性を罵倒、また一部参加者を殴打した。

最終的には、10歳の少年1人を含む、35人が身柄を拘束された。

アフバール・シャルク(3月16日付)によると、身柄拘束者は以下の通り。

1. ウマル・ルブワーニー、2. ヤースィーン・ルブワーニー、3. リバー・ルブワーニー、4. ライラ-・ルブワーニー、5. アンマール・ルブワーニー、6. フサイン・ルブワーニー、7. サバー・ハサン、8. アーミル・ダーウード(ラグダ・ハサンの夫)、9. ハーンニバール・アワド(ラグダ・ハサンの息子)、10. マーズィン・ダルウィーシュ(その後すぐ釈放)、11. スィーリーン・フーリー、12. ナーヒド・バダウィーヤ、13. ナーラト・アブドゥルカリーム、14. マフムード・グーラーニー、15. バドル・シャッラーシュ、16. カマール・シャイフー、17. ウサーマ・ナッサール、18. マイムーナ・アンマール、19. ムハンマド・アディーブ・サイード、20. サアド・ジャウダト・サイード、21. ガッファール・ムハンマド、22. ツィー・マイムーナ・アンマール、23. ダーナ・ワジャービラ、24. ワファー・ラッハーム、25. タイイブ・ティーズィーニー(思想家、大学教授)、26. スハイル・アタースィー、27. アール・ダーウード、28. カーカー・ダーウード、29. ナビール・シュルバジー、30. ヒールフィーン・ウースィー、31. アブド・タンムー、32. ムハンマド・ダルウィーシュ、33. ラヤーン・スライマーン、34. フサイバ・アブドゥッラフマーン(作家)、35. バラー・クライズィー。

『ナハール』(3月17日付)によると、内務省道徳指導局長のムハンマド・ハサン・アリー准将は、内務省が政治犯・言論犯の恩赦を求める33通の要望書を家族から省本舎内での面談後に受け取ったと発表した。

アリー准将はまた「内務省の扉は対話のために開かれており、この方針はアサド大統領の指示によるものである。国の安全を乱す者がいれば、内務省は彼らに対処する」と発表した。

しかし「政治犯の家族はデモというかたちをとって内務省に迫った」との一部情報を否定、「彼らの電話番号を控え、その要求に対する結果が出次第通知する」と述べた。

また「複数の不審者が、内務省前にいた市民を挑発するような扇動的なスローガンを叫び、政治犯家族を貶めようとしたが、彼らはすぐにこれらの不審者に対抗した」ことを明らかにした。

一方、アフバール・シャルク(3月16日付)は、内務省の関係部局の責任者の話として、一部の市民や周辺の商店主たちが、デモを呼びかける人々に自発的に対抗したと伝えた。

この責任者はしかし、逮捕者が出たことに関して、デモを行うことなく、内務省で面会を行い、関係部局に苦情を申し立てることができる現状を踏まえると、「きわめて自然なこと」と答えたという。

目撃者によると、事態が収拾するまでダマスカス中心部につながる道路が一時閉鎖されたため、デモ発生後に交通渋滞が発生した。

なおシリア各県の状況に関して、内務省は「衛星放送で耳にすることはすべて事実無根で、この種の事件(民衆デモ)が発生したとの報告は受けていない」と発表している。

そのほかの動き

アフバール・シャルク(3月12日付)によると、ハサカ県では午前、ハサカ市内の県庁前で女性約100人がデモを行い、自由と民主主義を要求した。

またトルコのイスタンブールでも、数十人がシリア領事館前で同様のデモを行った。

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AKI(3月16日付)によると、アブドゥルハリーム・ハッダーム前副大統領は声明を出し、「平和的変革を実現するための活動において、若者たちが責任を果たすべきだ」と述べ、国内の反体制デモを唱導した。

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マーク・トーナー米国務省副報道官は、シリアでは始まった反体制デモに関して、「シリア政府に自制と暴力行為の停止を呼びかける」と述べた。

Akhbar al-Sharq, March 14, 2011, March 16, 2011, March 17, 2011、AKI, March 16, 2011、al-Hayat, March 17, 2011、Kull-na Shuraka’, March 17, 2011、al-Nahar, March 17, 2011などをもとに作成。

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シリアに「アラブの春」が波及し、各地で抗議デモ発生(2011年3月15日)

各地で抗議デモが発生

アフバール・シャルク(3月15日付)などは、シリア各地で自由、改革、汚職撲滅を求める抗議デモが発生し、数千人が参加した。

フェイスブックの「シリア革命2011」、「シリア怒りの日」などのページでは、3月15日12時からシリアのすべての都市、カナダ、米国、英国、フランス、ドイツ、オーストラリアで、自由、改革、腐敗撲滅を求める平和的デモを実施するよう呼びかけられていた。

「アラブの春」発生以来、シリアで反体制デモが発生するのはこれが初めて。

デモは治安当局の介入により矯正排除され、アフバール・シャルク(3月16日付)によると、各地での逮捕者は約300人に達した。

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「シリア革命2011」には約38,000人、「シリア怒りの日」には約12,000人によってフォローされている。

反体制活動家は、デモに先立って、携帯電話のSNSでデモへの参加を呼びかけるメッセージを数千通発信した。

だが、シリア・アラブ・テレビ(3月15日付)は、シリア国内でのデモに関する報道が偽報道だと断じ、メッセージ配信の背後にはイスラエルがおり、シリア人活動家はそれに促されるかたちで数千通のSNSを発信したと報じた。

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ダマスカス県ハミーディーヤ市場(ハミーディーヤ地区)およびハリーカ地区には、最大規模の約200人が集まった。

デモ参加者は「アッラー、シリア、自由のみ」、「シリア国民は馬鹿にされない」、「シリア人よ、どこにいる」、「自由なシリア、専制は出ていけ」、「平和的に、平和的に」といったシュプレヒコールを連呼した。

人権活動家筋がAFP(3月15日付)に明らかにしたところによると、「デモはウマイヤ・モスク前に集まった5人によって始められ、ハミーディーヤ市場(ハミーディーヤ地区)を通ってハリーカ地区に向かった」。

複数の消息筋によると、治安当局は当初、デモの解散を求めたが、まもなく数台のバスが到着し、アサド大統領を支持するカウンター・デモを開始し、反体制デモの強制排除に乗り出した。

その際、3人が逮捕され、携帯電話を押収された。

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アレッポ市のサアドゥッラー・ジャービリー広場(サアドゥッラー・ジャービリー地区)、ウマイヤ・モスク近くでも同様のデモが行われた。

サアドゥッラー・ジャービリー広場(サアドゥッラー・ジャービリー地区)のデモは、まもなく治安当局によって強制排除されたが、参加者はカビール・モスク近くに移動しデモを続けた。

複数の目撃者によると、シャイフ・マクスード地区、バーブ・ファラジュ地区では、晩に激しい銃声が聞こえたという。

またアイン・アラブ市でもデモが発生したが、治安当局が催涙ガスを発射しこれを強制排除した。

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複数の消息筋によると、ダルアー市および周辺の村々では、治安当局が若者たちの集会の摘発を行った。

ダルアー市ではサラーヤー広場で反体制デモが発生し、「シリア国民は馬鹿にされない」、「マフルーフよ、出て行け」と連呼した。

治安部隊はダルアー市と周辺の村々を結ぶ街道を閉鎖し、デモ拡大の抑止を試みた。

また軍・治安部隊は、ナワー市を包囲した。

こうしたなか、ダルアー県のアバーズィード部族は、政権打倒を呼びかける落書きをして逮捕された子息が釈放されない場合、デモを断行すると表明した。

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ダイル・ザウル県では、ダイル・ザウル市のバースィル広場で、ハサカ県ではカーミシュリー市のアンバル広場などで、同様のデモが発生した。

ダイル・ザウル県、ハサカ県では電話、インターネットが一時不通となった。

ラタキア県のラタキア市では、シャイフ・ダーヒル地区でデモが計画されたが、治安当局に阻止された。

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カイロ、キプロス、ベルリンのシリア大使館前でも反体制デモが発生した。

カイロの大使館前には数十人が集まり、「バッシャールを打倒して…、シリアに自由を」、「独裁者は出ていけ、出ていけ」、「思うように暮らしたい」などと書かれたプラカードを掲げて、「自由が来る…ハミーディーヤ市場(ハミーディーヤ地区)を解放して」、「自由よ、エジプトからシリアへ」、「国民は政権打倒を望む」などと連呼、非常事態令の解除、政治犯の釈放を求めた。

これに対して、カイロのシリア大使館現地スタッフらが街頭に出て、「バッシャールよ、貴方こそ安全と安定」「平和的でない、これはイスラエルの陰謀だ」と連呼し、反体制デモ参加者ともみ合いになった。

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反体制派系サイトがサイバー攻撃を受ける

反体制派系のウェブサイトと目されるスーリーユーン・ネット、クッルナー・シュラカーが何者かのサイバー攻撃を受けた。

反体制派の反応

3月16日に内務省前での政治犯家族による反体制デモを計画しているスハイル・アタースィー女史は、ジャズィーラ(3月15日付)やBBC(3月15日付)などの取材に応じ、各地でのデモに関して、突発的な要因によるものであり、デモ実施の日程などが予め宣言されることはないだろう、と述べた。

アタースィー女史は、デモがフェイスブックなどの呼びかけによって発生したというよりは、むしろ人々の恣意的な運動によるものだとの見方を示した。

アタースィー女史はまた、「シリア国民は、エジプトやチュニジアと同様、反体制勢力よりも先に行動に出た」としたうえで、「デモは今日突然組織された。我々がこのデモを組織したのではないが、その始まりは火花のようだった」と述べた。

さらに「今日デモを組織した自由を希求する人々が誰なのか我々は知らない…。約150人から200人が参加していた。3人の若い男女が逮捕されたが、我々は彼らがどうなったか今のところ分からない。デモは包囲され、逮捕が断行された」と付言した。

そのうえで、デモ参加者が「社会のあらゆる集団に属する人々から構成されていた。政権が宗派を分断するために行っているこの恐怖政治は徒労だった。彼らはすべての宗派から輩出されていた」と指摘した。

シリア政府の対応

アサド大統領はダマスカスを訪問したスペインのトリニダード・ヒメネス・ガルシア=エレーラ外務大臣と会談した。

SANA(3月15日付)などによると、会談でアサド大統領は、中東地域諸国への外国の軍事的介入に関して「問題を複雑にし、危険な結果をもたらす」と述べた。

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ファールーク・シャルア副大統領は定例の記者会見を行い、アラブ諸国における政変について、「1948年以来、アラブ諸国民のなかでフラストレーションがつもってきたことが原因」との見方を示した。

また、事態に対処するため「抜本的改革と期待されている改革のバランス」をとることが重要だと付言した。

AFP, March 15, 2011、Akhbar al-Sharq, March 14, 2011, March 15, 2011, March 16, 2011, March 18, 2011、Aljazeera.net, March 15, 2011、BBC, March 15, 2011、al-Hayat, March 16, 2011、Kull-na Shurakā’, March 17, 2011、al-Nahār, March 16, 2011、SANA, March 16, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之All rights reserved.

各地で体制打倒を求める落書きが発見される一方、ダルアー市で体制打倒を求める落書きをした子供たち多数が逮捕される(2011年3月14日)

アフバール・シャルク(3月14日付)は、ダマスカス県、ダルアー県、アレッポ県、イドリブ県など各所で、体制打倒を求めるスローガン(「国民は政権打倒を望む」、「出て行けバッシャール」、「バッシャール・アサドを打倒せよ」、「我々は自由が欲しい」など)の落書きが発見されル要になっていると伝えた。

同サイトによると、ダマスカス県ではまた、アサド大統領の写真が破られた。

これに対して、治安当局は一部の公共機関から大統領の写真を撤去するとともに、監視を強化して再発防止を試みているという。

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アフバール・シャルク(3月14日付)は、複数の消息筋の話として、シリア当局がダルアー市の複数の学校で、「国民は体制打倒を望む」などといった落書きをし10代前半の子供たち約25人(一部報道によると40人)を逮捕した。

子供たちは軍事情報局ダルアー支部によって2月末に拘束され、スワイダー支部に移送されていたという。

なお、これに先立ち、同様の落書きをしたアバーズィード家の14歳から16歳の子供4人も拘束されている。

このうちうち1人は釈放されたが、残る3人は現在もなお拘留中だ、という。

Akhbar al-Sharq, March 14, 2011をもとに作成。

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クルド民族主義諸組織が「カーミシュリーの春」追悼集会を呼びかけ、数千人が参加(2011年3月13日)

クルド人が「カーミシュリーの春」追悼

クルド民族主義諸組織の呼びかけに応じるかたちで、シリア各地のクルド人が「カーミシュリーの春」(2004年)の犠牲者を追悼する集会を断行した。

追悼集会はハサカ県のアームーダー市、カーミシュリー市、ラアス・アイン市などで行われ、参加者は犠牲者を悼んで、5分間の黙祷が捧げた。

追悼集会には数千人が集まった。

会場周辺などには私服と軍服の治安要員が多数配置されたが、前年までとは異なり、強制排除を行わなかった。

だが、ダマスカス県バラームカ地区での座り込み終了後、ダマスカス大学の学生2人が逮捕された。

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一方、シリア民族主義諸組織(クルド政治評議会加盟7党および民主統一党(PYD))の代表団が各地にある犠牲者の墓地を訪問した。

また、集会に先立って、11日晩から12日未明にかけて、家々の玄関や歩道にはロウソクが灯され、30人以上とされる犠牲者への哀悼の意が示された。

クッルナー・シュラカー(3月2日付)が伝えた。

 

Kull-na Shurakā’, March 13, 2011
Kull-na Shurakā’, March 13, 2011

 

Kull-na Shurakā’, March 13, 2011
Kull-na Shurakā’, March 13, 2011

 

Kull-na Shurakā’, March 13, 2011
Kull-na Shurakā’, March 13, 2011

 

Kull-na Shurakā’, March 13, 2011
Kull-na Shurakā’, March 13, 2011

 

Kull-na Shurakā’, March 13, 2011
Kull-na Shurakā’, March 13, 2011

 

政治犯への対応

軍事裁判所は反体制活動家のアリー・アブドゥッラー氏(61歳)に禁固1年半の有罪判決を下した。

2007年12月に逮捕されたアブドゥッラー氏は、「民族感情を弱めた」罪で禁固2年の有罪判決を受け、2010年6月17日に刑期を終えていたが、釈放されないまま、イランの大統領選に関する論説で偽情報を発信したとして再逮捕されていた。

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ダマスカス第2刑事裁判所はクルド人ブロガーのカマール・シャイフー氏の保釈を認め、釈放した。

保釈金は500シリア・ポンド。

シャイフー氏(33歳)は「偽の情報を発信し、民族感情を損ねた」との容疑で、2010年6月23日に逮捕されていた。

拘留中の2011年2月、3月にハンストを行い、自らの身柄拘束に抗議していた。

アフバール・シャルク(3月13日付)が伝えた。

AFP, March 14, 2011、Akhbar al-Sharq, March 13, 2011, March 14, 2011、Kull-na Shurakā’, March 13, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之All rights reserved.

政治犯の家族が声明を出し、3月16日に内務省を訪問し、家族の釈放を求めると発表(2011年3月11日)

政治犯20人以上の家族が声明を出し、3月16日(水曜日)に内務省を訪問し、家族の釈放を求めると発表した。

同声明には、ハーリド・ミスリー、ムハンマド・バーリーシュ、カマール・ルブワーニー、タリーク・グーラーニー、アリー・アブドゥッラー、マハンナド・フスニー、ハサン・サーリフ、ハーッジ・スライマーン・ウサーマ、ニザール・ラストワーニー、アドナーン・ザイトゥーン、タハーマ・マアルーフ、アンワル・ブンニー、マーヒル・アブサル、ラグダ・ハサン、ミシュアル・タンムー、ハラフ・ムハンマド・フサイン、ハビーブ・サーリフ、カマール・シャイフー、アフマド・ムハンマド・バーキール、アンマール・タラーウィー、アスアド・ヒラール、ウサーマ・ハーッジ・スライマーンの家族が名を連ねている。

声明は、SANA(3月10日付)が政治犯釈放の恩赦に関する報道を否定したことを受けたもの。

Akhbar al-Sharq, March 11, 2011をもとに作成。

(C)青山弘之All rights reserved.

SANAは2011年3月8日政令第35号に関する報道が「ねつ造」されていたと伝える(2011年3月10日)

SANA(3月10日付)は、アサド大統領が2011年3月8日政令第35号を施行し、政治犯に対する恩赦を決定したとの公式ウェブサイトでの報道に関して、「ねつ造」されたものだと伝えた。

政令第35号に関する報道は、3月8日に公式ウェブサイトで配信されていたが、その後まもなく同ページを削除された。

なお、政令第35号はその後、徴兵期間の短縮にかかる法律に差し替えられた。

Kull-na Shurakā’, March 10, 2011
Kull-na Shurakā’, March 10, 2011

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ブサイナ・シャアバーン大統領府情報顧問は『シャルク・アウサト』(3月10日付)のインタビューに応じ、エジプトでの政変をアメリカやイスラエルとムハンマド・フスニー・ムバーラク政権との関係に対する国民の不満と結びつけてきたこれまでの発言に代えて、自由や民主主義への国民の希求をその要因にあげた。

シャアバーン顧問は、シリアの政治情勢について言及を避けつつ、アラブ諸国での政変に関して「専制、貧困、失業、汚職、為政者に近いエリートによる開発の収益の独占」への反抗だと位置づけたうえで「これらの革命の直接の理由は、マムルークの時代から受け継がれてきた体制の停滞に関わっており、そこでは為政者は“家来”とだけ関わり、民衆を遠ざけ、その意見を抑圧してきた…。今日も目にすることができるこのような体制には何も創造できない」と述べた。

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『クッルナー・シュラカー』(3月10日付)によると、3月12日の「カーミシュリーの春」7周年に備え、クルド人が多く居住する国内の複数の地域に治安部隊が多数展開した。

クルド民族主義組織は3月12日、「カーミシュリーの春」犠牲者を追悼するため、5分間の黙祷を捧げ、ロウソクを灯すよう呼びかけている。

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ダマスカス宣言(ダマスカス国民民主変革宣言)は声明を出し、「体制の家族」が非常事態解除という「要求から耳をそらす」ことに躍起だと批判し、「我々人民はまさにこうした状況下でも、専制を脱却し、民主的市民国家を建設するための具体的な方法を自らの手で進める」と主張、改革への意思を示した。

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「アフバール・シャルク」(3月10日付)は、スイスの金融機関の報告書に基づき、スイスの複数の銀行におけるアサド大統領の預金額が1,900,000,000スイス・フラン(約2,000,000,000米ドル)にのぼっていると報じた。

Akhbar al-Sharq, March 10, 2011、Kull-na Shurakā’, March 10, 2011、al-Hayat, March 11, 2011、al-Sharq al-Awsaṭ, March 10, 2011、SANA, March 10, 2011をもとに作成。

(C)青山弘之All rights reserved.

シリアの12の人権団体が非常事態令の解除、政治的理由に基づく逮捕の停止、政治犯の釈放、政党法制定、協会法改正を要求(2011年3月8日)

シリアの12の人権団体が共同声明を出し、非常事態令の解除、政治的理由に基づく逮捕の停止、政治犯、言論犯、良心犯の釈放、政党法の制定、協会法の改正による市民社会の活性化を要求した。

アフバール・シャルク(3月8日付)が伝えた。

非常事態は、ハーリド・アズム内閣が制定した1962年12月22日立法第51号(非常事態法)に基づき同日に発令され、1963年3月8日の「バアス革命」後に発表された軍事令第2号(戒厳令)によって継続が確認された。

Akhbar al-Sharq, March 9, 2011、al-Sharq al-Awsa, March 9, 201など1をもとに筆者作成。

(C)青山弘之All rights reserved.

ハイサム・マーリフ弁護士ら人権活動家13人が収監中のサイドナーヤー刑務所で弾圧停止を求めてハンストを開始、アサド大統領は恩赦を施行しマーリフ氏らを釈放(2011年3月7日)

ハイサム・マーリフ弁護士、アンワル・ブンニー弁護士ら人権活動家13人が、収監中のサイドナーヤー刑務所(ダマスカス郊外県)で、シリアでの「弾圧」停止を求めてハンストを開始した。

またこの動きに合わせるかたちで、シリア人権委員会が声明を出し、「国民の最低の要求にすら応えていない」と批判した。

アフバール・シャルク(3月7日付)が伝えた。

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アサド大統領は3月7日以前に軽犯罪者に対する恩赦(2011年3月11日政令第34号)を施行した。

恩赦の対象は335人。

これにより、ハイサム・マーリフ弁護士がサイドナーヤー刑務所から釈放された。

マーリフ弁護士は1931年ダマスカス生まれ。

シリア人権協会の初代会長(2001~2006年就任)を務めたが、2009年10月14日に逮捕され、国家最高治安裁判所で「公務員を侮辱」した罪で禁固10年の有罪判決を受けていた。

Kull-na Shurakā‘, March 8, 2011
Kull-na Shurakā‘, March 8, 2011

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シリアの関係当局によると、イラク・シリア国境で、イラク・ナンバーの自動車に積載された大量の武器弾圧を押収、イラク人運転手を逮捕した。

クッルナー・シュラカー(3月7日付)が伝えた。

AFP, March 7, 2011、Akhbar al-Sharq, March 7, 2011, March 8, 2011、Alaph.com, March 10, 2011、al-Hayat, March 8, 2011, March 9, 2011、Alatan Online, March 8, 2011、Kull-na Shurakā‘, March 8, 2011, March 10, 2011、SANA, March 8, 2011、Syria News.com, March 10, 2011などをもとに作成。

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シリア・アラブ人権機構のマンナーア会長「ダルアー市内複数カ所に「国民は体制打倒を望んでいる」という落書きをした多数の少年が逮捕」(2011年3月6日)

シリア・アラブ人権機構のハイサム・マンナーア会長はジャズィーラ(3月6日付)に対して、ダルアー市内の複数カ所に「国民は体制打倒を望んでいる」という落書きをした多数の少年(15歳以下)が逮捕されたことを明らかにした。

ジャズィーラ(3月6日付)によると、逮捕されたのはアバーズィード家の少年少なくとも4人。

家族は、落書きがメディアの影響を受けてなされた個人的な動機で、いかなる政治勢力もその背後にはいないと述べているという。

また治安当局は、本件に関与しているとされ身柄拘束していた女医のアーイシャ・アバーズィード氏を釈放した。

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シリア人ブロガーのカリーム・アラブジー氏が訪問先のベイルートで死亡した。

死因は不明。

アラブジー氏は2007年6月にウェブ上で(反体制)フォーラムを運営し、「虚偽の情報を発信」した容疑で軍事情報局に逮捕され、2009年9月13日、国家最高治安裁判所で禁固3年の判決を受けていた。

Akhbar al-Sharq, March 6, 2011、Kull-na Shurakā’, March 6, 2011をもとに作成。

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アラブ社会主義連合民主党メンバーのラジャー・ナースィル弁護士が改革の必要を力説(2011年3月5日)

弁護士組合アレッポ支部大会でラジャー・ナースィル弁護士(アラブ社会主義連合民主党)は、「改革実現において時間は非常に重要だということを我々は知っている。今日は必要で許されることが、明日には手遅れになり、別の出来事が発生してしまうからだ」と述べたうえで、アラブ諸国で発生している政変に関して「すべてのアラブ諸国の体制は、他の国の革命の影響は受けないといっていた…。しかしこれらの体制には具体的な差異以上に共通点がある」と指摘、「真剣な政治改革こそが、爆発的な圧力によって発生する変革に伴う危機、困難、苦痛から国を守る」と改革の必要を力説した。

アフバール・シャルク(3月5日付)が伝えた。

Akhbar al-Sharq, March 5, 2011をもとに作成。

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アスマー・アフラス大統領夫人が「100貧困村開発」プロジェクトの対象となっているアレッポ県の村を訪問(2011年3月3日)

アスマー・アフラス大統領夫人が早朝、アレッポ県ジャフル・マンスール村を突如訪問した。

同村はシリアでもっとも貧しい村の一つとされており、「100貧困村開発」プロジェクトの対象となっている。

クッルナー・シュラカー(3月3日付)が伝えた。

Kull-na Shurakā’, March 3, 2011
Kull-na Shurakā’, March 3, 2011

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『クッルナー・シュラカー』のアイマン・アブドゥンヌール編集長は声明を出し、「(シリア)社会は民主制に移行する準備ができており、一部の人々が言うような混乱は発生しないだろう…。そのうえで、すべての社会階層の参加を保障し、1973年当時とはことなる新たなシリア社会にふさわしい新憲法草案について合意すべきである」と述べた。

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アレッポ県のムフティー、マフムード・アッカール氏は声明を出し、フェイスブックなどでアラブ諸国の人々が体制打倒を主唱していることに異議を唱え、「体制改革」をスローガンとすべきだと述べた。

アフバール・シャルク(3月3日付)が伝えた。

Akhbar al-Sharq, March 3, 2011、Kull-na Shurakā’, March 3, 2011などをもとに作成。

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イスラーム民主無所属潮流メンバーはデモ唱導を否定(2011年3月2日)

イスラーム民主無所属潮流のメンバーで、反体制デモを唱導したとして2月4日に逮捕されていたガッサーン・ナッジャール氏が声明を出し、フェイスブックを通じてデモ(怒りの日)参加を国民に呼びかけていないと容疑を否認した。

クッルナー・シュラカー(3月5日付)が伝えた。

Kull-na Shuraka’, March 5, 2011をもとに作成。

(C)青山弘之All rights reserved.

ダマスカス県ヒジャーズ駅前の中央郵便局での騒動はウソの情報によるもの(2011年3月1日)

SANA(3月1日付)は、2月28日にダマスカス県ヒジャーズ駅前の中央郵便局で発生したデモに関して、公式筋の話として補償金支給に関する情報は「根拠がない」と報じるとともに、国民に対して「国民の生活状況改善のために政府が行うあらゆる措置に関して、公式の発表のみに従う」よう呼びかけた。

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『ハヤート』(3月2日付)は、シリアの信頼できる複数の消息筋が「デモ実施の呼びかけ(怒りの日)が失敗した後に、特定の場所に集まるよう国民に呼びかけ、抗議行動が行われているように思わせようとする噂」が広まった結果、事件が発生したと見ていると報じた。

同消息筋は次のように述べた。

シリアでは多くの噂が流れている。そのほとんどが生活状態に関わるもので、特定の場所に集まるよう国民に呼びかけている。そのねらいは、こうした噂を利用して、シリア国内で抗議行動が行われていると思わせることにある。とりわけ、シリア各都市でデモを実施することでその安定を揺るがそうとする偽りの呼びかけに国民が同調しなかったことを受け、このような噂が広まっている。

もっとも最近の噂は、一部の国民の間で広まったもので、ダマスカス県の郵政公社ビル前で女性に対して補償金が分配されるという内容だった。これにより数百人の女性が同ビル前に集まった。

だが、これらの噂は根拠がなく、シリアで実施されている一貫した制度化された施策とは相容れない。

このような噂は、民衆による抗議集会が行われていると思わせることをねらっている。

女性たちが集まったのと同じ場所で映像を録画している者が何人かいたことは、この噂の流布の背後に悪意があることを示している。これらの者たちはおそらく何の躊躇もなく、社会の一部の階層が必要とするものを、シリアの安全を揺るがす継続的な試みに合致するような複数の目的のために利用するだろう。そしてこれらの目的とは最近のデモの呼びかけのなかに見てとれる。

多くのシリア人は、フェイスブックで架空の名前を用いて先月初めになされたデモの呼びかけには同調しなかった。

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『クッルナー・シュラカー』(3月1日付)によると、シリア関係当局は全国各地でさまざまな階層を対象に世論調査を実施し、国内での改革の必要性や優先順位、そしてアラブ諸国での政変に関する意見を聴取した。

al-Hayat, March 2, 2011、Kull-na Shuraka’ March 1, 2011, March 2, 2011、SANA, March
2, 2011などをもとに作成。

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「ダマスカス宣言」がシリアで抗議デモを指導する準備開始(2011年2月27日)

アフバール・シャルク(2月27日付)は、「ダマスカス宣言」がアラブ諸国での民衆デモを受け、「国民変革調整委員会」を設置し、シリアでも同様の運動の指導を準備を始めたと伝えた。

Akhbar al-Sharq, February 27, 2011をもとに作成。

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フェイスブックの「シリア革命2011」がアサド政権打倒を求めるデモ「インティファーダ3月15日」を呼びかける(2011年2月26日)

アフバール・シャルク(2月26日付)などによると、フェイスブックの「シリア革命2011」で「インティファーダ3月15日」と題して、3月15日にバッシャール・アサド政権打倒を求めるデモの実施が呼びかけられた。

Facebook
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有識者数十人が共同声明を出し、在ダマスカス・リビア大使館で2月22日と23日に行われた抗議行動(そして1月30日の在ダマスカス・エジプト大使館前での抗議行動)で、治安当局士官が参加者に「焼き殺す」と脅迫したことを暴露、これを非難した。

声明に署名したのは、ファーイズ・サーラ氏、ヤースィーン・ハーッジ・サーリフ氏、スハイル・アタースィー氏ら。

Akhbar al-Sharq, February 26, 2011をもとに作成。

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在ダマスカス・リビア大使館前での抗議デモが続く一方、ダマスカス旧市街で抗議のプラカードを掲げた男性が逮捕される(2011年2月23日)

在ダマスカス・リビア大使館前で、前日に引き続き、リビアでの国民に対する暴力行使に抗議し、ムアンマル・カッザーフィー大佐の退任を求める座り込みが行われた。

抗議行動には約200人が参加したが、私服を着た治安要員によって強制排除され、その際14人が身柄を拘束された。

アフバール・シャルク(2月23日付)、クッルナー・シュラカー(2月23日付)が伝えた。

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日刊紙『ワタン』(2月23日付)は、前日の在ダマスカス・リビア大使館前でのデモについて報じた。

シリアでのデモが国内メディアで報じられたのは2011年1月以来、これが初めて。

al-Watan, February 23, 2011
al-Watan, February 23, 2011

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ダマスカス県旧市街のハリーカ広場で、「もう耐えられない…。バッシャールよ、私たちを悪党から救ってください」と書かれたプラカードを掲げた男性が逮捕された。

『クドス・アラビー』(3月1日付)によると、逮捕されたのは、ハミーディーヤ市場で働くフサームッディーン・マンスール氏(47歳)。

政党・政治組織には所属していない。

マンスール氏はその後、26日に釈放された。

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アブドゥルカリーム・サイイド議員が人民議会で非常事態解除を審議するための委員会設置を求めたが、全議員がこれを拒否した。

Akhbar al-Sharq, February 23, 2011, February 28, 2011、Kul-nā Shurakā’, February 23, 2011, February 26, 2011、al-Quds al-‘Arabī, March 1, 2011、al-Waṭan, February 23, 2011などをもとに作成。

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シリア・ムスリム同胞団のシャファカ最高監督者は反体制活動凍結放棄を示唆(2011年2月13日)

シリア・ムスリム同胞団のムハンマド・リヤード・シャファカ最高監督者は、アサド政権が非妥協的な姿勢をとり続けるなか、ガザ紛争以来の反体制活動を凍結している同胞団の戦略が何らの正当性も持たなくなっていると述べた。

シャファカ最高監督者は、アサド政権が国内での活動を認めれば、反体制活動を止め、同胞団の名称を変更してもよいとすら述べていた。

だが、チュニジアやエジプトでの政変を受けるかたちで、同胞団の戦略の変更を示唆したかたちとなった。

これに対して、反体制運動凍結に消極的な態度をとり、「戦略変更にはシューラー会議の承認は必要ない」、「シャファカ最高監督者には同胞団の名称を変更する資格はない」と述べていたアリー・サドルッディーン・バヤーヌーニー前最高監督者は、シリア・ムスリム同胞団が反体制活動凍結放棄に向かっていることに歓迎の意を示した。

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反体制政治同盟の「ダマスカス宣言」は、自らのウェブサイト、ニダーでエジプトとのムハンマド・フスニー・ムバーラク大統領の退任を「民主的変革実現に向けた継続的方法を学ぶ偉大なる学校」と高く評価し、支持を表明した。

Akhbar al-Sharq, February 13, 2011などをもとに作成。

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イスラーム民主無所属潮流のナッジャール氏がアドラー刑務所に収監(2011年2月9日)

シリア人権委員会は、2月4日に逮捕されたイスラーム民主無所属潮流のガッサーン・ナッジャール氏が、5日にダマスカス第一刑事裁判所で検事の聴取を受け、アドラー刑務所(ダマスカス中央刑務所)に収監されたことを明らかにした。

ナッジャール氏は75歳で、アレッポ市在住。アレッポ市の自宅で逮捕された。

1980年から1992年にハーフィズ・アサド前政権による組合の弾圧によって、逮捕・投獄し、終身刑を宣告されていたが、その後恩赦により釈放された。

2007年にも「ダマスカス宣言」の活動をめぐって短期間逮捕されていた。

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亡命西クルディスタン政府代表のムラード・ムッラー氏は、2月11日に「怒りの日」を再び行うことを呼びかけた。

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エリック・ロス米国務次官補は、シリア当局によるフェイスブック、ユーチューブへのブロック解除に関する報道を歓迎しつつ、表現の自由が満たされない状況下で、利用者が危険にさらされる可能性がある懸念を表明した。

Akhbar al-Sharq, February 9, 2011、al-Ḥayāt, February 9, 2011、al-Raʼy, February 9, 2011などをもとに作成。

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フェイスブック閲覧解禁をめぐって情報錯綜(2011年2月8日)

『ワタン』系のワタン・オンライン(2月8日付)は、シリア当局が2007年以来ブロックしていたフェイスブックの閲覧を解禁したと報じた。

しかし、シリア情報協会は、解除指示が出ていないと発表し、報道内容を否定した。

利用者によると、同サイトは依然としてプロキシ経由でしか閲覧できない、という。

ワタン・オンラインによると、ブロック解除は、国民の要望に応えるためだという。

なお、アフバール・シャルク(2月8日付)など複数のサイトによると、シリアでSNS参加者の人数の公式統計はないが、20万人が利用していると推計される。

シリア情報協会によると、シリアでブロックされているサイト数は256に及び、そのほとんどが政治・情報関連だが、ユーチューブ、フェイスブック、ウィキペディア、アマゾン、ツイッターなどが含まれている。

しかし、これらのサイトは問題なく閲覧できるとの指摘もあり、シリア人はプロキシを利用してブロックされたサイトを閲覧しているという。

一方、DP-News(2月9日付)によると、Blogger, Maktoobblogに対するブロックも解除されたという。

Akhbar al-Sharq, Febraury 8, 2011、alwatanonline.com February 8, 2011、DP-News,
February 8, 2011, February 9, 2011、Kull-na Shurakā’, February 8, 2011, February 9, 2011などをもとに作成。

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「シリア怒りの日」の呼びかけにもかかわらず、国内では反体制デモは発生せず(2011年2月5日)

前日(2月4日)に引き続き、「シリア怒りの日」の呼びかけにもかかわらず、国内では反体制デモは発生しなかった。

クッルナー・シュラカー(2月7日付)が複数の目撃者の話として伝えたところによると、デモ会場に指定された場所には、私服の治安要員が多数配備され、ダマスカス県の人民議会議事堂地区では、ハーフィズ・マフルーフ大佐、ムハンマド・ナースィーフ副大統領補らといった治安機関の幹部がラウダのカフェで警備体制を視察、陣頭指揮にあたったという。

また、『スィヤーサ』(2月5日付)によると、「シリア怒りの日」に備えて、ヒズブッラーの戦闘員約5,000人がダマスカス県など国内の複数カ所に配備され、治安維持にあたった。

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シリアの有識者87人が声明を発表し、エジプトとチュニジアでの「革命」への支持を表明した。

同声明に署名した著名人は、ドゥライド・ラッハーム(俳優)、ナビール・スライマーン(作家)、ハイダル・ハイダル(作家)、サーイル・ディーブ、ワフィーク・ハンサ(詩人)ら。

クッルナー・シュラカー(2月5日付)が伝えた。

Akhbar al-Sharq, February 5, 2011、Kull-na Shurakāʼ Sūrīya, February 5, 2011,February 7, 2011、al-Siyāsa, February 5, 2011.

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フェイスブックの「シリア怒りの日」の呼びかけに応じ、オーストラリア・キャンベルのシリア大使館前でたった1人が抗議行動(2011年2月4日)

フェイスブックの「シリア怒りの日」の呼びかけに応じるかたちで、オーストラリア・キャンベルのシリア大使館前でたった1人が抗議行動を行う。

クッルナー・シュラカー(2月4日付)が伝えた。

Kull-na Shurakā’, February 4, 2011
Kull-na Shurakā’, February 4, 2011

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AKI(2月4日付)によると、イスラーム無所属潮流のガッサーン・ナッジャール氏が逮捕された。

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クッルナー・シュラカー(2月4日付)は、軍・治安機関のいわゆる「古参」(ハーフィズ・アサド前政権時代の軍・治安機関高官)が人民宮殿付顧問として復職したと伝えた。

復職したのはイブラーヒーム・フワイジャ元空軍司令官、アリー・アスラーン元国防長官、アリー・ドゥーバー元軍事情報局長、ムハンマド・フーリー元空軍情報部長。

軍事情報局長のアリー・マムルーク少将を牽制するという目的があるとされる一方、フェイスブックでのデモの呼びかけに対抗するための治安関係者の隊列の結束強化を図った動きとも理解することもできるという。

AKI, February 4, 2011、Kull-na Shurakā’, February 4, 2011、TTU, February 4, 2011などをもとに作成。

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2011年2月3日のシリア情勢

2月4、5日に予定されている反体制デモ「シリア怒りの日」に対抗するべく、携帯電話のSMSにバッシャール・アサド大統領を支持するメッセージが配信される。

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『クドス・アラビー』2月2日付、Kull-na Shurakā’, February 3, 2011によると、「シリア怒りの日」に反対するページがフェイスブックに立ち上げられる。これにより、フェイスブック上で、アサド政権を支持するブロガーと反体制ブロガーの「ネット戦争」が激化。

シリア国内でのフェイスブックへのアクセスが規制を受けるなか、在外居住者によると思われる様々なページが登場している。これらのページは、首都ダマスカスでシリアの現体制に反対する抗議行動を呼びかけている。代表的なページとしては「シリア怒りの日」、「シリア革命」がある。

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これに対して、この呼びかけを拒否し、アサド大統領への愛を誇示し、彼を「レジスタント、勇敢」と称賛するページも数多く作られている。こうしたページのなかでもっとも代表的なのが、「2月5日[にデモ実施を呼びかける]立場に反対」、「シリア怒りの日に反対」、「シリアをアッラーが護らんことを」などであり、いずれもシリアの地図にアサド大統領の顔をあしらい、「我々は彼を愛している」という言葉が書かれた写真を掲げている。

「シリア怒りの日」のなかで作成者は次のように書いている。「我々の決行日は2月4日の金曜礼拝の後である…。我々の決行日は変革とともにある…。我々とともに平和的デモに参加しよう…。シリアのすべての都市で…。我々の要求が実現されるまで」。

反体制ブロガーたちはまた、彼らが「自由シリア人」と呼ぶ在外居住者に対して、同じ日時に居住地のシリア大使館前でデモを行うよう呼びかけている。この呼びかけはとりわけヨルダン、イエメン、トルコ、カタール、イラク、レバノン、ロンドン、米国、イタリア、デンマーク、スウェーデン、フランス、ドイツ、カナダ、ノルウェー、オランダに対して向けられている。

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一方、「あなたのプロフィール写真をレジスタンスする指導者バッシャール・アサドの写真へ替えよ」と題したページは次のようなメッセージを載せている。「シリアの旗と指導者バッシャールの写真を各人の窓やバルコニーに掲げよう。その日は、国中をシリアの旗とレジスタントであるバッシャール・アサドの写真で飾ろう。自らの手で、その日を誇りの日としよう。シオニズムの汚れを知らず、世界の諸国民のなかで尊厳を護り、勇気と能力をもって諸権利と公正なアラブの大儀を常に支持し、不正に喘ぐ人に対して門戸を開け放ち、その権利回復を支援してきた白い手で。これこそ、我々自身があなたに対して誇るゆえんなのである」。

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治安当局は、ジャズィーラ、アラビーヤなどアラブ諸国の主要なメディアに対して、シリアでのデモや暴動に関して報道しないよう警告。

シリア近代民主主義党、自由シリアなどの反体制組織のウェブサイトがサイバー攻撃を受ける。なおシリア・ムスリム同胞団のウェブサイトも201年1月にサイバー攻撃を受けていた。

Akhbar al-Sharq, February 3, 2011, Kull-na Shurakā’, February 3, 2011, February 4, 2011、al-Quds al-ʻArabī, February 2, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之 All rights reserved.

2011年2月2日のシリア情勢

ダマスカス県バーブ・トゥーマー地区でスハイル・アタースィー女史ら約15人がロウソク・デモを断行、エジプトの民衆デモとの連帯と犠牲者追悼を訴える。しかし私服の治安要員約20人が暴行を加えて強制排除。

Kull-na Shurakā’, February 4, 2011
Kull-na Shurakā’, February 4, 2011

リーバール・アサド氏(リフアト・アサド前副大統領の息子)は、非常事態解除、政治犯釈放、政党活動の解禁などを主唱、平和的な改革がもっとも理想的との見方を示す。

Akhbar al-Sharq, February 2, 2011、Elaph.com, February 2, 2011、Human Rights Watch, “Syria Gang Attacks Peaceful Demonstrators; Police Look On,” February 3, 2011、Kull-na Shurakā’, February 4, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之 All rights reserved.

2011年2月1日のシリア情勢

反体制活動家のアーリフ・ダリーラ氏はQuds Pressに対して、「チュニジアでの経験はアラブ諸国民の前に道を開いた」、「確かにフェイスブックはシリアで規制されている。おそらくすべてのアラブ諸国でそのようなことは行われていると思う。メディアに対する厳しい検閲が行われている…。しかし人々はこうした規制に囚われず、自らの見解を可能な限り表明するだろう。重要なのは、閉じ込められた閉塞感、鬱屈感、専制から解放され、自由を実現し、公の問題に関わりたいという真の願いのなかに秘められているものである」と述べる。

Elaph.com, February 1, 2011によると、バッシャール・アサド大統領は、1月半ばの会合に引き続き、政治治安部長、軍事情報局長、総合情報部長、内務大臣らを召集し、アラブ諸国でのデモへの波及の可能性について協議。具体的には、「シリア怒りの日」への対応が協議されるとともに、今後の対応策として、ハサカ県などのクルド人の監視強化、ダマスカス郊外県のイスラーム主義者への監視強化が議論された。またイラク国境に展開中のシリア国軍を再展開し、ダマスカス県の警護にあたらせる可能性についても検討された

Akhbar al-Sharq, February 1, 2011、Elaph,com, February 1, 2011、Kull-na Shurakā’
Sūrīya, Feburary 1, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之 All rights reserved.

フェイスブックでの抗議デモの呼びかけを報じていたアラビーヤ・チャンネルがシリアで一時視聴不可能に(2011年1月31日)

アフバール・シャルク(1月31日付)によると、フェイスブックの「シリア怒りの日」ページについて繰り返し報道していた衛生テレビ放送のアラビーヤがシリアで一時視聴不可能になった。

同サイトによると、数日前も同様の状態だったが、アブドゥルガニー・サーブーニー通信大臣は事実を否定していた。

アラビーヤによると、フェイスブックの「シリア革命2011」が、2月4日の金曜礼拝後の抗議行動を呼びかける一方、「シリア怒りの日」、「シリア国民インティファーダ」(Intifāḍa al-Shaʻb al-Sūrī)といったページも2月5日にデモを呼びかけている。

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また、フェイスブック上に「怒りの日のシリア革命声明」(Bayān al-Thawra al-Sūrīya li-Yawm al-Ghaḍab)がアップされた。

声明の全文は以下の通り。

يا شعبنا السوري الأبي –

أيّها الشباب السوري المقدام من كل الفئات والطبقات

يا شباب دمشق الفيحاء وحمص ابن الوليد وحماة أبي الفداء وحلب الشهباء.
ياشباب كل مدينة وبلدة وقرية في وطننا سورية الحبيبة.

ا ينبغي السكوت عن الظلم بعد اليوم. لقد طفح الكيل ولا من سامع أو مجيب .

يا شباب سوريه : أنتم معقد الأمل والرجاء بعد الله.

لستم أقل من أبطال تونس وأبطال مصر.لاتنسو من انتم. الان نعلن و بجمع غفير
من الثوار الجياع للحرية. وبأجماع كبير لصناع الثورة. وضمانا لاستمرارية دائمة في
العصيان. واستغلالاً لحشد المصلين. وذلك لصعوبة تفرقتهم. واعلاءً لكلمتهم:

نعلن بأنه وبعد صلاة الجمعة الموافق 4/شباط هو أول أيام الغضب للشعب
السوري الأبي.

لا نريد ثورة هوجاء بل نريد انتفاضة سلمية.

نريد أن ترفعوا أصواتكم بشكل سلمي وحضاري. فالتعبير عن الرأي يكفله
الدستور والقانون وكل القوانين الوضعية والسماوية.

تقدموا يا ايها الشباب واحملوا الراية ، العزّ لكم والمستقبل لكم ، على
أكتافكم ستبنون الدولة الدستورية المدنية الديمقراطية ، تحقق العدالة الاجتماعية
وفرص العمل لكل الشباب والعاطلين وتتعهد براتب شهري لكل عاطل عن العمل من مؤسسات
وتأمينات اجتماعية ومن إيرادات الاوقاف الّتي سرقتها الدولة إلى ميزانيتها دون حق
ولا عدل ولا شرعية .

أيها الرئيس : هبّة الشعوب لا يقف أمامها شيء ، لا تعتمد على من حولك
فيكيدوا لك كيدا.

نريد ان نقول اننا لسنا ضد شخصك ، ولكن ضد أسلوب الحكم الفردي والفساد
والاستبداد وتكديس الثروة بيد أقربائك وحاشيتك.

يا شباب حزب البعث: أسقطوا رموز الفساد في حزبكم ولا تنسوا أنّكم جزءٌ من
الشعب،فالتحموا معه.

يا منسوبي الأجهزة الأمنية: هؤلاء الشباب المتطلع للحرية هم أبناؤكم
وإخوانكم فلا تقمعوهم وحافظوا عليهم فهم ثروة الوطن وعدّة المستقبل ، فالولاء
للوطن أولاً بعد الله العزيز القاهر، والوطن للجميع .

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バッシャール・アサド大統領のインタビューが『ウォール・ストリート・ジャーナル』に掲載された。

主な発言は以下の通り:

We have more difficult circumstances than most of the Arab countries but in spite of that Syria is stable. Why? Because you have to be very closely linked to the beliefs of the people. This is the core issue. When there is divergence between your policy and the people’s beliefs and interests, you will have this vacuum that creates disturbance. So people do not only live on interests; they also live on beliefs, especially in very ideological areas. Unless you understand the ideological aspect of the region, you cannot understand what is happening.

President Assad: We started the reform since I became a president. But the way we look at the reform is different from the way you look at it. For us, you cannot put the horses before the carriage. If you want to start, you have to start with 1, 2, 3, 4… you cannot start with 6 and then go back to one. For me, number (1) is what I have just mentioned: how to upgrade the whole society. For me as a government and institutions, the only thing to do is issuing some decrees and laws, let us say. Actually, this is not reform. Reform could start with some decrees but real reform is about how to open up the society, and how to start dialogue.

Kull-na Shuraka', February 1, 2011
Kull-na Shuraka’, February 1, 2011

If you did not see the need for reform before what happened in Egypt and in Tunisia, it is too late to do any reform. This is first. Second, if you do it just because of what happened in Tunisia and Egypt, then it is going to be a reaction, not an action; and as long as what you are doing is a reaction you are going to fail. So, it is better to have it as a conviction because you are convinced of it, and this is something we talk about in every interview and every meeting. We always say that we need reform but what kind of reform. This is first. Second, if you want to make a comparison between what is happening in Egypt and Syria, you have to look from a different point: why is Syria stable, although we have more difficult conditions? Egypt has been supported financially by the United States, while we are under embargo by most countries of the world. We have growth although we do not have many of the basic needs for the people. Despite all that, the people do not go into an uprising. So it is not only about the needs and not only about the reform. It is about the ideology, the beliefs and the cause that you have. There is a difference between having a cause and having a vacuum. So, as I said, we have many things
in common but at the same time we have some different things.

That [timeframe for moving toward the reform] depends on whether you are the only captain in that ship. We are not the only captain. I just mentioned how we were affected by the situation in Iraq or in Lebanon. There are many things that we wanted to do in 2005 we are planning to do in the year 2012, seven years later! It is not realistic to have a timeframe because you are not living in situation where you can control the events. I just started by saying that every week we have something new. So, you cannot predict what is going to happen next year. Of course, you always put a timetable but you rarely could implement that timetable.

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クッルナー・シュラカー(1月31日付)などによると、ダマスカス県旧市街のバーブ・トゥーマー地区で、エジプトでのデモの犠牲者追悼とムハンマド・フスニー・ムバーラク大統領退任を求める平和的座り込みが行われた。

約40人が集まったが、私服の治安要員らが介入し、強制排除された。

Akhbar al-Sharq, January 31, 2011, February 3, 2011, February 1, 2011、Kull-na Surakā’ Sūrīya, January 31, 2011、al-Sharq al-Awsaṭ, February 3, 2011、The Wall Street Journal, January 31, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之 All rights reserved.

前日に続いて首都ダマスカスのエジプト大使館前でデモ(2011年1月30日)

アフバール・シャルク(1月30日付)などによると、1月29日に引き続き、ダマスカス県カフルスーサ区のエジプト大使館前で集会が行われた。

前日同様参加者は60人程度で、治安部隊がデモ参加者の大使館への接近を阻止した。

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『ワタン』(1月30日付)は、エジプトでのデモ発生に関して、失業や腐敗といったメディアで繰り返されている理由のほかに、「イラク戦争、2006年のレバノンでの戦争、2008年のガザでの戦争への(ムハンマド・フスニー・ムバーラク)政権の態度がエジプト国民に変化に向けた意思を生み出した」と評した。

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SANA(1月30日付)などは、2月初めに社会支援国民基金の最初の支援金支給者の氏名が公表されると報じた。

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シリア・クルド政治会議執行部の定例会合が開催した。

会合後に発表された声明では、非常事態令、戒厳令が政治、経済、社会の領域で状況を混乱させ、腐敗、失業、貧困率の高さが問題視されていたが、反体制デモへの参加の是非に関しては態度を表明しなかった。

al-Amāna al-ʻĀmma li-l-Majlis al-Siyāsī al-Kurdī fī Sūrīya, “Bayān,” January 30, 2011、Akhbar al-Sharq, February 3, 2011, January 30, 2011、Kull-na Shurakā’, January 30, 2011, February 1, 2011, Feburyary 3, 2011、SANA, January 30, 2011、al-Sharq al-Awsaṭ, February 3, 2011、al-Waṭan, January 30, 2011などをもとに作成。

(C)青山弘之 All rights reserved.

首都ダマスカスのエジプト大使館前でデモ(2011年1月29日)

クッルナー・シュラカー(1月29日付)などによると、1月28日の活動家の呼びかけを受け、シリア人青年ががダマスカス県カフルスーサ区のエジプト大使館前で犠牲者の魂を追悼するためのロウソク・デモを実施した。

 

集まったのは約60人。

 

治安部隊が大使館前での座り込みを阻止し、その後解散を要請、解散した。

 

Kull-na Shuraka', Janyary 30, 2011
Kull-na Shuraka’, January 30, 2011
Kull-na Shuraka', Janyary 30, 2011
Kull-na Shuraka’, January 30, 2011
Kull-na Shuraka', Janyary 30, 2011
Kull-na Shuraka’, January 30, 2011

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アフバール・シャルク(1月29日付)によると、有識者・活動家が「チュニジアの革命とエジプトのインティファーダへのシリア有識者の激励」と題された声明を発表した。

声明は、以下のように表明した。

チュニジアの革命や他の国の民衆抗議行動の前には大いなる挑戦が待ち受けている。しかし我らが人民は自由の道へと導かれている。なぜならそれは抑圧者や、革命を脅かす者たちに対して人民を団結させる暴力によらない社会的・平和的レジスタンスだからである。

声明には、ミシェル・キールー氏、アーリフ・ダリーラ氏、アリー・ファルザート氏、ウマル・アミーラーラーイ氏、ウマル・クーシュ氏、ファーイズ・サーラ氏、ヤースィーン・ハーッジ・サーリフ氏など、無所属の反体制有識者・活動家40人が署名している。

 

Kull-na Shuraka', Janyary 30, 2011
Kull-na Shuraka’, January 30, 2011
Kull-na Shuraka', Janyary 30, 2011
Kull-na Shuraka’, January 30, 2011 

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反体制活動家のファーイズ・サーラ氏はクドス・プレス(1月29日付)の取材に対して、チュニジアとエジプトでのデモを、平和的、民主的な変革のための諸目的を実現しようとする民衆の抗議行動だと評価した。

サーラ氏は、そのうえで、シリアにおいて、自らが「ダマスカス宣言」の枠組みで長らく同様の要求を続けてきたことを強調した。

またこの要求に応えることで、シリアの国、政権、そして国民が強化されるとだろうと述べた。

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イスラーム無所属潮流のガッサーン・ナッジャール氏は、バッシャール・アサド大統領に対して「抜本的改革へのステップ」を踏むよう求め、シリア国民に、社会的公正を実現する立憲的・市民的・民主的・諮問的な国家をめざして平和的デモを呼びかけた。

アフバール・シャルク(1月30日付)が伝えた。

Akhbar al-Sharq, January 29, 2011, January 30, 2011, February 3, 2011、Kull-na Shurakā’, January 30, 2011、Quds Press, January 29, 2011などをもとに作成。 

(C)青山弘之 All rights reserved.