シリア・イスラーム抵抗戦線ウーリー・バアスは「ユダヤ人はモーセの時代からゴラン高原にいたのだ」とのネタニヤフ首相の発言を非難

シリア・イスラーム抵抗戦線ウーリー・バアステレグラムを通じて声明を発表し、ゴラン高原をめぐるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の発言を、占領と拡張を正当化する根拠のない歴史的主張だと非難した。

また、移行期政権によるいかなる譲歩もシリア人民を代表せず、拘束しないと主張、組織の現状について、準備・装備・地歩固めの段階にあるとして、イスラエル軍兵士や入植者への攻撃を予告し、占領下のゴランと南部の住民や諸勢力に抵抗への結集を呼びかけた。

タイム・オブ・イスラエルなどによると、ネタニヤフ首相は24日に第80回国連総会で行った演説のなかで以下の通り述べていた。

我々が絶滅の脅威に直面したのは、これが初めてではない。
1967年6月5日、イスラエルは、我々を滅ぼすと公然と誓う敵に包囲されていた。
当時、我々はユダヤ人の歴史的祖国の中心であるユダヤ・サマリアにはいなかった。ガザにもいなかった。ゴラン高原にもいなかった。
シャルアよ、お前は知っておくべきだ。ユダヤ人はモーセの時代からゴラン高原にいたのだ。聖書を読めば分かる。
1967年の六日戦争の前夜、我々はこれらのいずれの場所にもいなかった。我々がいたのは、アラブ世界全体の陸地面積の約0.3%にすぎない、ごく小さな土地であった。そして今もそうだ。
にもかかわらず、彼らはイスラエルを植民地主義だと非難する。大した植民地主義である。そして、我々を非難しているのは誰なのか。そのなかには英国やフランスの人々もいる。まったく、彼らこそがこの言葉を生み出したのである。彼らの植民地は世界中に広がっていた。植民地主義だというのか。いい加減にしてもらいたい。また一つの嘘である。
当時、この地球上の小さな土地には、ヨルダン川西岸も、ガザも、ゴラン高原もなかった。問題となっていたのは、この唯一のユダヤ国家が生き残ることだけだった。なぜなら、この紛争の本質はそこにあるからである。これは領土をめぐる問題ではない。どのような国境線であろうとも、ユダヤ国家そのものをめぐる問題なのだ。

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