NPRは、ウイグル人戦闘員がアサド政権の打倒に参加した経緯、現在の状況について、彼らへのインタビューに基づいたリポートを掲載した。
リポートによると、彼らは中国で弾圧を受けるなかで、シリアに渡ったが、当初は、軍事訓練を目的としており、アサド政権をはじめとするシリア内戦のいかなる当事者に対しても戦闘を仕掛けようとはしてなかったが、反体制派が戦闘員を必要とするなかで、「不可避的」に、内戦に巻き込まれていったという。
当初、彼らの教練はアレッポ県で行われていたが、その後イドリブ県に移り、2016年春にジスル・シュグール市一帯から前政権軍の放逐に参加、同地を拠点化した。
大多数のウイグル人はトルキスタン・イスラーム党に所属、シャーム解放機構、シャーム自由人イスラーム運動などスンナ派のイスラーム主義武装組織とともに活動、戦闘技術を学ぶ一方、海外のウイグル人ディアスポラからの寄付や、シリア国内で立ち上げた事業によって資金を調達していたという。
ウイグル人のなかには、イスラーム国に参加した者が数百人いたが、民族主義的傾向を持つトルキスタン・イスラーム党と競合関係にあり、トルキスタン・イスラーム党は、ウイグル人に対して、政治的にイスラーム国に反対するだけでなく、宗教的にも「これは我々の道ではない」と説明しなければならなかったという。
トルキスタン・イスラーム党の幹部らはまた、空き時間に米軍、シリア軍、ドイツ軍、イギリス軍の軍事ドクトリンを詳細に研究し、組織の規律や戦闘基準の改革に役立てたという。
アサド政権を打倒した「侵略抑止」の闘においては、アレッポ県のバーブ・ハワー村に招集され、アレッポ市攻略に参加、その後首都ダマスカス、ラタキア県に進撃した。
約2万人規模に達しているシリアのウイグル人コミュニティは、移行期政権のもとで、国家の制約を受けることなく、ウイグル文化を保持し、イスラームを実践したいと考えており、自動車輸入、ガソリン・スタンド経営などを行っている。
ウイグル語学校も設立したが、多くの親たちは、子どもを地元の学校や公立大学へ進学させる道を選択している。
一方、多くのシリア人、とりわけマイノリティ宗派は、ウイグル人を含む外国人戦闘員が今後もシリア国内に存在し続けることに反対している。
また、中国は、移行期政権下のシリアにウイグル人が残留し、中国の利益を損なうとする動きを警戒している。
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