シリア・ディアスポラ・アラウィー派イスラーム最高評議会は、フェイスブックを通じて、評議会議長を務めるガザール・ガザール師のビデオ声明を発表した。
声明は、沿岸部でのアラウィー派に対する虐殺が始まった3月6日から1年が経ったに合わせたもので、そこでのガザール師の主な発言は以下の通り。
信仰者の中には、アッラーとの契約に真実であった者たちがいる。彼らの中にはすでにその約束を果たした者もいれば、いまだ待ち続けている者もいる。彼らは決して変節することはなかった。
3月7日は、清らかな血によって大地が潤された日である。その血は団結を芽生えさせ、揺るがぬ不動の精神と誇りを受け継がせ、そして心の中に確信を植え付けた日である。
それは、地上の尺度で測るのなら、密やかな勝利の夜明けであり、天の秤においては偉大な勝利である。ある者たちが望んでいるように声を封じる日ではなく、また彼らが思うような終わりでもない。むしろそれは、アッラーが我々に授けた殉教による勝利の始まりである。
我々の信仰において殉教とは道の終わりではない。それは最も高い地位、アッラーへの最も高い近さに到達する頂点であり、契約への忠誠を示す最も真実な表現である。それは消えることのない真理の生命であり、歳月によっても消し去られることのない永遠である。
アッラーは、この地上に存在して以来、我々にこの揺るがぬ立場を授けてきた。
我々は試練を受ければ忍耐し、殉教すれば真の生命を得る。
包囲されれば、より一層揺るぎない存在となる。
この世の偉大な者たちもまた、忍耐によってこそ栄光に至ったのである。
我々の存在は決して無意味なものではなかったし、我々の結末もまた、殉教か勝利のいずれかである。この名誉は、愛と尊厳、そして帰属意識として我々に受け継がれてきた。
我々は殺される前に、お前は何者か、と問われることがある。しかし我々は、決して譲ることのない告白によって人生を締めくくる。すなわち、信仰、アイデンティティ、尊厳においてアラウィー派であるということである。
我々から流れる一滴一滴の血は契約を新たにし、歴史の最も清らかなページを書き続ける。それはインクではなく行動によって、言葉ではなく不動の姿勢によって書かれるのである。
歴史が消し去られると考える者がいるならば、時代の胸の中には決して忘れられない記憶があることを知るべきである。
天啓宗教は、その使命が異なっていても、揺るがぬ共通点を持っている。その一つは血の神聖さであり、人間の尊厳の保護であり、侵略の犯罪化である。
テロリズムに神聖の衣を着せるいかなる言説も、意図的な歪曲であり、聖典への侵害であり、またアッラーへの侮辱である。アッラーは血を流すことによって礼拝されるものではなく、無辜の人々の頭蓋骨の上にアッラーの旗が掲げられることもない。また、人に「誰に従うのか」と問うことで祖国が築かれるのではなく、「何を築くのか」と問うことで祖国は築かれるのである。
明日、3月7日を我々は服喪の日として宣言する。我々の喪は、慈悲に満ちた行動の日であるべきだ。パン一切れで飢えた者を満たし、薬一錠で病人を助けることが、殉教者の魂への施しとなる。
それが可能な者は、義務ではなく愛によって、命令ではなく慈悲によって行ってほしい。誠実な施しは、いかなるスローガンよりも雄弁である。
シリア・ディアスポラ・アラウィー派イスラーム最高評議会調整渉外関係局は、フェイスブックによると、ガザール師が3月7日を服喪の日と宣言したことを受けて、同師が、ドイツのノイスで開催されるアラウィー派に対するジェノサイドの犠牲者追悼会議とフランクフルトで開催される第1回アラウィー派ディアスポラ会議においてアラウィー派虐殺の1周年を追悼する統一声明の映像を公開すると発表した。
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中・西部シリア政治評議会(PCCWS)は、(フェイスブック)によると、昨年の沿岸部でのアラウィー派への虐殺に際して、アフマド・シャルア移行期政権の部隊がヘリコプターから、ラタキア県ダーリヤ町とバイト・アーナー村に対し爆弾を投下しようとする様子を撮影した映像を公開した。
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シリア人民抵抗は、テレグラムを通じて声明を発表し、昨年3月のアラウィー派に対する虐殺に関して、ヌスラ戦線をはじめとするテロリストの大群に立ち向かい、1500人以上を殺害したとして、これを「英雄的叙事詩」と自賛した。
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