アサド大統領は第4期人民議会選挙の投票を行う:「シリア領からの撤退とテロとの戦いは条件でも要求でもなく、トルコと正常な関係を築く上での要件」(2024年7月15日)

アサド大統領は首都ダマスカスに設置された投票所で第4期人民議会選挙の投票を行った。










投票を終えたアサド大統領は記者らの質問に対して以下の通り述べた。

(人民議会選挙において何か期待されているかとの質問に対して)我々が人民議会という組織について話したいのなら、我々はそれにすべての希望を託すことができる。なぜなら、国会はどの国においても国権の最高機関だからだ。我々が希望を託したり、期待を寄せたりすることができないのなら、それ以外の何ものにも希望はない。期待があるのは当然だ。だが、希望と夢、そして期待とを分けて考えたい。市民は、行政府にも、立法府にもすべての希望を託すことができる。これに対して、期待は、特定の事実に基づいていなければならない。今から何を意図しているかを明らかにしていきたい。大多数のシリア人、市民でも、高官でもいい、彼らに質問して、現人民議会、前期の人民議会、さらにその前の人民議会をどう評価するか訊いたら、彼らは議員について話すだろう。だが、それは間違いだ。我々が期待するものにはいかなる交代も見られない。組織は個々人のうえに作られているのではない。組織とは制度のもとに作られているのだ。個人は重要だが、制度があってこそであり、個人がまずありきなのではない。時期人民議会の制度を発展させられるか否か? つまり、質問の後半部分に戻ると、交代などないのだ。数十年にわたってこの問いを自問したとしたら、名前、顔ぶれ、考え方は変わっていくだろう。なぜなら、どんな人間であれ、社会のどこか一部に所属しているからだ。だが、何も変わることはないのだ。なぜか? なぜなら、制度が変わらないからだ。ここに問題がある。もちろん、交代と発展は生じる。だが、一定の範囲内でだ。人民議会という組織は、三つの制度によって律せられている。第1は憲法だ。憲法は人民議会の役割を明確にしている。第2は法だ。法もまた明確だ。どんな法も若干の修正が必要となることもあるだろうが、このことは何ら問題ではない。問題は法のなかにあるのではない。私の考えでは、変革と問題は人民議会の細則のなかにある。なぜなら、それが議会の役割を管理する仕組みを決定しているからだ。私は、いつも人民議会はその役割を果たしていないと言ってきた。では、どのように役割を果たすべきなのか? それは細則を通じてだ。つまり、我々は議会の個々人を評価するのか? ふさわしい人もいれば、そうでない人もいる。誰にでもある個人の意見だ。誰がふさわしく、誰がふさわしくないのかについての合意に至ることは困難だ。適任だとの合意があれば、その人に任せることができるというのが制度の利点だ。たとえ、こうした発言が理論的なものに過ぎないとしても、適任の人材には組織とその活動を向上させることが許され、不適任な人材が組織の業務を妨害するのを阻止できる。人に対して期待を寄せている限り、私はそれを期待とは言いたくない。つまり、我々はシリア人としてきわめて重要な問いをしている。この組織を実効的な組織へと変革する細則とは何か? 人材を客観的に評価できる時、人は言うだろう。優れた人材は制度にとって代わる、と。だが、私はこう言いたい。人民議会が、評価方法、追及方法、政府監視方法についてのヴィジョンを持っていなければ、あるいは、我々市民が人民議会議員を評価、追及する方法、そして時期議会で選出するか否かについてのヴィジョンを持っていなければ…。問題は国民全体にかかわるものだ。我々は、細則についてのヴィジョンを持っていなければならなかった。こうしたヴィジョンを持つことができれば、期待を持つことができる。人民議会に対して最初に抱く期待とは何か? 個人として、つまり一シリア市民として話すなら、私が最初に人民議会に望むものは、政策を監視することだ。今日、我々は市民として、政府、そして党に対するのと同じように、人民議会に対処している。我々は彼ら(人民議会)に政策を改善して欲しい。これは、人民議会の役目ではない。我々が人民議会に本来の役割以外の役目を求める時、我々は何も期待してはならない。政府についても同じだ。与党についてもだ。つまり、我々はまず、細則を発展させ、次に政策を立案する。そうすることで、我々は期待に対する結果を目にすることができる。また、希望は期待の一部となり、夢を遠ざけることができる。

(前回の選挙との違いは何かとの質問に対して)現状において、(前回の人民議会選挙との)違いは、人材が変わったこととは関係ない。今日存在する真の違いは、与党であり、最大の会派であるバアス党が果たした仕組みだ。

我々はさまざまな結果を目にしてきた。それに満足する者もいれば、満足しない者もいる。その結果は党内では「刷新」と呼ばれた。だが、私はこの点に着目したいのではない。現段階に注目したいのだ。この数年間、我々は、選挙による信任は憲法に基づく信任だと言ってきた。闘争は戦争であり、憲法の紛争でもあった。国家の本質をなす憲法を維持することが現在、後回しになってしまっている。我々は今日、移行期にある。国家や国家機関全般の役割、政策全般、方針をめぐるヴィジョンにかかわる移行期だ。人民議会は、この時期、発展期の一部でなければならない。私が話しているこの時期、あるいはヴィジョンは、戦争によってもたらされた新たな状況のもとで課せられた部分もあれば、戦争という現実によらずに課せられた部分もある。だが、我々は戦争以前、変革を拒んできた。我々は今、変革期、発展期、移行期に突入した。この時期をどう呼ぶかは重要ではないが、シリア、地域、そして世界の困難な状況のもとで、国民対話がなければ、我々はスムーズに移行することはできない。人民議会は国民対話を行うためのもっとも重要な機関だ。細則の問題に戻ると、細則とはこうしたプロセス、対話のプロセスを動かすものだ。議会内でのさまざまな潮流どうしの対話、議会とそれ以外の国家機関との対話、議会と議員との対話をだ。これこそが国民対話であり、人民議会こそが最重要機関なのだ。それゆえ、質問は最初の質問と結びついている。我々がこの困難な移行期において重要な役割に至るための制度的な仕組みを持てるようにする細則の問題と結びついているのだ。

(トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が会談の意志を示していることに関して)それぞれの国の権力のピラミッドの頂点にいる首脳としての私の立場、そして彼の立場からすると、会談が成果をもたらすのなら、抱擁、非難が成果をもたらすのなら、あるいは俗語で言うように、「ひげにキスをする」で成果が得られるなら、私はそうするだろう。だが、問題はそういうことではない。会談に問題があるのではなく、会談の内容にあるのだ。会談が提案されることは、それが目的実現の手段を表すものであることを踏まえれば、重要なことかもしれない。だが何が目的なのか? 我々は何が目的なのかを聞いてはいない。問題解決、関係改善、正常化…。我々はしている最初の質問とは、なぜ13年前に関係が正常な軌道から逸れてしまったのか、というものだ。この点について、トルコの首脳が率直に話していることを耳にしたことはない。これまで多くの機会や生命において言ってきたように、我々は関係改善にむけたいかなるイニシアチブにも前向きだ。これは当然のことだ。隣人と問題を作ろうなどと考える者はいない。だが、このことは、我々が原則なしに進むことを意味しない。会談は手段だ。手段には、結果に向けて行動するための原則とよりどころが必要だ。結果が出なければ、関係は悪化してしまう。この手段がどこかの段階で挫折すれば、我々はさらに悪い方向へと向かってしまい、より多くの代償を支払わされることになる。対話がレベルにかかわらず必要だとシリアがこだわってきたのはそのためだ。首脳どうしの会談全般について話しているのではない。会談は間断なく続けられるものであり、一部仲介者らによって治安レベルでの会談が用意されることもある。我々はそうしたものに前向きに対応してきた。トルコの外務大臣は、極秘会談が行われてきたと述べたが、我々シリアにとって秘密などない。すべてが公然たるものだ。会談が行われれば、そのことを公表する。秘密などない。だが、我々はまだ成果を目にしていない。なぜなら、政治的な意志がないからだ。そこで、我々は問いたい。会談の原則とは何か? この原則はテロ支援に代表されるような問題の原因を解消し、終わらせることになるのか、シリア領内からの撤退になるのか? このことが問題の本質であり、それ以外に理由はない。この本質についての議論がなければ、会談に何の意味があるのか? 我々は結果を実現するために行動したいのだ。会談を行うことであれ、それ以外のことであれ、何にも反対はしていない。重要なのは、シリアの国益とトルコの国益を同時に実現する前向きな成果に至ることだ。

(トルコとの関係改善における友好国の役割は何かとの質問に対して)我々はこの数年間、関係正常化という用語について、それを支持するという場合においても、反対するという場合においても、誤って用いてきた。我々は、正常な関係に至るために正常化すると言ってきた。だが、これは無人した言葉であり、それ自体うまく行くことはない。なぜなら、正常化とは強制的なものであるのに対して、正常な関係は自発的なものだからだ。つまり、正常化は正常な関係に反しており、並存し得ない。我々は、イスラエル、つまりはシオニスト政体のような物事の論理から外れた異常な敵との間で正常化という用語を用いることはできる。つまり、我々が「正常化する」という時、それは強制的なプロセスを意味するのだ。なぜなら、我々は、存在しない正常な関係をもたらすことを欲しているからだ。一方、我々が隣国、近隣の国家について話す時、そこには数世紀にわたる関係がある。それゆえ、関係は完全に正常なものでなければならない。正常化という用語は誤りだ。我々が正常な関係に至りたいのなら――もちろん、我々シリアは、何が起ころうとも、それをめざしているのだが――、占領が国家間の正常な関係の一部であり得ようか? テロ支援が国家間の正常な関係の一部であり得ようか? それは不可能だ。正常な関係について話すのであれば、我々はこうした状況についてやりとりをすることから身を引かねばならない。それはまったくもって異常だ。占領は異常だ。テロも異常だ。国際法違法は異常だ。隣国の主権を尊重いないことは異常だ。異常な事柄が解消される時、関係は、正常化や強制措置、さらには政府の見解を伴わずとも正常になり、戦前の状態にむけて自然と進んでいくだろう。特に、こうした正常な関係が立証してきたのは、トルコの首脳らが言及する国境の安全が、国境が平穏だった状況と同じように、そうした関係によってもたらされるものだということだ。シリアは常に四半世紀以上にわたり、両国国境の安全保障とテロとの戦いに関して、遵守すべきものを遵守してきた。このように、我々はトルコとの正常な関係という問題を見ている。

友好国は我々が話していることを完全に理解している。5年前に最初のイニシアチブが立ち上げられた時から、こうした姿勢について承知してくれている。ところで、イニシアチブについては最近になって言及されるようになったが、イニシアチブは5年間に始まっていた。この5年間、我々は同じ姿勢を繰り返してきた。原因を取り除ければ、結果が見えてくる。政治的な戦術や曲芸も、メディアも必要ない。こうした関係は、我々が至るであろう正常なものであり、友好国はこれを支援してくれている。とりわけ、我々とトルコの間の問題の解決のためにイニシアチブを発揮してくれている友好国は、国際法を遵守している。つまり、我々が求めているのは、シリアの権利だ。それは国際法であり、何人もそれを覆すことはできない。時には何らかの措置を求めてくることもあろうが、それは対話や議論が可能なものだ。だが、措置を講じることと、原則を逸脱することは別問題だ。我々が原則を逸脱することなどあり得ず、それに基づいて自らの国益を生み出そうとしている。

(シリア側が示す条件は原則なのかとの問いに対して)条件について言及する者がいるが、我々には条件はない。条件よりも軽い言葉で言うと、要求について言及する者もいるが、我々には要求もない。我々が話していることは条件でも要求でもない。それは要件なのだ。用語が異なっているのだ。世界のいかなるものでも、そこから健全な結果をもたらしたいと考えるのであれば、適切な環境を整備しなければならない。それがいわゆる要件というものだ。政治関係であれば、結果をもたらすための特定の要件が必要となる。経済的な協力関係であれば、集団であれ、企業であれ、国家の間で行われる共同プロジェクトには要件が必要となる。要件が伴われなければ、プロセスは成功しない。我々が話しているのは、国家間の関係の本質が課してくる要件だ。国際法はこうした要件を表現してくれている。ここにおいて、我々は根本的な点に立ち返ることができる。こうした関係は国際法なしに進み得るものか? 過去について率直に話すことなく、地域に完全な破壊をもたらし、数十万人を死に至らしめた政治的過ちについて話すことなく進むものなのか? 過去の教訓から学び、基礎を築いて次世代が罠に落ちないようにすることなく、我々は未来に向かって進むことができるのか?

(仲介国の保証が要件の解決をもたらすかとの質問に対して)我々はいかなる保証も提示されていない。だから、我々は、前向きに、しかし明確な原則を踏まえつつ進んでいる。原則だけではない。原則が国際法と主権であることは明白だ。だが、我々の行動が前向きな結果をもたらすことを保証するための明確な方法も踏まえて進んでいる。先ほど述べた通り、前向きな結果を実現しなければ、結果は否定的なものとなるだろう。失うものなどないという者もいる。それは違う。現状において、我々には、勝つか負けるかしかない。我々、トルコ、そして同盟国は同じレベルにおり、すべてが勝つか、すべてが負けるかしなかい。中間はないし、グレーゾーンもない。だから、原則と要件を強調する時、それは、我々がプロセスの成功をめざしていることを基本としている。それは、厳格さでも躊躇いでもない。我々には躊躇いはなく、一部の人のように虚栄心にも苛まれていない。我々は一義的にみずからの利益を追及している。我々の原則は、この我々の利益から発するものであり、それ原則と切り離されてはおらず、結びついているのだ。

SANA(7月15日付)が伝えた。

AFP, July 15, 2024、ANHA, July 15, 2024、‘Inab Baladi, July 15, 2024、Reuters, July 15, 2024、SANA, July 15, 2024、SOHR, July 15, 2024などをもとに作成。

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