2011年9月27日、レバノン共和国北部県アッカール郡に位置するワーディー・ハーリドにおいて、シリア人避難民に関する調査を行った。
同地は、ジャズィーラ、アラビーヤといった衛星テレビ局などによってシリア人避難民の受け入れ地としてたびたび報道されており、西側諸国の報道機関の特派員らが取材を行っている。
シリアでの反体制抗議運動に関しては、反体制勢力がインターネット上にアップする抗議行動や弾圧の映像に依拠した衛星テレビ局などの報道に対して、「煽動」、「誇張」といった非難がしばしばなされる。本調査では反体制勢力と親体制勢力との主張のズレを検証するための情報を収集することを目的とした。
聞き取り調査は、通訳を介さず、アラビア語を介して直接行った。
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調査を行うにあたって、以下の手順をもって、面談者の選定を行った。
①案内人の選定:報告者が宿泊するホテル(Hotel Cavalier)にて、「北部県アッカール郡に精通した案内人」ないしは「同県での調査を補佐する能力を有する案内人」の紹介を依頼、‘A.M.氏を案内人兼借上車輌ドライバーとして紹介され、雇用した。同氏はベカーア県ヘルメル郡出身のシーア派。
②‘A.M.氏の案内により、トリポリ市を経由して、ワーディー・ハーリドに向かう。同氏はトリポリ市北部に位置するナフル・バーリド・パレスチナ難民キャンプに外国メディアの記者を案内した経験はあったが、ワーディー・ハーリド訪問は初めてであり、道中幾度も現地の住民や警察、軍にワーディー・ハーリドへの道を尋ねていた。
③道中、‘A.M.氏とレバノン・シリア情勢に関して意見を交換する。その際、レバノン特別法廷、ヒズブッラーが主導する対イスラエル武装闘争、シリアでの反体制運動に関して報告者の率直な意見を述べると、「トリポリ市、アッカール郡の住民は反シリア感情は強いので、シリアに同情的な言動は控えるか、レバノン・シリア情勢において中立的な姿勢を示すよう」アドバイスを受ける。またこの一連のやりとりで‘A.M.氏が3月8日勢力に共鳴しており、強い反米・反イスラエル感情を有していること、アサド政権に対して否定的な感情を持っていないことを確認する。
④ワーディー・ハーリドに入り、雑貨屋の配達員に同地のムフタールの自宅を紹介するよう依頼、同配達員のオートバイによる先導を受け、2名のムフタールの自宅を紹介される。
⑤このうち、在宅が確認できた2件目のムフタールの自宅を訪問し、シリア人避難民の状況に関する質疑応答を依頼、快諾を得る。面談に応じたのは、ワーディー・ハーリド最大の村落であるフーシャ村のムフタール、ムハンマド・ディルガーム・アフマド氏。
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ムハンマド・ディルガーム・アフマド氏との面談内容は以下の通り。
①一部の衛星テレビ局による避難民報道はその数において誇張が過ぎる。
②むろん、避難民はいないわけではないが、彼らは身元が割れ、自身およびシリアの親戚などの身の安全が脅かされることを恐れて、メディアの取材にはほとんど応じていない。
③ワーディー・ハーリドのシリア人のほとんどは労働者。その多くがワーディー・ハーリドで妻子とともに暮らしており、子供たちは同地の学校に通っている。「避難民」という言葉からイメージし得るような人々ではない。
④シリア人避難民の支援のため現地NPOなどが物資などを支援している。シリア国内での暴力を避けるため避難してきたシリア人避難民はこの支援の対象となっているが、それ以外にも、土曜日の夜にシリアから越境し、日曜日に支援を受けてそのまま帰宅する人々が少なからずいる、という。
⑤UNHCRによる調査に際しても、「謝金」目当てで避難民として登録したシリア人労働者が少なからずいる。
⑥先日(9月16日の事件と思われる)のシリア軍と「越境者」の衝突は、シリア軍と「密輸人」との衝突。ワーディー・ハーリドはシリアとのさまざまな物品の密輸入によって住民の生計がなりたっているが、こうした物品の密輸を行っている一団がシリア軍のパトロール隊の尋問を受け、その際この一団がシリア軍、そしてシリアの現体制を罵倒、もみあいとなり、シリア軍が発砲するにいたった、という。
⑦ワーディー・ハーリドの住民の多くは、レバノンのムスタクバル潮流の支持者と目されている。2009年の国民議会選挙の際は、ムスタクバル潮流の候補者に投票した代償として「欲しいだけ」報酬が与えられたという。
⑧面談に応じたアフマド氏自身は、ムスタクバル潮流には与しておらず、自らを「バアス主義者」だと述べた。
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以上のように、今回の調査では大手衛星テレビ局などが報じるシリア人避難民像とは異なる意見が聴取できたが、その真偽は、以下のような検証作業を経て最終的に判断される必要がある。
①本調査と異なる内容の報道・報告に関して、面談者の選定の恣意性の有無を確認する。具体的には、案内人の選定、面談者の選定において、政治性が排除されているか否かを確認する。
②面談者の選定において、可能な限り無作為性を担保することをめざした本調査と同様の方法、ないしは本調査以上に無作為性の高い方法を通じて、引き続き面談による聴取を行い、中立性を高めていく。
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なお調査終了後に、アフマド氏の発言などに関してインターネットで検索した結果、2011年5月16日付『SyriaPromise』の記事がヒットした。
同記事において、アフマド氏は(シリアからの避難民流入を受けるかたちで)レバノン国軍が国境付近で部隊を増強していると述べている。
(青山弘之作成)
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