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第10期人民議会選挙をめぐる動き
第10期人民議会選挙の投票が各地で実施され、シリアの主要メディアは投票の様子を大々的に報道する一方、西側諸国などのメディアは反体制勢力の呼びかけのもと多くの有権者がゼネストを行い、投票をボイコットしたと報じた。
バアス党および同党が主導する進歩国民戦線加盟政党、2011年に制定された政党法のもとで認可された新党が立候補者を擁立し、選挙戦を戦った。
また各地のビジネスマン、実業家らも無所属候補として出馬する一方、反体制組織のほとんどは選挙をボイコットした。
なお選挙に参加した新党は、変革解放国民戦線加盟政党(人民意思党(カドリー・ジャミール党首)、シリア民族社会党インティファーダ派(アリー・ハイダル党首)、シリア・クルド人国民イニシアチブ(ウマル・ウースー代表)、国民青年公正成長党(バルウィーン・イブラーヒーム書記長)、アラブ民主団結党(マーヒル・フライフ書記長)、シリア民主党(アフマド・クーサー書記長)、民主前衛党(ヌーファル・ヌーファル書記長)。
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ハマー県では、AFP(5月7日付)が活動家の話として伝えたところによると、ハマー市のほとんどの店舗がゼネストにより閉められ、人通りはほとんどなく、街には犠牲者の写真や「殉教者こそが立候補者」などと掲げられた横断幕が掲げられた。
また複数の活動家は、選挙によって選ばれる人民議会を「操り人形の議会」と非難した。
しかし、タイバト・イマーム市などでは、治安当局が市民に強制的に店を開けさせた、という。
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イドリブ県では、ヌールッディーン・アブドゥーを名のる活動家によると、「イドリブ市とその郊外では、選挙が行われていることを示すものはまったく見当たらない…。政府はこの茶番じみた選挙を組織することで、自ら存続していると幻想を自ら抱こうとしている。しかし戦車という鉄拳を振るうことなくして都市や村を支配することはできない」と語った(AFP(5月7日付)。
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スワイダー県では、地元調整諸委員会によると、スワイダー市の技師組合内で多数の市民が治安対策による事態収拾拒否、選挙反対、アレッポ大学学生との連帯を求めて座り込みを行った。
参加者のほとんどはドゥルーズ派宗徒だった。
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ダマスカス県では、複数の反体制活動家によると、カダム区、アサーラ地区、カーブーン区、バルザ区が、軍・治安部隊の展開によって機能不全に陥った。
ファーディーを名のる市民はAFP(5月7日付)に対して、選挙への参加は「意味がない」、なぜなら投票が「現状を追認することにつながるからだ」と述べた。
また県内の投票所近くで、ある男性はロイター通信(5月7日付)に対して、「これ(選挙)は茶番劇だ。立候補者はビジネスマンと政権内有力者の操り人形だ」と非難した。
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シリア人権監視団によると、イドリブ県、ダルアー県、ハマー県、ダマスカス県、ダマスカス郊外県の各所で選挙実施に抗議するゼネストが断行された。
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一方、SANA(5月7日付)は、投票を済ませた政府首脳らの声を報じた。
ムハンマド・シャッアール内務大臣は「選挙は正常なかたちで実施され、投票所は…選挙の雰囲気で起こりがちないくつかの出来事を除いて何らの問題も起きていない」と述べた。
バアス党シリア地域指導部のムハンマド・サイード・バヒーターン副書記長は「選挙はシリアの現在と未来にわたるこの重要な段階におけるもっとも重要な憲政上の成果であり、これによりバッシャール・アサド大統領が一連の法律や新憲法の制定を通じて指導する改革路線が確固たるものになる」と述べた。
マフムード・アブラシュ前人民議会議長は「選挙はアサド大統領が指導する包括的改革プロセス継続を望むシリア国民の意思を表している」と述べた。
アーディル・サファル首相は「選挙を通じて政治、経済、社会といった分野で包括的な改革プログラムが推し進められた」と述べた。
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シリア国外では、シリア国民評議会が声明を出し、市民に対して選挙のボイコットを呼びかけていた。
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『ハヤート』(5月8日付)によると、投票所の近くには立候補者の支援者らが、自身の支援する立候補者の氏名が記載されたリストを配付し、投票に訪れる有権者に配付していた、という。
しかし、ダマスカス県内で取材が許可されたある投票所では、投票開始から3時間で137人が投票したと発表されたが、取材が行われた40分で投票所に現れた有権者はたったの3人だった、という。
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『クッルナー・シュラカー』(5月7日付)は、ダマスカス選挙区の投票所前で配付されていた「国民同盟ファイハー・シャーム・リスト」に「国民統一リスト」の立候補者(バアス党、進歩国民戦線の立候補者)と解放変革国民戦線のカドリー・ジャミール代表や無所属の有力ビジネスマンの名前が並記されていると報じた。
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『クッルナー・シュラカー』(5月7日付)はフェイスブックなどからの情報として、バアス党が、タルトゥース県選挙区から出馬辞退をしなかった国民統一リストに記載されていない党員への投票を行わないよう、党員らに通達したと報じた。
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『クッルナー・シュラカー』(5月7日付)は、ハサカ県での選挙戦に関する詳細な報告を行った。
それによると、同県の選挙区(定数14、うちA部門8、B部門6)では約560人が立候補し、うち約290人が投票日までに選挙戦から撤退、約270人が最後まで選挙活動を続けた。
この約270人の多くは、部族の代表者、現政権の関係者、進歩国民戦線加盟政党の現役党員や元党員、政党法のもとで認可された新党党員など。
新党のなかでは国民成長党の党員がもっとも活発な選挙活動を行った、という。
バアス党は投票に先立って「国民統一リスト」を作成したが、多くの党員は、このリストではなく「人民と祖国への忠誠リスト」の名で別のリストを作成し、投票を行った。
「人民と祖国への忠誠リスト」は、バアス党がいわゆる「陰のリスト」で、バルウィーン・イブラーヒーム(国民青年公正成長党書記長)、サミール・バーシャー氏、シャイムムース・アリー氏という3人のクルド人の無所属立候補者と、アッシリア教徒の無所属立候補者を暗に支持していることをめぐる党内の意見対立の結果として作成されたもので、多くの党員はアラーッディーン・ラズィークー氏(シャッラービーン部族)、ムハンマド・フルウ(アドワーン部族)、アブドゥッラッザーク・イーサー前議員、ハムーダ・サッバーグ氏などに投票することが予想されている。
しかしこうした党内での「自由」な投票行動とは裏腹に、ダルバースィーヤ市、アームーダー市、ダイリーク市、カーミシュリー市、ラアス・アイン市などでは多くの市民が投票をボイコットした、という。
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『クッルナー・シュラカー』(5月8日付)は、ハサカ県での投票状況に関して、ハサカ市、カーミシュリー市では、キリスト教徒が多数住む一部の地区を除いて、ほとんどの住民は投票を行わなかった、と報じた。
アサド政権の動き
SANA(5月7日付)は、ワリード・ムアッリム外務在外居住者大臣がUNSMISのロバート・ムード司令官と会談し、監視団の活動を歓迎するとともに、客観性とプロフェッショナリズムが重要だと述べたと報じた。
国内の暴力
ロイター通信(5月7日付)は、UNSMIS(シリア停戦監視団)が対レバノン国境地域で住民と面談し、政府による人権侵害、反体制勢力の武装、「五つ星のホテルで暮らし、国内の市民に犠牲にしている」在外反体制活動家に不満を訴える市民の意見を聴取した、と報じた。
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ダイル・ザウル県では、シリア人権監視団によると、ダイル・ザウル市郊外で治安部隊の要撃によって若者3人が殺害された。
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ダマスカス郊外県では、複数の反体制活動家によると、ドゥマイル市、ダーライヤー市が軍・治安部隊の砲撃を受けた。
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『クッルナー・シュラカー』(5月7日付)は、ダマスカス県ドゥンマル区のクルド人が居住するマシャーリーウ地区とルッズ地区で発生した反体制デモを治安部隊とシャッビーハが武力弾圧したことを受け、クルド民族主義政党の使節団が「アラウィー派有力者」と会見し、今後武力弾圧を行わないよう要請したと報じた。
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『クッルナー・シュラカー』(5月7日付)は、アサド大統領のいとこのアーティフ・ナジーブ准将がラタキア県ジャブラ市で暗殺されたとの情報を入手したと報じた。
反体制勢力の動き
シリア国家建設潮流のルワイユ・フサイン代表は、「この選挙は形式的なものに過ぎず、シリアのパワー・バランスを変えるものではない…。人民議会はムハーバラートを一つも掌握していない。それゆえ国内において何の権力も持っていない」と述べた。
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クウェート通信(KUNA、5月7日付)は、地元調整諸委員会が、2011年3月11日以降、シリア政府が子供1,122人を殺害したとの報告書を発表した、と報じた。
諸外国の動き
国連の潘基文事務総長は米ワシントンにあるアトランティック・カウンシルで「我々は甚大な被害を伴う真の内戦に突入するのを回避するため、時間との戦いを行っている」と述べ、アサド政権の弾圧を改めて一方的に非難、暴力停止を求めた。
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クウェート紙『スィヤーサ』(5月7日付)は、イラクの法治国家連立の信頼できる消息筋の話として、ヌーリー・マーリキー首相のもとで国家安全保障顧問を務め、シリア・ファイルを担当するファーリフ・ファイヤード氏が首相に対して、アサド政権内で軍事クーデタが(ロシアなどの手引きによって)発生する可能性があると報告、自由シリア軍やシリア・ムスリム同胞団などシリアの反体制勢力とのチャンネルを確保すべきだと進言したと報じた。
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フランス外務省のベルナール・ヴァレロ報道官は、シリアの人民議会選挙に関して「悪質な茶番」と一蹴した。
AFP, May 7, 2012、Akhbar al-Sharq, May 7, 2012、al-Hayat, May 8, 2012、Kull-na Shuraka’, May 7, 2012, May 8, 2012、KUNA, May 7, 2012、Naharnet.com,
May 7, 2012、Reuters, May 7, 2012、SANA, May 7, 2012、al-Siyasa, May 7, 2012などをもとに作成。
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