米連邦陪審はアサド前政権下のアドラー刑務所の責任者を拷問に関与したとして有罪に

米法務省は公式サイトを通じて、連邦陪審がサミール・ウスマーン・シャイフ被告(73歳)に対し、ダマスカス郊外県のアドラー刑務所における囚人への拷問(および拷問共謀)への関与により有罪判決を下すとともに、これらの犯罪に関して、米国の移民当局に虚偽の申告を行い、不正にグリーンカードを取得し、米国市民権取得を試みた罪でも有罪とされたと発表した。

シャイフ被告は2005年から2008年頃まで、アサド前政権下のアドラー刑務所の責任者を務める准将だった。

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アレッポ市で正体不明の武装グループがキリスト教徒の女性保育士を鋭利な刃物で複数回刺し、貴重品を奪って逃走、刺された女性は死亡

ハマー県では、シリア人権監視団によると、県東部のアブー・ハッドゥーラ村の住民が、スルターン・スライマーン・シャー師団の元指導者であるムハンマド・ジャースィム(アブー・アムシャ)の弟であるファーディー・フサイン・ジャースィム氏(通称アブー・マーリク)が農地を不法に占有したとして苦情を提出した。

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ダルアー県では、SANAによると、県の内務治安局がサナマイン市近郊で前政権が軍事拠点として使用していた場所の近くで集団墓地を発見した。

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ヒムス県では、SANAによると、タッル・シュール村の行政庁舎を放火したとして、内務治安局が7人を逮捕した。

また、シリア人権監視団によると、ハマー県サラミーヤ郡出身のタクシー運転手が、ヒムス市郊外で武装強盗に遭い、死亡した。

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アレッポ県では、シリア人権監視団によると、アレッポ市シャイフ・マクスード地区の西側で、アフマド・シャルア移行期政権の支持者らが複数のクルド人青年を暴行、侮辱や罵倒を浴びせたた。

また、シリア人権監視団によると、アレッポ市で正体不明の武装グループがキリスト教徒の女性保育士を鋭利な刃物で複数回刺し、貴重品を奪って逃走した。

刺された女性は死亡した。

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ラタキア県では、シリア人権監視団によると、アフマド・シャルア移行期政権の治安当局がカルダーハ市に近い山間部にあるアラウィー派の宗教巡礼地の一つバニー・ハーシム廟群を閉鎖し、軍事拠点に転用した。

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ラタキア県内務治安局は2013年のイード・アル=フィトルの朝にハッファ郡カシュバ村で発生した虐殺事件の犯人15人を逮捕したと発表

ラタキア県では、内務省(テレグラム)によると、県の内務治安局は、2013年のイード・アル=フィトルの朝にハッファ郡カシュバ村で発生した虐殺事件に関与した犯罪者らの身元を特定し、前政権のスハイル・ハサン准将やヒラール・アサド氏の直接の指示を受けて、女性や子どもを含む数十人の非武装の民間人を殺害した国防隊のメンバー15人を拘束した。

アナス・ハッターブ内務大臣はXを通じて、事件の真相が解明されたことを評価、「権利は時効によって消えることはなく、犯罪者の責任追及は国家的かつ道義的義務である」と強調した。

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ヒムス県では、シリア人権監視団によると、上ムハッラム町で、金細工職人が武装強盗に遭った。

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アレッポ県では、シリア人権監視団によると、アアザーズ市で若者1人が殺害され、遺体で発見された。

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ダマスカス郊外県では、シリア人権監視団によると、ダイル・アリー町での指名手配犯との銃撃戦で数日前に負傷していた内務治安局の隊員1人が死亡した。

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イドリブ県では、シリア人権監視団によると、県南部のクーリーン村で若者1人が遺体で発見された。

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不正蓄財対策委員会のスワイダーン委員長:「前政権との関係が深かった一部の実業家との和解は刑事免責を与えるものではない」

SANAが26日未明に伝えたところによると、不正蓄財対策委員会のバースィル・スワイダーン委員長は、アサド前政権との関係が深かった一部の実業家との間で和解が成立したとの一部報道に関連して、刑事免責を与えるものではなく、また第三者の権利を侵害したり、移行期正義の手続きや追及を損ったりするものでもないとしたうえで、不正蓄財罪から生じた金銭的側面のみを処理するもので、他の司法手続きは現行法の規定に従って引き続き存続すると強調した。

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前政権の宗教関係大臣だったアブドゥッサッタール・サイイド氏がモスクワで心臓発作により死去

ワタン・オンラインなどによると、前政権の宗教関係大臣だったアブドゥッサッタール・サイイド氏(1958年生まれ)が、モスクワにおいて心臓発作により死去した。

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アラビーヤ・チャンネルのインタビュー番組が「虎」(ニムル)の愛称でしられた旧シリア軍第25特殊任務師団の司令官ハサン准将の役割を検証するインタビュー番組を放映

アラビーヤ・チャンネルは、「虎」(ニムル)の愛称で知られた旧シリア軍第25特殊任務師団の司令官だったスハイル・ハサン准将の役割を検証するインタビュー番組を放映した。

インタビューに応じたのは、アサド前政権寄りと目されてきたジャーナリストのシャーディー・ハルワ氏。

インタビューでのフルワ氏の主な発言は以下の通り:

ハサン准将と知り合ったのは、彼がまだ大佐だった頃だ。その後准将に昇進した。彼は空軍情報部の士官で、革命が始まる前は空軍情報部で特殊任務を遂行していた。その後、ハマー市での抗議活動の監視や計画に関わるようになった…。
彼はアラウィー派で、(ラタキア県)ジャブラ市郊外のマアナーナ村出身だ。
彼と出会ったのはアレッポ東部郊外の丘だった。その時、彼はすでに作戦を開始していた。
彼のことを知らなかったし、ハサンも当時はテレビには登場していなかった。彼の写真もなかった「黄色い風」(ハワー・サフラー)、「虎」(ニムル)などと呼ばれていた。私はその丘を訪れ、兵士2人を伴っていた階級章を付けていない士官(ハサン大佐)を見かけ、こう尋ねた。「ハサン大佐にはどうやって会えますか?」
彼は言った「何の用だ? ハサン大佐に何の用だ?」
私は答えた。「私はシリア国営テレビの記者で取材をしたいのだ」…。
当時、いわゆる「抵抗枢軸」は…イスラーム国と戦っていた旧シリア軍の功績は、予備部隊によるものだと盛んに伝えていた。
私はハサンに…シリア国営テレビが現場にいるべきで、そうでなければ功績が他に帰されてしまう、と説明した。
彼は自分がハサンだと名乗った。彼は幾度となく私を呼び、アレッポ中央刑務所にいたる街道で一緒に仕事を始めた。当時そこはヌスラ戦線に包囲されていた。
彼は寡黙な人間で、特に初対面の相手に対しては、話すよりも聞くタイプだった。
しかし、恐ろしい、とても恐ろしい人物だった。命令の実行をためらえば、結果は悲惨なものになる、そう感じさせる存在だった。
メディアから距離を置いていた(ことが恐怖を感じさせた)。彼の神秘性。そして苛烈さ。残忍で血なまぐさい作戦だ。
シリア戦争でもっとも激しかった戦闘のいくつかを指揮したのが「虎」ことハサンだった。
焦土作戦、地域の包囲、複数の戦線からの突入。重要なのは、ハサンは旧シリア軍で唯一、上官に許可を得ずに航空部隊を動かせた士官だったということだ。
砲兵、ロケット砲、ヘリコプターが即座に投入され、エアロL-39戦闘機も出撃し、さらにはロシア軍との調整まで行い、ロシア空軍も彼の命令で出撃していた。
これは、他のどの士官、師団長、さらには参謀総長でさえ持たない特権だった。彼らでさえ航空隊を自由に動かすことはできなかった。
(彼との関係は)長くはなく、2018年頃まで続いた。最後はダイル・ザウルでの戦闘だった。
彼はあらゆるメディアの立ち入りを拒み…、シリア国営テレビ以外には、いかなる報道機関にも(取材)許可を出さなかった。
「なぜマヤーディーン、マナール、イラン系チャンネルの立ち入りを禁じるのか」という上層部の質問に対して、彼はこう説明した「私は彼らを禁じているのではない。まずは自国のテレビが取材する。その後に彼らが入るのだ。戦闘は機微なものだ」。
空軍情報部のジャミール・ハサン部長に対してもそうだった。実際、彼に影響力があったのは、ジャミール・ハサン、アリー・マムルークくらいだった。
(前政権は、スンナ派であるフルワ記者の存在を利用したことは)後になってから、2013年頃にあった。
メディアに限らず、ほぼすべての部門で、前政権はスンナ派を含むさまざまな宗派の人材を前面に出す方針をとるようになった。すべての宗派がバッシャール・アサドを支持しているというイメージを示すためだ。
この噂(ハサン准将の容姿が大きく変わったとの噂)は広く流布された。「彼は戦闘で死亡し、別人にすり替えられた」とまで言われた。だが、彼は同一人物だ。彼の私生活について少し語ることにしよう。
彼は結婚し、離婚し、子どもは1人だけだ。家族と姿を現すことはなかった。常に兵士たちと兵舎で寝泊まりしていた。
独特の性格で、父母にさえ会いたがらず、母親の葬儀にも出席しなかったほどだ。
長期間、癌を患っていたが、治療を拒み、鎮痛剤だけに頼っていた。
最終的にアサドから手術を受けるよう命じられ、肺のかなりの部分を切除した。肺癌だった。
戦場に復帰するため、大量のコルチゾンを摂取せざるを得なかった。カマール・イスマーイールという医師がいたが、何度も彼の暗殺を試み、逮捕され司法に送致された。この医師がその後どうなったかは知らない。
彼は注射を打ちすぎて、脚に注射する場所がなくなるほどだった。容姿も変わり、顎ひげをたくわえ、染めるようにもなった。
彼には直属の部隊があった。一部は正式な軍部隊だったが、大半は武装組織で、主にアラウィー派が多いハマー市郊外、ラタキア市郊外、タルトゥース市郊外、沿岸地域から集められていた。
また、2013年初めごろからは、スンナ派も加入していった。彼らは契約で給料を受け取っており、当時はブスターン事前協会が資金を提供していた。
彼への資金提供によって、多くの越権行為や不満の声が上がったことから、アサドが介入し、体制を整備した。彼は北部地区の空軍情報部支部長に任命され、1ヵ月後に准将へ昇進した。
ここで強調すべきは、ハサンは常に軍上層部から妬まれていると感じていたことだ。ファハド・ジャースィム・フライジュ国防大臣や参謀総長、各師団長らが「自分を妬んでいる」と不満を口にしていた。
彼の副官だったサーリフ・アブドゥッラー准将が先に准将へ昇進し、彼自身はその2ヵ月後に昇進した。
(ハサン准将が絶大な権限と能力を持つに至った理由は)正直に言えば、ロシアにある。
ロシアがシリアでの軍事作戦に参入した当初から、彼らはハサンの戦闘能力や苛烈さについて多くの情報を持っていた。フマイミーム航空空軍基地で会合が開かれるようになり、彼はあらゆる支援を受けることになった。私の知る限り、彼はロシア国籍も与えられた。
ロシアが資金面でも彼を支援した。彼らは彼を、容赦なく、敗北を知らず、振り返らない苛烈な軍人と見ていた。
彼のインタビューはすべて私を通して行われた。
彼は、ロシアに対しては非常に強い忠誠心を抱いていた。だが、イランの存在は嫌っており、会合を避け、同じ作戦区域で共に行動することを望まなかった。
彼はイランを「マスラハジーイーン」(利害主義者)、つまり自分たちの利益だけを追求する者だと言っていた。また宗派的な色合いが強いとも。
アレッポ市南部郊外でイランが多くの住民をシーア派に改宗させていたのを我々は実際に目にしていた。
彼は焦土作戦を採用していた。私の見立てでは、彼には二つの戦術がありました。一つは焦土作戦、もう一つは包囲し、その後に攻撃を開始するという戦術だ。
樽爆弾は発明された兵器の一種だ。しかし、ロシア軍機から投下されたものの中には、それ以上の破壊力を持つものもあった。中には半トン以上、時には1トンに達するものもあった
私はグータにいなかったので、(化学兵器攻撃についての)情報は持っていいないただ、私が目撃した戦闘において、化学兵器は見ていない。だが、樽状の爆発物は使用された。重量が1トンに達する爆弾もあった。私が見たのは500キロから1000キロ、つまり半トンから1トンの爆弾や樽爆弾だ。
その破壊半径は非常に大きかった。我々はそれを放送していた。
彼は携帯電話を持っていなかった。連絡は秘書や護衛、彼の担当記者を通じて行われた。また、情報省から支給された無線通信機があり、彼とは常に直通でつながっていた。
そう言った面(盗聴対策)もあるが、戦闘地域では携帯電波が届かない場合もあった。
一部の映像では、私がヘリコプターの中にいる姿が映り、「シャーディー・ハルワが樽爆弾投下に同行していた」と批判された。SNS上では多くの写真や動画が拡散され、コメントが寄せられた。
彼は私のために専用ヘリを送るようになった。ナイラブ航空基地からタドムル、ヒム、ハマーに私を運び、取材させた。
例えば、アレッポからハマーへ陸路で向かえば2時間半かかる。しかし彼は即座に取材を望み、電話で「ナイラブ基地へ来い、ヘリが待っている」と言ってきた。
私はダマスカスに連絡し、SNG中継車をハマーへ向かわせた。私が到着する頃には中継車も現地に到着し、武装拠点や司令部の制圧といった戦果を中継していた。
彼は、アサドに「この作戦を行っているのは自分だ」と示したかったのだ。
私が取材に現れれば、「その地域でハサンが活動している」という印になった。シリア国営テレビ、特に私がいる場所は、彼の作戦地域であると認識された。
我々は彼の発言を編集でかなり整えた。彼は哲学的な言い回しを多用し、例えばこう語ったことがある。「太陽を見つめると、そこに我が指導者であり、最初の闘士であるアサドの姿が浮かぶ」と。
彼には野心があった。それがアサドを不安にさせたのだ。ある映像で我々が「血と魂をシリアに捧げる」と叫ぶと、彼は私の手を下げさせ、「シリアとはアサドそのものだ…。血と魂をあなたに捧げる、バッシャールよ」と言った。
その映像は広く拡散された。彼は公の場で私を叱責したが、2時間後には電話をかけてきて「一緒に昼食をとろう」と言ってきた。
やがて彼は、アサドが自分を排除しようとしていると確信するようになった。
彼はルーナー(・シブル大統領府特別顧問)を嫌っていた。
ルーナーの指示で、「血と魂をあなたに捧げる、バッシャール」というスローガンを戦場で使うことが禁じられた。軍は「シリアのために戦っている」という姿を示す必要があったからだ。
ハサンが(樽爆弾を)考案した。
ただし、説明しておきたい。樽爆弾とは、いわば大型の金属タンクにTNTを詰め込んだもので、防衛産業工場で改良されたものだ。
ただし、通常の国防省部門ではなく、防衛産業の専門工場が製造した。
彼女(ルーナー・シブル)も彼(ハサン准将)を嫌っていた。
だが、ルーナーはハサンについての多くの映像公開にも同意していた。
私は記者だ。取材素材を制作し、ダマスカスのテレビ局に送るだけだ。放映するかどうかを決めるのは検閲を経た上での局側だ。私は最終決定者ではない。だが、ハサンをめぐる論争を作り出すため、ルーナーがあえて一部映像の放送を許可していたという見方もある。
私はクワイリース航空基地でハサンがアサドに電話する場面に居合わせた。包囲解除を祝う電話だった。彼はこう言った。「大統領閣下、あなたの机にある辞表を受け取らせてください。そうすれば、私はもっと自由にあなたのために戦えます」。
彼は軍の階級制度を障害だと感じており、民間人として戦いたいと言っていた。
彼はフライジュ国防大臣との通話で、こう言って電話を切ったこともあった。「私は最高司令官(アサド大統領のこと)の命令でここにいる。最高司令官の命令なく、いかなる軍事線も変更しない」。
こう言って、即座に電話を切ったのだ。准将が国防大臣に対してだ。
(アサド大統領に解任を求めたのは)完全な忠誠を示すためだ。「もっとあなたのために戦いたい。だが、軍の序列が障害だ」と伝えたかったのだ。
多くの人がそう(ハサン准将がアサド大統領の後継者になりたがっていると)言った。しかし、軍、経済界、メディアなどで権力を握り、影響力を持った者は、最終的に排除された。競争相手になり得るからだ。
ロシアの支援は彼の地位を高めたが、同時にそれがアサド政権内での警戒心を強めた可能性もあるす。
それ(ハサン准将がアサド大統領の座を狙っていたとの主張)は噂だ。しかし権力を持ちすぎた人物は、最終的に整理される運命だった。
ある時、私はルーナーの事務所にいた。その時、彼女は冗談めかしてこう言った。「彼が「閣下の地位を欲しい」って言ってるらしいわよ。あの笑い方でだ。
近しい人たちは、その意味を理解していた。
私とルーナーの関係についても話せることがある。彼女は私を通じてメッセージを送ることもあった。
(ハサン准将の資金源は)ロシアだ。加えて、彼の友人である資本家や実業家たちが資金を提供していた。彼はその資金で兵士に給料を払っていた。
(ハサン准将が運転していた高級車などは)すべて贈り物だ。実業家からの贈り物だ…。ハマーにガレージがあり、私の知る限り12〜14台の車があった。
彼の家については、新政府の人々も知っているだろう。ジャブラ市郊外に父のための邸宅を建てた。彼が何をしていたかは知らないが、彼が求めるものはすべて叶えられていた。電話一本で「1000万欲しい」と言えば届き、「車が欲しい」と言えば届く。
彼は愚かではない。記者の前で残酷さを見せるようなことはしなかった。我々は現場に入り撮影しますが、その前に彼の部下がすべてを記録していた。
アサドは文民だが、弟のマーヒル・アサドは第4師団司令官だ。ハサンとマーヒルの関係は良くなかった。彼は第4師団に強い不信感を持っていた。
(ハサン准将とマーヒルの部隊との間では)拉致事件などがあった。
私の知る限り、2018年までは(ハサンはマーヒルとは)会ったことはなかった。
その後、彼は「は自分を排除しようとしている」と気づくようになった。彼は何度もそう言っていた。
(ルーナー・シブリー、カーティルジー・グループの面々は)最終的に粛清された、ハサンは何度もそう言っていた。
また、彼は何度もこう言っていた。「自分は暗殺されると分かっている」と。ハサンは、ダイル・ザウルでの大規模な戦闘が終わった後そう語っていた。
国営テレビは、ハサンの映像もインタビューも一切流さなくなった。私自身も出演禁止の命令が来た。
私は「出演はしない」と伝えるとともに、「ただし彼(ハサン准将)にはその旨を伝えてほしい。彼が呼べば行かないわけにはいかないからだ」とも言った。だが、彼はメディアから完全に締め出されていたのだ。
特にダイル・ザウルではそうだった。私はダイル・ザウル作戦が始まる前から軍事報道を辞めたいと申し出ていた。
2020年にはテレビ局を完全に辞め、4年間の無給休暇を取った。
(ハサン准将とロシアの関係をアサド前大統領は)何も知らなかった。
アサドがプーチンと会談するためにフマイミーム航空基地を訪れた時も、ハサンがその会議にいることを知らなかった。ハサンも、会議に呼ばれたとき、アサドが来ることを知らなかった。もし知っていれば、出席を避けただろう。問題を起こしたくなかったからだ。
しかしアサドは巧妙だった。プーチンの前でハサンを称賛した。「家族を捨てて戦っている人物だ」と。
ところが、その3ヵ月後、彼の権限を剥奪し、部隊を取り上げた。新しい司令官には、(副官だった)サーリフ・アブドゥッラー准将を任命した。ハサンは特殊部隊司令部に異動となり、簡単な訓練を担当するだけの立場になった。
(マヤーディーン市でのハサン准将とロシア軍の会談について)、出席していたロシア軍士官は(ワグネルではなく)正規軍だった。ロシア人記者もいた。目的は、シリアの公式メディアから締め出されたハサンに補償を与えるためだった。彼はロシアを強く称賛した。
(アサド前大統領がイドリブ郊外を訪問した時の)砲撃や発砲は、カメラのための演出だ。攻撃された場所には何もなかった可能性もある。「民間人を殺した」と言われないために。
そしてそれを構成・演出していたのはルーナーだった。
私は彼(ハサン)との関係を完全に断っていた。だが、その後、反体制派がアレッポに入り、侵略抑止作戦が始まった頃の話だ。私は家族とともにアレッポを離れ、ダマスカスに向かった。それは金曜日のことだった。木曜の夜に航空券を予約した。
そして木曜の正午頃、ハサンの事務局長が電話をかけてきました。1回目、2回目、3回目。私は出なかった。彼が私をハマーに呼び寄せたいのは分かっていた。
しかし、私はもう決断していた。アレッポを出た後、アッラーに誓って、もうシリアに1分たりとも残らない、と決めていた。
ハサンは、政権崩壊の3日前の木曜日にハマーへ来いと連絡してきた。私は応じないと、彼の側近がメッセージを送ってきた。「司令官(ハサン准将)がお前を呼んでいる。電話に出ろ。司令官が呼んでいる。今すぐ飛べ」と。
もちろん(ハサン准将はハマーで戦っていた)。ハマーは彼にとって象徴的な場所だった。ハーフィズ・アサドの時代からだ。
だが、彼はハマー陥落後、すぐにフマイミーム航空基地に移動した。そう、関係者から聞いた。
そして、ロシアが彼をモスクワへ連れて行った。彼だけではなく、多くの士官たちもだ。
メディアではシリアの諜報関の高官はレバノンにいると言われている、それは違う。ロシアかイランだ。私を信じて欲しい。
彼(ハサン准将)だけでなく、多くの士官がその家族とともに住宅複合施設のような場所にいる。
(ハサン准将が財産をロシアに持ち出したかどうかは)分からない。ただし、彼はロシアに何度も行っていた。アサドが知っていたかどうかは知らないが。
彼が「赤いパスポート」、つまりロシア国籍を持っていることは確かだ。
我々は(そしてハサン准将も)皆、実行者だった。それが彼の職業だった。殺すこと、軍事行動、それが彼の専門だった。誰もがそれぞれの専門を持っていた。私もそうだ。
彼はかつて、アサドの側近たちが自分に対抗していると疑っていた。
私は責任を逃れはしない。彼(ハサン准将)を擁護しているわけでもない。私は裁判官でも弁護士でもない。
ただ事実として、彼は命令を実行していた。軍司令官として、アサドへの忠誠を示すために。彼の野心は「私は虎だ」という言葉に現れていた。動画でも何度もそう言っていた。彼は人を引きずり出し、連れて来い、と命じていた。
(ハサン准将がなぜ虎という愛称を選んだのかは)わからない。ただ、アサド(ライオン)、ニムル(虎)、シブル(幼獣)。まるで動物園のような体制だった。
彼は複数の人格を持つ曖昧な存在だったと思う。焦土政策を採用し、作戦が失敗すれば、地域を完全に消し去る。容赦なかった。

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化学兵器禁止機関(OPCW)は2016年にハマー県カフルズィーター市で発生した化学兵器での攻撃について、アサド前政権下のシリア空軍によるものだったと結論づける(2026年1月23日)

化学兵器禁止機関(OPCW)は、公式サイトを通じて、シリアでの化学兵器使用の実行者特定にかかる第5次報告書を公表したと発表した。

報告書は、2016年10月1日にハマー県のカフルズィーター市で発生した攻撃について、アサド前政権下のシリア空軍が実行者であったと信じるに足る合理的根拠があると結論づけた。

報告書作成にかかる調査は、2024年3月から2025年12月にかけて実施され、シリア政府(アフマド・シャルア移行期政権)が初めて調査特定チーム(IIT)の調査に協力し、同事件に関連する現地調査、情報・文書へのアクセスが可能となった。

これに基づき、シリア空軍が少なくとも1本の黄色い加圧シリンダーを投下し、それがカフルズィーター市の渓谷にある洞窟群に命中したと信じるに足る合理的根拠があると結論づけた。
この加圧シリンダーは、洞窟内に設置されていた病院付近の2ヵ所の換気口に衝突した後、転がり落ちて洞窟入口付近で停止した。

衝突時にシリンダーは破裂し、内部に加圧されていた塩素ガスが放出され、一帯に拡散、35人が負傷し、さらに数十人が被害を受けた。

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シリア民主軍がラッカ市のアクターン刑務所からアイン・アラブ(コバネ)市に撤退(2026年1月23日)

SANAによると、シリア軍作戦局は、シリア民主軍の構成員をラッカ県ラッカ市のアクターン刑務所およびその周辺から、アレッポ県のアイン・アラブ(コバネ)市へ移送する作業を開始したと発表した。

内務省も、フェイスブックを通じて、同省の刑務所矯正局にアクターン刑務所が引き渡されたと発表した。

内務省はまた、フェイスブックを通じて、内務治安局のK9部隊がアクターン刑務所内に設置されていた爆発物を多数発見、専門の工兵チームがこれを撤去した。

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一方、シリア民主軍は、フェイスブックを通じて、米主導の有志連合の支援のもと、アクターン刑務所の警備にあたっていた戦闘員を移送する作業を完了したと発表した。

ANHAシリア人権監視団によると、数百人からなる守備部隊はコバネ市に無事到着した。

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ANHAによると、ラッカ市から脱出しようとしたクルド人1人がハズィーマ村に至る街道でアフマド・シャルア移行期政権の武装勢力によって殺害された。

また、シリア人権監視団によると、タブカ市で、移行期政権の部隊が同市に進攻した際に拘束していた若者4人を残虐に殺害し、その遺体を焼却した。

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アサド前大統領の義兄のシャウカト少将の娘が社会問題労働省との会合に出席(2026年1月22日)

タアッカドは、公式サイトで、バッシャール・アサド前大統領の義兄の故アースィフ・シャウカト少将(アサド前大統領の姉のブシュラー・アサド氏の夫で2014年に当時の反体制派によって暗殺)の娘ディーマ・シャウカト氏が社会問題労働省での会合に出席している様子を撮影した写真がSNSで拡散され、物議を醸しだされていることに関して検証を行い、同氏が国連世界食糧計画(WFP)のプログラム・マネージャーとして会合に出席していたことを確認したと発表した。

ディーマ氏は、シャウカト少将・アーセフ・ショウカトはアーセフ・ショウカトの娘であるが、前妻との間に生まれた娘(長女)で、ブシュラー氏との間の子はない。

ディーマ氏は、ダマスカス大学工学部卒で、前政権で大臣を務めたこともある人物の息子と結婚しているともされるが、義母にあたるブシュラー氏との関係は良好ではなく、断絶に近いものだった可能性があるという。

— Samira Sulaiman (@SamiraSula68273) January 22, 2026

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バッシャール・アサド前大統領のおじでハーフィズ・アサド元大統領の弟のリフアト・アサド元副大統領がインフルエンザを患い死去(2026年1月21日)


『クドス・アラビー』などによると、バッシャール・アサド前大統領のおじで、ハーフィズ・アサド元大統領の弟のリフアト・アサド元副大統領(1937年8月、ラタキア県カルダーハ市に生まれ)が88歳で死去した。

アサド一族に近く、30年以上にわたり大統領宮殿で勤務していた人物はAFPに対し、リフアト氏が約1週間インフルエンザを患った後に死亡したことを明らかにした。

アサド政権崩壊に際して、リフアト氏は陸路でシリアを離れレバノンに入り、そこからベイルート空港を発って行き、海外に逃走していた。

元共和国防衛隊の士官でアサド家に近い人物は、アサド政権崩壊後、リフアト氏がアラブ首長国連邦(UAE)に移っていたと述べたが、死亡地は特定されていない。

リフアト氏には、4人の妻(サルマー・マフルーフ、リーナー・ハイル、アミーラ・アサド、ラジャー・バラカート)と結婚し、リーバール、ムダル、スワール、ラーマー、タマードゥル、タマーズィーン、スーマル、ドゥライドらを設けている。

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アサド前大統領はモスクワで眼科医の研修に通う日々(2025年12月15日)


『ガーディアン』は、昨年12月の政権崩壊でシリアを脱出したバッシャール・アサド前大統領の家族についての記事を掲載した。

記事によると、現在もアサド前大統領の家族と連絡を取り続けている友人は以下の通り語っている。

彼(アサド前大統領はロシア語を勉強し、再び眼科の知識を磨いている。それは、彼にとって情熱の対象だ。言うまでもなく、彼は金銭を必要としているわけではない。シリアで戦争が始まる以前から、彼はダマスカスで定期的に眼科医として診療を行っていた。

記事によると、アサド前大統領の家族は、ロシアの首都モスクワとアラブ首長国連邦(UAE)で、外部と隔絶されたなか、静かな贅沢な生活を送っているという。

2人の消息筋は、彼らがモスクワの高級住宅地ルブリョフカに居住している可能性が高いと指摘している。

アサド前大統領は、シリアでの「アラブの春」に対する弾圧によって欧米諸国から金融制裁を科されて以降、資産の多くをモスクワに移していた。

だが、前大統領を含む家族は、シリアやロシアの支配層エリートとの人脈からは切り離されており、亡命を受け入れたロシアは、前大統領が前政権の高官らと接触することを禁じているという。

アサド前大統領の家族は次のようにも語っている。

非常に穏やかな生活だ。
彼(アサド前大統領)は、外の世界との接触が皆無ではないが、ほとんどない。連絡を取っているのは、マンスール・アッザーム(大統領府担当国務大臣)やヤースィル・イブラーヒーム(側近の1人の経済ブレーン)など、かつて大統領宮殿にいたごく少数の人物だけだ。

クレムリンに近い情報筋も以下のように語っている。

(ヴラジーミル・プーチン大統領やロシアの政治エリートとは)ほぼ無関係な存在になっている。
プーチン大統領は権力を失った指導者に対して忍耐強く接することはない。アサド前大統領は影響力を持つ人物とも、夕食に招く価値のある興味深い客ともみなされていない。

一方、アサド前大統領の弟のマーヒル・アサド准将(第4機甲師団司令官)の友人で、前政権の大統領府の関係者を多く知る人物は次のように語っている。

マーヒルは何日もバッシャールに電話をかけ続けていたが、彼は応答しなかった。最後の瞬間まで大統領府にとどまり、反体制派が侵入してきた時、彼のシーシャはまだ温かかった。ほかの人々の脱出を助けたのはバッシャールではなくマーヒルだった。バッシャールは自分のことしか考えていなかった。

アサド前大統領の叔父であるリフアト・アサド元副大統領の顧問弁護士のイーリー・ハーティム氏は、政権崩壊時を次のように回想している。

彼らがフマイミーム航空基地基地に到着した際、自分たちはアサド家の人間だとロシア兵に伝えたが、ロシア兵は英語もアラビア語も解さなかった。そのため、8人(リフ跡・アサド元副大統領ら)は基地の前で車中泊を余儀なくされた。

ハーティム弁護士によると、彼らはその後、ロシア高官の介入を経て、オマーンに逃れることができたという。

アサド前大統領の家族は、政権崩壊後、モスクワに身を寄せ、白血病を患い、同地で治療を受けていたアスマー・アフラス氏の看病にあたっているという。

アスマー氏の健康状態の詳細を知る関係者によれば、彼女は、ロシアの治安機関の監督下で行われた治療により回復しているという。

アサド前大統領は、アスマー氏の回復を受けて、自身の見解を世に発信する意向を強めているという。

彼はロシア国営のRTや、米国の人気右派系ポッドキャスターとのインタビューを準備しているが、メディア出演についてはロシア当局の承認を待っている段階だという。

しかし、ロシアは、アサド前大統領が公的な場に再登場するのを阻止している模様だとう。

エルブルス・クトラシェフ駐イラク・ロシア大使は11月に行われたイラク・メディアによるインタビューの中で次のように述べている。

アサド氏はここ(モスクワ)に住むことはできるが、政治活動に従事することはできない。彼には、いかなるメディア活動や政治活動を行う権利もない。彼から何か聞いたことがあるだろうか。ないはずだ。なぜなら、許されていないからだ。しかし、彼は安全に暮らしている。

アサド前大統領の子供たちと数ヵ月前に子どもたちの一部と会ったという家族の友人は、次のように語っている。

彼らは少し茫然としているようだった。まだ多少のショック状態にあるのだと思う。「ファースト・ファミリー」ではない生活に、ようやく慣れ始めているところだ。

家族が公の場で一緒に姿を見せたのは、6月30日に行われた娘のザインの卒業式だけである。

彼女は、モスクワ国際関係大学(MGIMO)で、国際関係学の学位を取得した。

MGIMOの公式サイトに掲載された写真には、ザイン氏(22歳)が、他の卒業生たちと並んで立つ姿が写っている。

また、SNSで拡散された別の動画には、卒業式の会場にアスマー夫人、長男のハーフィズ氏(24歳)とカリーム氏(21歳)の姿が確認できる。

式典に出席していたザイン氏の2人の同級生によると、アサド前大統領の家族が会場にいたことを認めたが、非常に目立たない行動を取っていたという。

また、元同級生の1人は、匿名を条件にこのように語っている。

一家は長くは滞在せず、他の家族のように舞台上でザインと写真を撮ることもなかった。

長男のハーフィズ氏は、2月にテレグラムで動画を投稿して以降、公の場からほぼ姿を消しているが、流出データによると、彼は自身のSNAのアカウントの大半を閉鎖し、代わりに、読字障害を持つ少年探偵を描いた米国の児童向けシリーズに由来する仮名を用いてアカウントを登録しているという。

家族に近い情報筋によると、アスマー夫人と子どもたちは、買い物に多くの時間を費やし、新たなロシアの住居を高級品で満たしているという。

子供たちはまた、政権崩壊以前には、UAEを頻繁に訪れており、アスマー夫人も少なくとも一度は同行しており、そのこともあり、当初はUAEに移住することを望んでいたという。

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ロイター通信:アサド前政権の側近らがシャルア移行期政権に対する蜂起を煽動し、影響力を回復しようとして、数千万ドル規模の資金を数万人規模の潜在的戦闘員に供与(2025年12月5日)

ロイター通信は、アサド前崩壊後にシリアを逃れた前大統領の側近らが、アフマド・シャルア移行期政権に対する蜂起を煽動し、影響力を回復しようとして、数千万ドル規模の資金を数万人規模の潜在的戦闘員に流していることが調査の結果明らかになったと伝えた。

同通信社が確認したところによれば、軍事情報局長だったカマール・ハサン少将とビジネスマンのラーミー・マフルーフ氏は、沿岸部およびレバノンで、アラウィー派から成る民兵組織を編成しようと競っており、忠誠を勝ち取るために5万人以上の戦闘員に資金援助している。

いずれもロシアのモスクワに亡命中とされ、ロシア、レバノン、UAEの代理人を通じて資金提供を続けている。

目的は、アサド前大統領の後継者となり、アラウィー派を支配することにあるという。

ハサン総省は12,000人の戦闘員を掌握していると主張し、マフルーフ氏は少なくとも54,000名を掌握していると主張しているという。

また、ハサン少将は、今年夏レバノンに拠点を置く新たな慈善団体「西部シリア開発協会を通じ、アラウィー派への支援を開始、「人道支援」を名目として、アラウィー派コミュニティ内部での影響力を拡大し、潜在的な動員基盤を作ろうとしている。

さらに、シリア軍の諜報機関に所属していた元ハッカー約30人を再招集し、シャルア移行期政権のネットワークに侵入しスパイウェアを仕込むこと、機密データを盗み出し、暗号化して闇市場に売ること、オンライン攻撃によって移行期政権の信頼を低下させることなどが指示されたという。

一方、マーヒル・アサド准将は、今なお数千名の元兵士を掌握しているが、アサド家に近い4人によると、いまだに資金も命令も出していないという。

なお、ロシアはこうした動きを支援している兆候は、現時点ではほとんどない。

ロシアとの非公式面会の仲介役となっているとされるアフマド・マッラという名のシリア人上級士官(ロシア国籍を取得)は、2025年3月以降、ロシア側とハサン少将、マフルーフ氏らとの間の複数回の非公開面会を設定したが、ロシア側は両陣営の代表に対し、「まず自分たちで組織を整え、計画を提示せよ」と様子見の姿勢を示したという。

だが、10月のシャルア暫定大統領のモスクワ訪問とヴラジーミル・プーチン大統領大統領との会談以降、ロシア側からの接触は途絶えたという。

一方、シャルア移行期政権は、3月の沿岸部での事件以降、ハーリド・アフマドを「アラウィー派」の責任者として配置し、アラウィー派コミュニティと移行期政権の信頼関係を築こうとしている。

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トゥルクー教育養育大臣は前政権時代の人民議会選挙への出馬経験があり、親前政権だったアブドゥッラッザーク・アブドゥッラー・アフムード氏をラッカ県の教育局長に任命(2025年10月21日)


シリア人権監視団が21日に発表したところによると、ムハンマド・アブドゥルラフマーン・トゥルクー教育養育大臣は、ラッカ県の教育局長に、前政権時代の人民議会選挙への出馬経験があり、親前政権だったアブドゥッラッザーク・アブドゥッラー・アフムード氏を任命し、これに対して、ラッカ県の教員組合、教育・行政関係者、県民らが共同で声明を発表し、「倫理的・社会的退行」と非難した

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スワイダー市中心部の尊厳広場で「スワイダーは住民のもの」と銘打った抗議デモ:「スワイダーは自由だ、ジャウラーニーは出て行け」(2025年10月18日)

スワイダー県では、スワイダー24によると、スワイダー市中心部の尊厳(カラーマ)広場で「スワイダーは住民のもの」と銘打った抗議デモが行われた。

シリア人権監視団によると、デモでは、誘拐された人々の解放と行方の解明を求める横断幕やスローガンが掲げられ、「ジャウラーニー、お前は嘘つきだ、テロ部隊の指揮官だ」、「スワイダーは自由だ、ジャウラーニーは出て行け」、「真理と信仰によって、我々は誘拐された者たちを取り戻す」といったシュプレヒコールが叫ばれた。

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また、スワイダー24によると、リーマト・ハーズィム村で、7月のアフマド・シャルア移行期政権の部隊の進攻によって死亡した同村出身者29人の合同葬儀を行った。

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スワイダー24によると、スワイダー市でダマスカス大学分校の学生たちが、教育学部前で抗議デモを行い、第2学期の臨時試験(追加試験)を実施するよう求めた。

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シリア人権監視団によると、産科・小児科・腎臓透析センター向けの基本的な医療用品など、世界保健機関(WHO)の医療支援物資4.8トンを積んだ国連の車列がスワイダー県に到着した。

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SANAによると、ダマスカス・スワイダー街道を通じて、50台を超える商業輸送車輛がスワイダー県に入った。

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『ニューヨーク・タイムズ』はアサド政権の軍高官の政権崩壊時の脱出経路についての詳細なリポートを掲載(2025年10月16日)

『ニューヨーク・タイムズ』は、アサド政権の軍高官の政権崩壊時の脱出経路についての数ヵ月にわたる調査取材の成果を詳細なリポートとして掲載した。

リポートの内容は以下の通り。

・55人の元高官の多くの所在は不明だが、一部については脱出の経緯が明らかになった。
・2024年12月8日午前0時過ぎ、政権中枢を構成していた数十人がダマスカス国際空港の軍用区画外に集まり、荷物を詰め込み、家族らとともに小型のシリア航空機に乗り込み、脱出した。
・脱出したのは、カフターン・ハリール空軍情報局長、アリー・アッバース国防大臣、アリー・アイユーブ前国防大臣、アブドゥルカリーム・イブラーヒーム参謀総長ら。

・別の高官は沿岸部の別荘へ急ぎ、高級スピードボートに乗って逃走した。
・さらに一部は、車列を組んで逃走し。
・少数は在ダマスカス・ロシア大使館に身を隠し、そこからモスクワに逃亡した。

・マーヒル・アサド准将(第4師団司令官)、ジャマール・ユーヌス少将(第4師団)らとともに、モスクワで亡命貴族のような生活を送っている。

・ギヤース・ダッラ准将は、レバノンで破壊工作を画策しているとされ、モスクワに逃亡したスハイル・ハサン准将(第25特殊任務師団司令官)、カマール・ハサン軍事情報局長らと連携している。

・前政権の化学兵器開発プログラムの責任者とされるアムル・アルマーナージーは、首都ダマスカスにとどまっている。
・国外に逃亡した高官の多くは、政府機関に容易にアクセスできたため、偽名で本物のシリア旅券を取得できた。
・一部の高官は、カリブ諸国への不動産投資や金銭支払いを通じて市民権を取得し、これらの国の旅券を使って逃亡した。
・2024年12月7日深夜、大統領府執務室に来るはずのアサド大統領は、息子と財務顧問2人とともにロシアの当局者たちによって3台のSUVに乗せられ、自宅から退避、ジェット機でフマイミーム航空基地に移動。

・残された高官らは、家族とともに、国防省に移動、カフターン・ハリール空軍情報部長がフマイミーム航空基地への脱出便(Yak-40型ジェット機)を手配し、12月8日未明にダマスカス国際空港を離陸。
・マーヒル・アサド准将は車でフマイミーム航空基地に脱出。
・フマイミーム航空基地に集まった高官は家族とともに航空機でモスクワに脱出。
・この間、首都ダマスカスに残っていた総合情報部職員約3,000人は、高官らが逃亡したことを知らされず、フサーム・ルーカー総合情報部長の指揮下で警戒態勢を維持。

・フサーム・ルーカー総合情報部長も同部の金庫に保管されていた現金すべて(およそ136万ドル)を持ち出し、午前3時頃までに首都ダマスカスを脱出、モスクワに向かったとされる(未確認)。
・カマール・ハサン軍事情報局長も、執務室の金庫に保管されていた現金を持ち出し、その後ダマスカス郊外県のクラー・アサド村の自宅を出ようとした際に銃撃戦に巻き込まれ、負傷したものの、ロシア大使館に避難、フマイミーム航空基地を経てシリアを出国した。

・アリー・マムルーク大統領事務局治安問題担当顧問は、午前4時頃に電話を受けて初めて政権崩壊を知り、ダマスカス国際空港に向かったが、車列が襲撃を受け、その後ロシア大使館に避難、フマイミーム航空基地を経てシリアを出国した。

・反体制派の司令官らの間では、政権側の抵抗を最小限に抑えるため、高官らがフマイミーム航空基地のある沿岸部に向けて逃走する際、見て見ぬふりをするという暗黙の了解があった。
・バッサーム・ハサン大統領補佐官(少将)は、午前5時前(就寝中)に政権崩壊を知らされ、現金を詰めた鞄を乗せた3台の車の車列を手配し、家族とともに脱出を試み、ヒムス市に反体制派の検問所で、荷物を没収されたものの、本人であることを特定されず、レバノンへの脱出に成功、その後イラクに向かった。

・高官らは、依然として裕福な暮らしを続け、「モスクワでウイスキーを飲み、トランプをしている。あるいはアラブ首長国の豪華な別荘でくつろいでいる」。

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スワイダー県リーマト・ハーズィム村・ウルガー村間、マズラア町・ウルガー村間でシャルア移行期政権の部隊とドゥルーズ派の国民防衛部隊が激しく交戦(2025年10月8日)

スワイダー県では、SANAシリア人権監視団によると、アフマド・シャルア移行期政権の当局によって拘束され、ダマスカス郊外県のアドラー刑務所に収監されていた35人(うち少年1人)がシリア・アラブ赤新月社の監督のもとで釈放された。

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シリア人権監視団によると、シャフバー町では、アフマド・シャルア移行期政権の部隊が包囲する北・東シリア地域民主自治局支配下のアレッポ市のアシュラフィーヤ地区およびシャイフ・マクスード地区の住民への支援を表明する抗議デモが開かれた。

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シリア人権監視団によると、世界食糧計画(WFP)が提供した物資を積んだ13台の貨物車輛がスワイダー市に到着した。

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シリア人権監視団によると、リーマト・ハーズィム村・ウルガー村間、マズラア町・ウルガー村間の2ヵ所で、アフマド・シャルア移行期政権の部隊とドゥルーズ派の国民防衛部隊が激しく交戦した。

シリア人権監視団が10日に発表したところによると、この戦闘で、国民防衛部隊の兵士1人が死亡、7人が負傷した。

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シリア人権監視団:毒物によると見られる症状を発症し入院していたアサド前大統領がモスクワの病院を退院(2025年10月1日)

シリア人権監視団は、独自筋から得た情報として、アサド前大統領が一昨日(9月29日)の朝、ロシア首都モスクワ郊外の病院を退院、現在は健康状態が安定していると発表した。

同筋によれば、治療期間中にアサド前大統領との面会を許されたのは弟のマーヒル・アサド元准将とのマンスール・アッザーム大統領府担当国務大臣だけだったという。
また、同筋は、アサド前大統領が毒物によると見られる症状を発症し、犯行主体についてはロシア政府や治安機関はいまだ特定されていないと付言した。

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ハマー市で正体不明の武装グループがアラウィー派の一家を襲撃し、3人が死亡、2人が負傷(2025年9月4日)

イドリブ県では、シリア人権監視団によると、マウザラ村とハマー県のガーブ地方を結ぶ街道付近で、前政権の軍事情報部に所属していたとされる若い男性が殺害され、遺体で発見された。

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ダマスカス県では、シリア人権監視団によると、バラームカ地区で、女性を狙った強盗未遂が発生、襲われた女性が死亡した。

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ハマー県では、シリア人権監視団によると、正体不明の武装グループがハマー市でアラウィー派の一家を襲撃し、3人を殺害、2人を負傷させた。

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アレッポ県では、シリア人権監視団によると、アータリブ市近郊のシャイフ・アリー村で、若い男性が正体不明の武装グループによって直接襲撃され、死亡した

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ラタキア県では、内務省によると、県の内務治安部隊が、前政権の民兵のメンバーであるフサイン・クラー・シュクル容疑者を逮捕した。

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ラッカ県では、シリア人権監視団によると、北・東シリア地域民主自治局の支配下にあるラッカ市で、麻薬を常用している男性が妻を銃で殺害した。

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フランスの戦争犯罪部門の予審判事は、米国人記者マリー・コルヴィン氏殺害に関連してアサド前大統領を含む前政権の元高官7人に対して逮捕状を発行(2025年9月2日)

シリア報道表現の自由センター(SCM)によると、フランスの戦争犯罪部門の予審判事は、2012年2月22日にヒムス市バーバー・アムル地区の報道センターに対してシリア軍が行った砲撃に関して、9月1日付でアサド前大統領を含む前政権の元高官7人に対して逮捕状を発行した。

民間原告側の弁護士らが明らかにした。

この砲撃事件では、英紙『サンデー・タイムズ』の米国人記者マリー・コルヴィン氏(当時56歳)、フランス人フリー・カメラマンのレミ・オシュリク氏(当時28歳)が迫撃砲弾の直撃を受けて死亡した。

逮捕状が出されたのは以下7人:

・バッシャール・アサド(シリア前大統領)
・アリー・アイユーブ(元参謀総長)
・アリー・マムルーク(元大統領事務局治安問題担当顧問)
・ガッサーン・ビラル(元第4師団治安局長)
・マーヒル・アアサド(元第4師団司令官)
・ムハンマド・ディーブ・ザイトゥーン(元総合情報部長)
・ラフィーク・マフムード・シャハーダ(元ヒムス軍事治安委員会治安局長)

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ハマー県マアーン村にある井戸から、2013年の前政権による虐殺で殺害されたと見られる女性1人と子供1人を含む15人の遺骨が発見(2025年7月15日)

ハマー県では、SANAによると、マアーン村にある井戸から、2013年の前政権による虐殺で殺害されたと見られる女性1人と子供1人を含む15人の遺骨が発見された。

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ダマスカス郊外県では、シリア人権監視団によると、ジャルマーナー市外に位置するカッバース橋に設置されている県内務治安司令部の検問所付近で、武装グループと検問所の要員が撃ち合いとなり、タルトゥース県出身の市民1人が流れ弾にあたって死亡した。

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ヒムス市内の店舗でアラウィー派の夫婦が殺害:アレッポ市でパレスチナ民兵組織のクドス旅団の幹部2人が殺害される(2025年7月3日)

ダルアー県では、シリア人権監視団によると、フラーク市で、2日深夜から3日未明にかけて、正体不明の武装グループによる2件の襲撃事件が発生した。

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ヒムス県では、シリア人権監視団によると、ヒムス市とダマスカス県を結ぶ高速道路で、イドリブ県マアッラト・ヌウマーン市出身の国防省職員1人が銃撃を受け、負傷した。

また、シリア人権監視団によると、ヒムス市内の店舗で、アラウィー派の夫婦(夫は旧シリア軍の士官)が武装グループの発砲を受け、死亡した。

さらに、シリア人権監視団によると、ヒムス市でオートバイに乗った2人組が、店先に座っていた若者を狙って発砲した。

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アレッポ県では、シリア人権監視団によると、正体不明の武装グループがアレッポ市フィルドゥース地区で前政権時代のパレスチナ民兵組織の一つクドス旅団の元幹部2名を銃撃し、即死させた。

一方、SANAによると、内務治安司令部が前政権の国防隊の司令官だったアブドゥッラフマーン・ダフルージュ容疑者を逮捕した。

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ダマスカス県では、シリア人権監視団によると、内務省総合治安局の部隊が、クルド人が多く住むズールアーファー地区(ワーディー・マシャーリーウ地区)議会に勤務する職員3人の自宅を家宅捜索し、逮捕した。

3人はシリア民主軍との連絡を取っていた疑いが持たれているという。

一方、シリア人権監視団によると、内務省総合治安局は6月27日にダマスカス県で逮捕していた北・東シリア民主自治局の支配地で活動する自由報道連合総評議会メンバーで、アラブ国際報道連盟のシリア代表を務めるクルド人ジャーナリストのハサン・ザーザー氏を釈放した。

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ラタキア県では、シリア人権監視団によると、武装グループがジャブラ市で19歳の少女を誘拐した。

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アサド前大統領とアスマー・アフラス夫人の長女のザイン氏がロシアのモスクワ大学国際関係学部の卒業式に出席(2025年6月30日)

シリア人権監視団は、バッシャール・アサド前大統領とアスマー・アフラス夫人の長女のザイン・アサド氏がロシアのモスクワ大学国際関係学部の卒業式に出席する様子を撮影した映像を公開(転載)した。

式には、アスマー夫人も参列していたという。

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前政権の民兵の元司令官の1人で現在は実業家として活動する人物がレバノン領内からシリア領内へ高性能な兵器を密輸(2025年6月28日)

シリア人権監視団によると、前政権の民兵の元司令官の1人で現在は実業家として活動する人物が、レバノン領内からシリア領内へ高性能な兵器を密輸している事実を確認した。

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シーア派が暮らすアレッポ県ヌッブル市でロシア旗が掲げられている様子を撮影した写真がSNS上で拡散され、物議を醸す(2025年6月27日)

アレッポ県では、イナブ・バラディーによると、ロシア旗が掲げられている様子を撮影した写真がSNS上で拡散された。

写真をめぐっては、前政権崩壊前に撮影されたものだとの主張、前政権の「残党」が掲揚したとの主張、シーア派が多く住む同地が新ロシアだと見せかけて、意図的に混乱を引き起こそうとしているとの主張など、さまざまな憶測を呼び、物議を醸し出している。

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総合情報機関が内務省関係機関と連携して、アサド前大統領のいとこのワスィーム・アサドを逮捕(2025年6月21日)

SANAによると、内務省は、総合情報機関の特殊任務部隊が、レバノン国境に近いヒムス県タッルカラフ市近郊で内務省関係機関と連携して待ち伏せ作戦を実施、ワスィーム・アサド容疑者をおびき出し、逮捕したと発表した。
同容疑者は麻薬取引の主要人物で、前政権下で複数の犯罪に関与していたことで知られているという。

イナブ・バラディーによると、ワスィーム・アサドは、1980年生まれで、バッシャール・アサド前大統領のいとこ。
カプタゴンの製造・密輸ネットワークに関与したことが疑われており、EUが制裁対象に指定している。
ハムザ・ムスタファー情報大臣は、Xを通じて、ワスィーム・アサド容疑者の逮捕について、シリア人に対する人権侵害の加害者たちを追及する日々強化される取り組みの一環であると強調した。

アナス・ハッターブ内務大臣もXを通じて、逃亡中のバッシャール・アサドの体制の犯罪象徴たちを追及する国家の努力の一環であると強調した。


マズハル・ワイス法務大臣もXを通じて逮捕の歓迎の意を示した。

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シリア人権監視団によると、ヒムス県では、ヒムス市とタッルカラフ市を結ぶハワーシュ橋(ハワーシュ町)付近で、治安機関所属と自称する3人組の武装グループがタルカルフ市出身の若者2人を制止し、バイクへの給油を要求、拒否されると2人に向けて発砲した。

このうち1人はレバノン国境近く(ワーディー・ハーリド)で拘束されたが、残る2人は逃走中。

また、ヒムス市タッル地区でタッルカラフ市出身の若者が自宅で就寝中に武装グループの襲撃を受け射殺された。

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シリア人権監視団によると、治安当局はまた、前政権の民兵の一つバーキル旅団の幹部であるファーディー・アフィース容疑者、ダイル・ザウル県西部出身で、前政権の総合情報局やシリア軍第86師団に配属されていたダウード・トゥーカーン容疑者も逮捕した。

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シリア人権監視団によると、ラタキア県では、ラタキアのマズィーラ橋付近で、アラウィー派の22歳の若者が正体不明の武装グループに銃撃され死亡した。

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シリア人権監視団によると、アレッポ県では、アフリーン市出身の若者が、ムスタファー・シャイフー氏殺害に抗議するデモに参加したとして、内務省総合治安局の要員によって激しい暴行を受けた。

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シリア人権監視団によると、タルトゥース県では、シャイフ・バドル市近郊のスーラーニー村で、内務省総合治安局所属とされるグループが住居を襲撃し、家財道具を略奪・破壊、女性に暴行を加えた。

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シリア人権監視団によると、ダルアー県では、サナマイン市で、住民の男性がバイクに乗った2人組の武装グループの銃撃を受け、死亡した。

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シリア人権監視団によると、スワイダー県では、スワイダー県南部のクーム地区で30代の男性が自宅の部屋でライフル銃で撃たれて死亡しているのが発見された。

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ロシアの首都モスクワの水たばこカフェでスマホを眺めるマーヒル・アサド氏の映像がSNSで公開される(2025年6月17日)

シリア人権監視団ムラースィルーン(Syrian Reporters)などは、ロシアの首都モスクワの水たばこカフェでスマホを眺めるマーヒル・アサド氏の映像を公開した。

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内務省総合治安局がタルトゥース市のカフェで、経営者が女性に暴行を加えた同局隊員を店から追い出そうとしたが、逆に隊員らから暴行を受ける(2025年6月17日)

タルトゥース県では、シリア人権監視団によると、内務省総合治安局がタルトゥース市のコルニーシュ地区にあるカフェで、経営者が女性に暴行を加えた同局隊員を店から追い出そうとしたが、逆に隊員らから暴行を受けた。

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ヒムス県では、シリア人権監視団によると、国防省傘下の武装グループがラフターヤー村の住民をヒルバト・ティーン・ヌール町に連行し、即決処刑した。

マシュラファ村一帯で、正体不明の武装グループが住民を襲撃、4人を殺害し、2人を負傷させた。

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ダイル・ザウル県では、シリア人権監視団によると、内務省総合治安局がダイル・ザウル市で厳戒態勢を敷いた。

市の東側にある拘置所から逮捕者らが脱走したのを受けたもの。

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沿岸部では、シリア人権監視団によると、内務省総合治安局がダッアース・ダッアース容疑者(前政権の総合情報部幹部)を逮捕した。

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アレッポ県では、シリア人権監視団によると、シリア国民軍に所属するハムザ師団とスルターン・スライマーン・シャー師団(アムシャート師団)からなる合同部隊が、ナイラビーヤ村を強襲し、指名手配者(北・東シリア地域民主自治局の協力者)を捜索するとして、住宅を強制捜査し、女性らに尋問した。

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ダマスカス郊外県では、シリア人権監視団によると、クドスィーヤー市で内務省総合治安局の隊員がダイル・ザウル県出身の一家に暴行を加えた。

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ダルアー県では、シリア人権監視団によると、正体不明の武装グループがサナマイン市で国防省の兵士1人を自宅前で銃で撃ち殺害した。

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ダマスカス県では、シリア人権監視団によると、ルクヌッディーン区で15歳の青年が何者かによって銃で撃たれて死亡、遺体で発見された。

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ダイル・ザウル県で治安部隊が国防省部隊と連携し、法律違反者、テロ、誘拐、麻薬流通に関わる犯罪者らに対する包括的な治安作戦を実施(2025年6月16日)

SANAによると、ダイル・ザウル県では、治安部隊が、国防省部隊と連携し、法律違反者、テロ、誘拐、麻薬流通に関わる犯罪者らに対する包括的な治安作戦を開始した。

SANAによると、この作戦で、法律違反者、誘拐組織、麻薬密売人など複数名を逮捕、大量の武器・弾薬を押収した。




一方、シリア人権監視団によると、スバイハーン市で、内務省総合治安局がカーティルジー・クループ社の民兵の司令官だったウマル・バドル・ハーリド容疑者を逮捕した。

また、内務省の治安部隊がマヤーディーン市で治安作戦を実施し、「イランの民兵」のスリーパーセルのメンバー21人、前政権と取引のあった商人らを逮捕した。

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ハマー県では、シリア人権監視団によると、正体不明の武装グループが15日深夜から16日未明にかけてハマー市クスール地区で前政権の内通者とされる住民1人を殺害した。

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イドリブ県では、シリア人権監視団によると、カムーナ国内避難民(IDPs)キャンプで女性とその夫が何者かによって銃で撃たれて死亡した。

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ダマスカス郊外県では、シリア人権監視団によると、15日深夜から16日未明にかけて、ザーキヤ町の前町長がオートバイに乗った2人組の襲撃を受けた。

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ヒムス県では、シリア人権監視団によると、ムフターリーヤ村で30歳代のアラウィー派の住民1人が銃で撃たれて死亡した。

また、ヒムス市では、内務省総合治安局が民間の自動車1台に向けて発砲し、1人を殺害、4人を負傷させた。

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『ワシントン・ポスト』:アサド大統領の戦略問題担当顧問がフリージャーナリストのオースティン・タイス氏の殺害命令を受け、部下が殺害を実行したと証言(2025年6月15日)

『ワシントン・ポスト』によると、2012年8月に首都ダマスカス近郊で消息を絶ったフリージャーナリストのオースティン・タイス氏に関して、アサド大統領の戦略問題担当顧問のバッサーム・ハサン氏が、2025年4月にFBIとCIAの尋問を受け、その際、タイス氏が一時的に収監施設から脱走した後、アサド大統領から殺害命令を受け、これを部下に伝え、2013年に殺害が実行されたと証言したと伝えた。

米当局は、この証言の真偽を確認中であり、裏づけとなる証拠は得られていないという。

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