アサド大統領が7ヶ月ぶりに国内に向けて演説:「我々が曝されている戦闘は「概念をめぐる戦争」だ」(2016年2月15日)

アサド大統領は首都ダマスカスで、弁護士組合の中央評議会および各県評議会のメンバーの会合に出席し、演説を行った。

アサド大統領は、ロシア軍がシリア空爆を開始した2015年9月末以降、欧米諸国、ロシア、中国、イランなどのメディアのインタビューに頻繁に応じるようになったが、公の場でシリア人に向けて発言するのは、2015年9月24日にダマスカスでイード・アドハーの集団礼拝後に記者団の質問に答えたのを除くと、2015年7月26日の人民宮殿での人民諸委員会、職業諸組合、工業会議所、商業会議所、農業会議所、観光事業所の代表およびメンバーに向け演説を行って以来約7ヶ月ぶりとなる。

弁護士組合での演説は、SANAが映像(https://youtu.be/GXTcD65Q9uc)とアラビア語全文(http://www.sana.sy/?p=337099)を掲載した。

SANA, February 15, 2016

SANA, February 15, 2016

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アサド大統領は演説のなかで、弁護士組合を含む職業諸組合や人民諸組織が、政府と社会をさまざまな部門において架橋する役割を担っていると述べ、祖国と国民に資するための活動を活性化させるよう呼びかけた。

また、2011年以降の国内の危機に関連して、アサド大統領は、一部の者が法律という概念を充分に理解しようとする意思を持っていないことが明らかになったと指摘、この問題を克服するため、法制度のさらなる発展に向けた活動が求められると述べた。

そのうえで、アサド大統領は2011年以降の混乱について以下のような現状分析を行った。

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「我々が曝されている戦争は5年間におよぶ戦争ではなく、過去30年に及ぶ「概念をめぐる戦争」だ。それは衛星メディア…の出現をもって始まり、インターネットの普及によって、すべての家に入り込んでいった。この戦争は、すべての市民に歪められた概念をもたらすことができるようになった…。そしてこの側面において、我々アラブ人は失敗を犯してしまった。我々は市民にこうした概念を認知させるレベルを欠いていたからだ」。

「危機発生当初、市民のなかにはこう言う者がいた。我々は双方の暴力に反対する、と。しかし、彼らは国家とテロという概念さえも区別できていなかった。何が国家の義務なのか…、誰が発砲する権限を持ち、誰が持たないかといったことを区別できていなかった…。理由は多くの概念への認知が欠如していたからだ。国家と政府をどのように区別するかとったことを区別できなかった」。

「政府やその政策に反対し、政権交代や政策転換を要求する資格は誰にでもある。しかし、国家そのものを転換することは誰にもできない。国家はみなが必要としているものだ。国家が気に入らない者は、新憲法を起草し、体制転換することで対処できる。しかし、それとこれとは別問題で、国家そのものに背くことはできない」。

「国家と体制を区別するという別の問題もある…。国家であれ、政府であれ、与党であれ、愛国者であれ、体制という概念を用いるが、これは危険なことである。なぜなら、体制という言葉が用いられる場合、それは政府ではなく国民を侮辱しているからだ。体制に寄り添う国民には、国家がないことになってしまう…。この表現は、悪党が率いる集団を指す表現だ…。こうした表現は、西側が我々に対して常に用いるものだ。だから、先日の外国メディアのインタビューで、私は「フランスの体制」、「英国の体制」と敢えて言ったのだ。なぜなら、我々は、彼らこそが真の悪党だと考えているからだ」。

「国家と体制を区別できないと、政治的な意味での反体制派と、自身が反体制派だと思っている反体制派も区別できない…。政治的な意味での反体制派とは、国民潮流を代表していなければならない。この潮流とは、選挙を通じて、あるいは組合、地方議会、人民議会など…のポストを通じて現出するべきものだ」。

「我々はこうした概念を理解せず、また人々にそれを認知させようとしなかったために、危機に陥った」。

「いずれにせよ、事態は5年を経て明らかになった…。当初は民衆革命の様相を作り出すための煽動の試みがあった…。この試みが挫折すると、カタールを経由するかたちで多くの資金が支払われ始めた…。実際のところ、どんなに高く見積もっても、デモ参加者はシリア全土で15万人を越えることはなかったし、彼らのほとんどが買収されていた…。そしてこの動きが挫折すると、彼らは広義の意味における武装プロセスに転じた。これが頓挫すると、今度は、シャームの民のヌスラ戦線、そしてついにはダーイシュ(イスラーム国)を支援し、現在に至っているのだ」。

「西側は(第二次大戦の時のように)シリアを破壊することはできなかった…。なぜなら、西側諸国、そしてそれに追随するアラブ諸国、中東諸国は、シリア、シリア社会の特質、シリアという国家の特質、シリアを支える友人の特質を理解していなかったからだ…。だから彼らは、数週間、数ヶ月、あるいは数年で国家が崩壊するなどと言っていたのだ…。西側の行動の本質はテロ支援にある」。

「彼らが「政治的解決」と呼ぶ概念を利用する際にもっとも深刻なのは、友好国やその国民でさえ、シリアで起きていることが内戦、つまりシリア人どうしの戦争であるという印象を与えてしまうことだ…。シリアで起きているのは対外戦争ではなく、国家と虐げられた国民の戦争だと言われることもあれば、宗派間の戦争だと言われることもある…。非常に重要なのは、ここで我々はイラク戦争に対する我々の姿勢に立ち返っているということである…。イラク戦争直前の2002年の段階において…、イラクでの国家崩壊後に求められている政治改革をめぐる議論はことごとく宗派主義の概念に基づいていた…。しかし、我々は当時から、それがこの地域に宗派主義的な分断をもたらし、不安定化させ…、外国が望み通りの支配を行おうとする試みだと言うことを理解していた…。2006年にコンドリーザ・ライスが「創造的な混乱」という言葉を提起したが…、(ジュネーブ・プロセスで設置が求められている)移行期統治機関とはこの目的に至るための基礎のようなものだ」。

「ジュネーブ2会議以降、軍事的緊張は強まりを見せ、テロリストへの支援も増大したが、我々は大統領選挙を実施した。シリア内外で多数の有権者が参加したこの選挙は、彼ら(西側諸国)にとっては大きな打撃だった…。改めて強調すると…シリア国民が憲法を守り、憲法に従い投票を行い、文明的な概念としての国家、そして祖国を自ら守っていることを示したのだ。こうした段階を経て、彼ら(西側諸国)はダーイシュを活性化させ、シリア・アラブ軍の努力を挫こうとした」。

「(米国主導の)有志連合の目的は、彼ら(西側諸国政府)がテロに対して真摯に対処していると各国国民に思わせることにある。こうした偽りの方法に我々は常に反対してきた…。我々にとってテロとの戦いが最優先事項であり、それは今も、そして将来も止めることのないものだ。また、国連安保理決議第2254号やジュネーブ合意(2012年)とは別に、我々にとってもっとも重要なことは、決定はシリア国民が下すということだ…。しかし、彼らはこうしたことを差し置いて「移行期統治機関」だと言う」。

「我々には政治、経済、社会といったレベルでの改革が必要だが、同時に安定も必要だ…。ここにおいてもっとも重要なのは、いかなる移行プロセスも現行の憲法に準じていなければならないということだ。つまり、(ジュネーブ・プロセスにおける)移行期統治機関は、憲法からの逸脱、憲法の無効化をめざすものだ…。いかなるプロセスも現行憲法に準じなければならず、現行憲法を停止してはならない」。

「現在提起されているのは、戦闘停止という問題だ。しかし、西側はいつ戦闘停止について言及するようになったのか。答えは明白だと思う。武装集団が痛い目に遭い、負け始めたときだ…。戦闘停止とは軍隊どうし、国家どうしの間で行われるもので、国家とテロリストの間に行われるとしたらその概念は間違えだ…。我々には西側の高官がテロリストと公式の場で同席し、武器を与えたという具体的な証拠はない…。しかし、西側、そして我々の地域における西側の手先はテロリストが痛い目に遭って初めて戦闘停止を叫ぶようになった。これこそが彼らとテロのつながりを示す確固たる証拠だ…。彼らにとっての優先事項はテロとの戦いではなく、戦闘停止だ。つまり彼らはテロとの戦いが優先事項だと言って嘘をついているのだ…。戦闘停止とは、一義的にテロリストの立場を強化することを止めることを意味している。武器、装備、弾薬、テロリストを送り込むことは許されない。彼らの立場を改善したり強化したりすることも許されない」。

「しかしそれ以前に多くの質問がある。つまり、誰がテロリストなのか? これに関しては…、国連安保理はダーイシュとヌスラをテロ組織とし、友好国はシャーム自由人イスラーム運動やイスラーム軍をテロリストに指定しようとしている。しかし、我々国家にとって、国家とシリア国民に対して武器を向ける者すべてがテロリストだ」。

「彼ら(西側)は1週間以内に戦闘停止したいと言っている。しかし、1週間で戦闘停止に必要な条件や要件のすべてを揃えることができる者とは誰なのか? 誰もいない。そうした者はテロリストと話し合うとでもいうのか? テロ組織が戦闘停止を拒否している状況下で、誰がテロ組織を処罰するのか…? 誰がこれらの組織に対して、彼らが言うようなかたちで空爆を行うのか…。彼ら(西側)がこれらの組織を空爆したいというのであれば…、これらの組織はどこにいるのか…? 実質的にこうしたことはいずれも難しいのだ」。

「これらすべての要件が保障されたのなら、治安状況の改善のため、そして我々が今日直接行っている…和解にいたるために戦闘停止がなされねばならない。彼らが戦闘停止を最優先事項することは…、サウード家、レジェップ・タイイップ・エルドアン、アフメト・ダウトオールが地上部隊を介入させることを示唆しているのと同じ枠組みのなかにある。しかし、地上部隊の介入はあるだろうか? もちろん、これらの国は以前からそれを望んでいた…。しかし、我々はシリア危機、ないしはシリアへの戦争と呼ばれるものが数ヶ月前に、国連憲章を定着させようとする陣営と、それを廃止、力と覇権の論理を適用しようとする陣営の国際紛争へと変容したということを知っておかねばならない…。この二カ国は現在、単なる追随者、実行者に過ぎない。この二カ国は恐喝する役割を果たしているに過ぎない…。つまり我々はその主人に目を向けねばならない…。大国の間でこうした戦争に介入しようとする意思があるかを見なければならない…。大国間の紛争は、南シナ海…、ロシア南部、中央アジアなど世界的な拡がりのなかで行われている」。

「「シリア人どうしの対話」と言う場合、それはシリア国民に属すシリア人、すなわち外国ではなくシリアに根ざしているシリア人と交渉をすることを意味している…。我々がこれらの者たち(リヤド最高交渉委員会)と交渉する場合、我々はシリア人どうしが交渉しているとは見ていない。我々はリヤドの代表団と交渉する場合、我々はサウジアラビアと交渉するということだ。だから、彼らとシリアの憲法について議論はしない…。我々は彼らとシリアの未来について議論などできない…。シリア人どうしの対話が行われなければ、真の結果には至らない」。

「いずれにせよ、我々は勝利せねばならない。我々の前には自らの権利を主張する者である以外の選択肢はない。しかし、権利だけでは勝利はもたらされない。勝利する者のみが、権利を主張できるのだ…。この権利を得るために待つ者がいるとすれば、彼は権利を得ることはないだろう。我々は権利を取り戻さねばならないと考えるのであれば、その代価がどれほど高いものかということを理解しなければならない。自らの権利を何の代償ものなく取り戻せると考えている者は、この権利が失われていくことを理解せねばならない。この権利を防衛する者の筆頭にあげられるのがシリア・アラブ軍であり…、シリア・アラブ軍が血をもってこの代価を払っているのである」。

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アサド大統領の演説後、出席者との間で質疑応答が行われた。

AFP, February 15, 2016、AP, February 15, 2016、ARA News, February 15, 2016、Champress, February 15, 2016、al-Hayat, February 16, 2016、Iraqi News, February 15, 2016、Kull-na Shuraka’, February 15, 2016、al-Mada Press, February 15, 2016、Naharnet, February 15, 2016、NNA, February 15, 2016、Reuters, February 15, 2016、SANA, February 15, 2016、UPI, February 15, 2016などをもとに作成。

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