シャームの民のヌスラ戦線(シャーム・ファトフ戦線)の指導者ジャウラーニー氏の正体をめぐって情報錯綜(2016年7月29日)

クッルナー・シュラカー(7月29日付)は、7月28日のビデオ声明で初めて公の場に姿を現したシャームの民のヌスラ戦線(シャーム・ファトフ戦線)の指導者アブー・ムハンマド・ジャウラーニー氏の正体に関して、情報が錯綜していると伝えた。

ジャウラーニー氏の正体に関しては、ダイル・ザウル県シュハイル村出身でダマスカス大学医学部在籍中にイラクに潜入したウサーマ・アブスィー・ワーヒドだという説と、ダルアー県出身でダマスカス大学文学部情報学科卒で、ファールーク・シャルア前副大統領の遠縁の親戚にあたるアフマド・フサイン・シャルアだという説が有力。

だがダイル・ザウル24・ネット(7月29日付)は、ウサーマ・アブスィーではないとしたうえで、シュハイル村住民からの情報により、ジャウラーニー氏が同村出身ではなく、同地で生まれ育ち、暮らしていたとの説を否定した。

一方、シュハイル村の一部は、ジャウラーニー氏がウサーマ・アブスィーではなく、ウサーマ・ムハンマド・ヒダーウィーという人物だと考えていたという。

この人物もダマスカス大学の医学部生で、弟のサーミルとともにイラクのジハード主義組織に参加、米国によるイラク占領に対する抵抗運動を行っていたとされる人物だが、今回ジャウラーニー氏が公の場所に姿を現したことで、ヒダーウィーではないことが確認され、同氏が2007年にイラクで死亡していたとの見方が濃厚になったという。

このほか、一部メディアは、ジャウラーニー氏が1984年にシュハイル村で生まれ、イドリブ県在住だったウサーマ・アブスィー・ワーヒディーだと報じていた。

この人物については、父親が公務員で軍住宅局で働いていたとされていたが、実際の名前はウサーマ・ムハンマド・ヒダーウィーで、父親は軍住宅局の職員ではなかったという。

AFP, July 29, 2016、AP, July 29, 2016、ARA News, July 29, 2016、Champress, July 29, 2016、Dayr al-Zawr 24, July 29, 2016、al-Hayat, July 30, 2016、Iraqi News, July 29, 2016、Kull-na Shuraka’, July 29, 2016、al-Mada Press, July 29, 2016、Naharnet, July 29, 2016、NNA, July 29, 2016、Reuters, July 29, 2016、SANA, July 29, 2016、UPI, July 29, 2016などをもとに作成。

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