米国人ジャーナリストのリンズィー・スネル氏はムハンマド・カンタリー駐ワシントン・シリア臨時代理大使が自身を拉致したヌスラ戦線のメンバーの1人だったと告発

米国人ジャーナリストでドキュメンタリー映画制作者のリンズィー・スネル氏はXを通じて、「米国駐在シリア臨時代理大使がヌスラ戦線の一員だった当時に行ったインタビュー」と題する映像を公開した。

スネル氏が公開したのは、10年前の2016年に行ったムハンマド・カンタリー駐ワシントン・シリア臨時代理大使とのインタビュー。

映像では、カンタリー臨時代理大使が2016年にシリア北部でスネル氏を誘拐したヌスラ戦線のメンバーの1人だったと告発している。

インタビュー映像は、スネル氏が誘拐される前に行われたもの。

2016年7月、アレッポ県で同組織に拘束された際、初めてカンタリー臨時代理大使と接触、インタビューのなかでカンタリー臨時代理大使は、シャリーアに基づくイスラーム国家の樹立をめざすというヌスラ戦線の理念、イスラーム国との思想的な違い、シリアの将来像について語った。

カンタリー臨時代理大使は、顔を隠すことにこだわっていたが、覆面姿のこの男性の目元、声、話し方から本人であることを特定したという。

シリアン・オブザーバーイナブ・バラディーによると、スネル氏は2016年7月中旬、2014年以来7回目となるシリア取材のため入国した。

目的は、アレッポ県およびイドリブ県でのシリア軍およびロシア軍による爆撃が、市民、医療施設、救助隊へ与えた影響を記録することであった。

スネル氏は、アレッポ県西部のカフル・ハラブ村にある「シャーム革命家」の拠点に滞在、現地のフィクサーを通じて事前にヌスラ戦線から取材・撮影許可を取得、3日間にわたって病院を取材し、医師や救助隊員へのインタビューを行い、爆撃で負傷した子どもたちにも話を聞いた。

この期間中に、覆面姿のカンタリー臨時代理大使へのインタビューも収録された。

だが、7月20日夜、ヌスラ戦線はスネル氏のシリア人メディア助手を拘束し、彼女の行方を捜索し始めた。

「シャーム革命家」のメンバーらは近くの民家へスネル氏を避難させようとしたが、ヌスラ戦線の検問所が村から出るすべてのルートを封鎖、約1時間後、約10人の武装した男たちが家に現れ、スネル氏を拘束した。

スネル氏を拘束したのは、「アブー・タルーブ」と呼ばれるイラク人指揮が率いるグループで、スネル氏が米国の機関と関係していると疑い、スパイ容疑で取り調べが行われた。

スネル氏は最初、人里離れた隠れ家で拘束され、取材活動、宗教、シリア国内での人脈について尋問を受け、1週間後、彼女は洞窟のような拘置施設へ移送され、2日間独房に収容された。

アレッポ県での戦闘が激化すると、拘束者らはスネル氏をヌスラ戦線戦闘員の妻や子どもたちが暮らす家へ移した。

スネル氏は徐々に女性たちの信頼を得て、彼女たちの携帯電話を使って夫と連絡を取り、脱出計画を立てた。

その後、シャーム自由人イスラーム運動とつながりのある人物に連絡し、近くの道路でオートバイによる迎えを手配した。

家を出る口実を作るため、彼女は世話をしていた猫を外へ放した。もし見張りに不在を問われた場合は、猫を探しに行ったと説明するつもりだったという。

その後、約10分間オリーブ畑を走り抜け、迎えの人物と合流、シリア・トルコ国境付近で2日間潜伏した後、スネル氏はトルコへ越境した。

だが、8月6日に立入禁止の軍事区域へ侵入したとしてトルコ当局によって逮捕された。

彼女はトルコで67日間拘束され、そのうち17日間は独房で過ごした後、2016年10月12日に米国へ送還された。

スネル氏は、自身を中東、北アフリカ、コーカサス地域を取材する映像ジャーナリスト・ドキュメンタリー映画制作者と紹介している。

米国フロリダ州出身で、2005年に同州の大学を卒業、これまでVICE、MSNBC、ABC News、Vocativなど複数の報道機関・メディアで活動してきた。

2014年からシリアで取材を開始し、「放棄された邸宅と遊園地のアル=カーイダ――不条理な戦争日記」(Abandoned Mansions and Al Qaeda in Amusement Parks: A Surreal War Diary)など複数の作品を制作した。

移行期政権のジハード主義的な性格やトルコ政府の政策に批判的で、トルコと連携する武装勢力の活動を継続的に追跡、リビアやアゼルバイジャンなど国外へ戦闘員を派遣した武装勢力に注目してきた。

カンタリー臨時代理大使は、ヒムス県出身で、2012年にシリアを追われ、キプロス国際大学で土木工学を学んだのち、ヌスラ戦線に参加し、反体制派支配地(シリア北西部)で重要案件を担ってきた。

2024年12月18日に政治問題局によって外交および在外公館業務の担当者の1人として任命され、外務在外居住者省のクタイバ・イドリビー外務在外居住者省米州局長の下で、同局副局長を務めていた後、2026年1月下旬に現職に任命された。

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