ダーイシュの幹部司令官アブー・ウマル・シーシャーニー氏が「再び」死亡か?!(2016年7月13日)

ダーイシュ(イスラーム国)についての情報を発信するアアマーク通信は、モスル市郊外のシルカート市でのイラク軍との戦闘に参加していた「シャイフ・ウマル・シーシャーニー」が戦死したと伝えた。

これに関して、クッルナー・シュラカー(7月13日付)、ARA News(7月13日付)などは、「アブー・ウマル・シーシャーニー」が死亡したと伝えた。

Kull-na Shuraka', March 9, 2016

Kull-na Shuraka’, March 9, 2016

シーシャーニー氏をめぐっては、米匿名高官筋が2016年3月、米軍主導の有志連合がシリア北東部で実施した空爆によって死亡したと述べる一方、シリア人権監視団のラーミー・アブドゥッラフマーン代表も、米軍主導の有志連合の空爆で「臨床死」状態にあると述べていた。

アブー・ウマル・シーシャーニー氏、本名タルハン・タユムラゾヴィッチ・バティラシヴィリ(Tarkhan Tayumurazovich Batirashvili)は、1986年生まれで、「シーシャーニー」(チェチェン人)を名乗るが、出身はチェチェンではなくジョージア(グルジア)。

ジョージア軍の元軍曹で、2008年のロシア・ジョージア戦争への従軍したが、2010年に武器の不法所持で逮捕、禁固3年の有罪判決を受けた。

約1年半の服役を経て、2012年初めに釈放され、ジョージアを去り、トルコのイスタンブール、イエメン、エジプトなどを経て、2012年3月にシリアに潜入したとされる。

シリアに潜入後の2012年半ばにチェチェン人戦闘員らとともにムハーリジーン大隊を結成し、アル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線(イラク・イスラーム国のフロント組織)とともにアレッポ県での戦闘に参加した。

2013年3月、ムハージリーン大隊がシリア人からなるムハンマド軍、ハッターブ大隊を統合し、ムハージリーン・ワ・アンサール軍が結成されると、同組織の指導者を務め、アレッポ県北西部のマンナグ航空基地攻略戦やラタキア県北西部での戦闘に参加した。

2013年4年、イラク・イスラーム国がヌスラ戦線との完全統合を宣言し、イラク・シャーム・イスラーム国(ダーイシュ)へと改称すると(ヌスラ戦線の一部はこれに応じず、また2014年6月にイラク・シャーム・イスラーム国はイスラーム国に改称)、シーシャーニー氏はこれに合流し、翌月5月には北部方面司令官となり、アレッポ県、ラッカ件、ラタキア県、イドリブ県北部での戦闘を指揮し、同年末に北部方面の「アミール」となった。また2014年にはラッカ市に拠点をもつダーイシュのシューラー評議会のメンバーに任命された。

なお、シーシャーニー氏のダーイシュへの合流に対して、ムハージリーン・ワ・アンサール軍内のチェチェン人戦闘員は同調せず、アレッポ県などでヌスラ戦線をはじめとする反体制武装集団と連携して活動を継続した。

AFP, July 13, 2016、AP, July 13, 2016、ARA News, July 13, 2016、Champress, July 13, 2016、al-Hayat, July 14, 2016、Iraqi News, July 13, 2016、Kull-na Shuraka’, July 13, 2016、al-Mada Press, July 13, 2016、Naharnet, July 13, 2016、NNA, July 13, 2016、Reuters, July 13, 2016、SANA, July 13, 2016、UPI, July 13, 2016などをもとに作成。

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