アラビーヤ・チャンネルのインタビュー番組が「虎」(ニムル)の愛称でしられた旧シリア軍第25特殊任務師団の司令官ハサン准将の役割を検証するインタビュー番組を放映

アラビーヤ・チャンネルは、「虎」(ニムル)の愛称でしられた旧シリア軍第25特殊任務師団の司令官だったスハイル・ハサン准将の役割を検証するインタビュー番組を放映した。

インタビューに応じたのは、アサド前政権寄りと目されてきたジャーナリストのシャーディー・ハルワ氏。

インタビューでのフルワ氏の主な発言は以下の通り:

ハサン准将と知り合ったのは、彼がまだ大佐だった頃だ。その後准将に昇進した。彼は空軍情報部の士官で、革命が始まる前は空軍情報部で特殊任務を遂行していた。その後、ハマー市での抗議活動の監視や計画に関わるようになった…。
彼はアラウィー派で、(ラタキア県)ジャブラ市郊外のマアナーナ村出身だ。
彼と出会ったのはアレッポ東部郊外の丘だった。その時、彼はすでに作戦を開始していた。
彼のことを知らなかったし、ハサンも当時はテレビには登場していなかった。彼の写真もなかった「黄色い風」(ハワー・サフラー)、「虎」(ニムル)などと呼ばれていた。私はその丘を訪れ、兵士2人を伴っていた階級章を付けていない士官(ハサン大佐)を見かけ、こう尋ねた。「ハサン大佐にはどうやって会えますか?」
彼は言った「何の用だ? ハサン大佐に何の用だ?」
私は答えた。「私はシリア国営テレビの記者で取材をしたいのだ」…。
当時、いわゆる「抵抗枢軸」は…イスラーム国と戦っていた旧シリア軍の功績は、予備部隊によるものだと盛んに伝えていた。
私はハサンに…シリア国営テレビが現場にいるべきで、そうでなければ功績が他に帰されてしまう、と説明した。
彼は自分がハサンだと名乗った。彼は幾度となく私を呼び、アレッポ中央刑務所にいたる街道で一緒に仕事を始めた。当時そこはヌスラ戦線に包囲されていた。
彼は寡黙な人間で、特に初対面の相手に対しては、話すよりも聞くタイプだった。
しかし、恐ろしい、とても恐ろしい人物だった。命令の実行をためらえば、結果は悲惨なものになる、そう感じさせる存在だった。
メディアから距離を置いていた(ことが恐怖を感じさせた)。彼の神秘性。そして苛烈さ。残忍で血なまぐさい作戦だ。
シリア戦争でもっとも激しかった戦闘のいくつかを指揮したのが「虎」ことハサンだった。
焦土作戦、地域の包囲、複数の戦線からの突入。重要なのは、ハサンは旧シリア軍で唯一、上官に許可を得ずに航空部隊を動かせた士官だったということだ。
砲兵、ロケット砲、ヘリコプターが即座に投入され、エアロL-39戦闘機も出撃し、さらにはロシア軍との調整まで行い、ロシア空軍も彼の命令で出撃していた。
これは、他のどの士官、師団長、さらには参謀総長でさえ持たない特権だった。彼らでさえ航空隊を自由に動かすことはできなかった。
(彼との関係は)長くはなく、2018年頃まで続いた。最後はダイル・ザウルでの戦闘だった。
彼はあらゆるメディアの立ち入りを拒み…、シリア国営テレビ以外には、いかなる報道機関にも(取材)許可を出さなかった。
「なぜマヤーディーン、マナール、イラン系チャンネルの立ち入りを禁じるのか」という上層部の質問に対して、彼はこう説明した「私は彼らを禁じているのではない。まずは自国のテレビが取材する。その後に彼らが入るのだ。戦闘は機微なものだ」。
空軍情報部のジャミール・ハサン部長に対してもそうだった。実際、彼に影響力があったのは、ジャミール・ハサン、アリー・マムルークくらいだった。
(前政権は、スンナ派であるフルワ記者の存在を利用したことは)後になってから、2013年頃にあった。
メディアに限らず、ほぼすべての部門で、前政権はスンナ派を含むさまざまな宗派の人材を前面に出す方針をとるようになった。すべての宗派がバッシャール・アサドを支持しているというイメージを示すためだ。
この噂(ハサン准将の容姿が大きく変わったとの噂)は広く流布された。「彼は戦闘で死亡し、別人にすり替えられた」とまで言われた。だが、彼は同一人物だ。彼の私生活について少し語ることにしよう。
彼は結婚し、離婚し、子どもは1人だけだ。家族と姿を現すことはなかった。常に兵士たちと兵舎で寝泊まりしていた。
独特の性格で、父母にさえ会いたがらず、母親の葬儀にも出席しなかったほどだ。
長期間、癌を患っていたが、治療を拒み、鎮痛剤だけに頼っていた。
最終的にアサドから手術を受けるよう命じられ、肺のかなりの部分を切除した。肺癌だった。
戦場に復帰するため、大量のコルチゾンを摂取せざるを得なかった。カマール・イスマーイールという医師がいたが、何度も彼の暗殺を試み、逮捕され司法に送致された。この医師がその後どうなったかは知らない。
彼は注射を打ちすぎて、脚に注射する場所がなくなるほどだった。容姿も変わり、顎ひげをたくわえ、染めるようにもなった。
彼には直属の部隊があった。一部は正式な軍部隊だったが、大半は武装組織で、主にアラウィー派が多いハマー市郊外、ラタキア市郊外、タルトゥース市郊外、沿岸地域から集められていた。
また、2013年初めごろからは、スンナ派も加入していった。彼らは契約で給料を受け取っており、当時はブスターン事前協会が資金を提供していた。
彼への資金提供によって、多くの越権行為や不満の声が上がったことから、アサドが介入し、体制を整備した。彼は北部地区の空軍情報部支部長に任命され、1ヵ月後に准将へ昇進した。
ここで強調すべきは、ハサンは常に軍上層部から妬まれていると感じていたことだ。ファハド・ジャースィム・フライジュ国防大臣や参謀総長、各師団長らが「自分を妬んでいる」と不満を口にしていた。
彼の副官だったサーリフ・アブドゥッラー准将が先に准将へ昇進し、彼自身はその2ヵ月後に昇進した。
(ハサン准将が絶大な権限と能力を持つに至った理由は)正直に言えば、ロシアにある。
ロシアがシリアでの軍事作戦に参入した当初から、彼らはハサンの戦闘能力や苛烈さについて多くの情報を持っていた。フマイミーム航空空軍基地で会合が開かれるようになり、彼はあらゆる支援を受けることになった。私の知る限り、彼はロシア国籍も与えられた。
ロシアが資金面でも彼を支援した。彼らは彼を、容赦なく、敗北を知らず、振り返らない苛烈な軍人と見ていた。
彼のインタビューはすべて私を通して行われた。
彼は、ロシアに対しては非常に強い忠誠心を抱いていた。だが、イランの存在は嫌っており、会合を避け、同じ作戦区域で共に行動することを望まなかった。
彼はイランを「マスラハジーイーン」(利害主義者)、つまり自分たちの利益だけを追求する者だと言っていた。また宗派的な色合いが強いとも。
アレッポ市南部郊外でイランが多くの住民をシーア派に改宗させていたのを我々は実際に目にしていた。
彼は焦土作戦を採用していた。私の見立てでは、彼には二つの戦術がありました。一つは焦土作戦、もう一つは包囲し、その後に攻撃を開始するという戦術だ。
樽爆弾は発明された兵器の一種だ。しかし、ロシア軍機から投下されたものの中には、それ以上の破壊力を持つものもあった。中には半トン以上、時には1トンに達するものもあった
私はグータにいなかったので、(化学兵器攻撃についての)情報は持っていいないただ、私が目撃した戦闘において、化学兵器は見ていない。だが、樽状の爆発物は使用された。重量が1トンに達する爆弾もあった。私が見たのは500キロから1000キロ、つまり半トンから1トンの爆弾や樽爆弾だ。
その破壊半径は非常に大きかった。我々はそれを放送していた。
彼は携帯電話を持っていなかった。連絡は秘書や護衛、彼の担当記者を通じて行われた。また、情報省から支給された無線通信機があり、彼とは常に直通でつながっていた。
そう言った面(盗聴対策)もあるが、戦闘地域では携帯電波が届かない場合もあった。
一部の映像では、私がヘリコプターの中にいる姿が映り、「シャーディー・ハルワが樽爆弾投下に同行していた」と批判された。SNS上では多くの写真や動画が拡散され、コメントが寄せられた。
彼は私のために専用ヘリを送るようになった。ナイラブ航空基地からタドムル、ヒム、ハマーに私を運び、取材させた。
例えば、アレッポからハマーへ陸路で向かえば2時間半かかる。しかし彼は即座に取材を望み、電話で「ナイラブ基地へ来い、ヘリが待っている」と言ってきた。
私はダマスカスに連絡し、SNG中継車をハマーへ向かわせた。私が到着する頃には中継車も現地に到着し、武装拠点や司令部の制圧といった戦果を中継していた。
彼は、アサドに「この作戦を行っているのは自分だ」と示したかったのだ。
私が取材に現れれば、「その地域でハサンが活動している」という印になった。シリア国営テレビ、特に私がいる場所は、彼の作戦地域であると認識された。
我々は彼の発言を編集でかなり整えた。彼は哲学的な言い回しを多用し、例えばこう語ったことがある。「太陽を見つめると、そこに我が指導者であり、最初の闘士であるアサドの姿が浮かぶ」と。
彼には野心があった。それがアサドを不安にさせたのだ。ある映像で我々が「血と魂をシリアに捧げる」と叫ぶと、彼は私の手を下げさせ、「シリアとはアサドそのものだ…。血と魂をあなたに捧げる、バッシャールよ」と言った。
その映像は広く拡散された。彼は公の場で私を叱責したが、2時間後には電話をかけてきて「一緒に昼食をとろう」と言ってきた。
やがて彼は、アサドが自分を排除しようとしていると確信するようになった。
彼はルーナー(・シブル大統領府特別顧問)を嫌っていた。
ルーナーの指示で、「血と魂をあなたに捧げる、バッシャール」というスローガンを戦場で使うことが禁じられた。軍は「シリアのために戦っている」という姿を示す必要があったからだ。

ハサンが(樽爆弾を)考案した。
ただし、説明しておきたい。樽爆弾とは、いわば大型の金属タンクにTNTを詰め込んだもので、防衛産業工場で改良されたものだ。
ただし、通常の国防省部門ではなく、防衛産業の専門工場が製造した。
彼女(ルーナー・シブル)も彼(ハサン准将)を嫌っていた。
だが、ルーナーはハサンについての多くの映像公開にも同意していた。
私は記者だ。取材素材を制作し、ダマスカスのテレビ局に送るだけだ。放映するかどうかを決めるのは検閲を経た上での局側だ。私は最終決定者ではない。だが、ハサンをめぐる論争を作り出すため、ルーナーがあえて一部映像の放送を許可していたという見方もある。
私はクワイリース航空基地でハサンがアサドに電話する場面に居合わせた。包囲解除を祝う電話だった。彼はこう言った。「大統領閣下、あなたの机にある辞表を受け取らせてください。そうすれば、私はもっと自由にあなたのために戦えます」。
彼は軍の階級制度を障害だと感じており、民間人として戦いたいと言っていた。
彼はフライジュ国防大臣との通話で、こう言って電話を切ったこともあった。「私は最高司令官(アサド大統領のこと)の命令でここにいる。最高司令官の命令なく、いかなる軍事線も変更しない」。
こう言って、即座に電話を切ったのだ。准将が国防大臣に対してだ。
(アサド大統領に解任を求めたのは)完全な忠誠を示すためだ。「もっとあなたのために戦いたい。だが、軍の序列が障害だ」と伝えたかったのだ。
多くの人がそう(ハサン准将がアサド大統領の後継者になりたがっていると)言った。しかし、軍、経済界、メディアなどで権力を握り、影響力を持った者は、最終的に排除された。競争相手になり得るからだ。
ロシアの支援は彼の地位を高めたが、同時にそれがアサド政権内での警戒心を強めた可能性もあるす。
それ(ハサン准将がアサド大統領の座を狙っていたとの主張)は噂だ。しかし権力を持ちすぎた人物は、最終的に整理される運命だった。
ある時、私はルーナーの事務所にいた。その時、彼女は冗談めかしてこう言った。「彼が「閣下の代わりになる」って言ってるらしいわよ。あの笑い方でだ。
近しい人たちは、その意味を理解していた。
私とルーナーの関係についても話せることがある。彼女は私を通じてメッセージを送ることもあった。私がイマード・ハミース首相の電話を切った件についても、流出音声の中で彼女はこう言っている。「我々が大臣を据えたのよ」。
それ(彼女が大臣を任命し、解任する立場にまで達していたということ)は事実で、皆が知っている。
(ハサン准将の資金源は)ロシアだ。加えて、彼の友人である資本家や実業家たちが資金を提供していた。彼はその資金で兵士に給料を払っていた。
(ハサン准将が運転していた高級車などは)すべて贈り物だ。実業家からの贈り物だ…。ハマーにガレージがあり、私の知る限り12〜14台の車があった。
彼の家については、新政府の人々も知っているだろう。ジャブラ市郊外に父のための邸宅を建てた。彼が何をしていたかは知らないが、彼が求めるものはすべて叶えられていた。電話一本で「1000万欲しい」と言えば届き、「車が欲しい」と言えば届く。
彼は愚かではない。記者の前で残酷さを見せるようなことはしなかった。我々は現場に入り撮影しますが、その前に彼の部下がすべてを記録していた。
アサドは文民だが、弟のマーヒル・アサドは第4師団司令官だ。ハサンとマーヒルの関係は良くなかった。彼は第4師団に強い不信感を持っていた。
(ハサン准将とマーヒルの部隊との間では)拉致事件などがあった。
私の知る限り、2018年までは(ハサンはマーヒルとは)会ったことはなかった。
その後、彼は「は自分を排除しようとしている」と気づくようになった。彼は何度もそう言っていた。
(ルーナー・シブリー、カーティルジー・グループの面々は)最終的に粛清された、ハサンは何度もそう言っていた。
また、彼は何度もこう言っていた。「自分は暗殺されると分かっている」と。ハサンは、ダイル・ザウルでの大規模な戦闘が終わった後そう語っていた。
国営テレビは、ハサンの映像もインタビューも一切流さなくなった。私自身も出演禁止の命令が来た。
私は「出演はしない」と伝えるとともに、「ただし彼(ハサン准将)にはその旨を伝えてほしい。彼が呼べば行かないわけにはいかないからだ」とも言った。だが、彼はメディアから完全に締め出されていたのだ。
特にダイル・ザウルではそうだった。私はダイル・ザウル作戦が始まる前から軍事報道を辞めたいと申し出ていた。
2020年にはテレビ局を完全に辞め、4年間の無給休暇を取った。
(ハサン准将とロシアの関係をアサド前大統領は)何も知らなかった。
アサドがプーチンと会談するためにフマイミーム航空基地を訪れた時も、ハサンがその会議にいることを知らなかった。ハサンも、会議に呼ばれたとき、アサドが来ることを知らなかった。もし知っていれば、出席を避けただろう。問題を起こしたくなかったからだ。
しかしアサドは巧妙だった。プーチンの前でハサンを称賛した。「家族を捨てて戦っている人物だ」と。
ところが、その3ヵ月後、彼の権限を剥奪し、部隊を取り上げた。新しい司令官には、(副官だった)サーリフ・アブドゥッラー准将を任命した。ハサンは特殊部隊司令部に異動となり、簡単な訓練を担当するだけの立場になった。
(マヤーディーン市でのハサン准将とロシア軍の会談について)、出席していたロシア軍士官は(ワグネルではなく)正規軍だった。ロシア人記者もいた。目的は、シリアの公式メディアから締め出されたハサンに補償を与えるためだった。彼はロシアを強く称賛した。
(アサド前大統領がイドリブ郊外を訪問した時の)砲撃や発砲は、カメラのための演出だ。攻撃された場所には何もなかった可能性もある。「民間人を殺した」と言われないために。
そしてそれを構成・演出していたのはルーナーだった。
私は彼(ハサン)との関係を完全に断っていた。だが、その後、反体制派がアレッポに入り、侵略抑止作戦が始まった頃の話だ。私は家族とともにアレッポを離れ、ダマスカスに向かった。それは金曜日のことだった。木曜の夜に航空券を予約した。
そして木曜の正午頃、ハサンの事務局長が電話をかけてきました。1回目、2回目、3回目。私は出なかった。彼が私をハマーに呼び寄せたいのは分かっていた。
しかし、私はもう決断していた。アレッポを出た後、アッラーに誓って、もうシリアに1分たりとも残らない、と決めていた。
ハサンは、政権崩壊の3日前の木曜日にハマーへ来いと連絡してきた。私は応じないと、彼の側近がメッセージを送ってきた。「司令官(ハサン准将)がお前を呼んでいる。電話に出ろ。司令官が呼んでいる。今すぐ飛べ」と。
もちろん(ハサン准将はハマーで戦っていた)。ハマーは彼にとって象徴的な場所だった。ハーフィズ・アサドの時代からだ。
だが、彼はハマー陥落後、すぐにフマイミーム航空基地に移動した。そう、関係者から聞いた。
そして、ロシアが彼をモスクワへ連れて行った。彼だけではなく、多くの士官たちもだ。
メディアではシリアの諜報関の高官はレバノンにいると言われている、それは違う。ロシアかイランだ。私を信じて欲しい。
彼(ハサン准将)だけでなく、多くの士官がその家族とともに住宅複合施設のような場所にいる。
(ハサン准将が財産をロシアに持ち出したかどうかは)分からない。ただし、彼はロシアに何度も行っていた。アサドが知っていたかどうかは知らないが。
彼が「赤いパスポート」、つまりロシア国籍を持っていることは確かだ。
我々は(そしてハサン准将も)皆、実行者だった。それが彼の職業だった。殺すこと、軍事行動、それが彼の専門だった。誰もがそれぞれの専門を持っていた。私もそうだ。
彼はかつて、アサドの側近たちが自分に対抗していると疑っていた。
私は責任を逃れはしない。彼(ハサン准将)を擁護しているわけでもない。私は裁判官でも弁護士でもない。
ただ事実として、彼は命令を実行していた。軍司令官として、アサドへの忠誠を示すために。彼の野心は「私は虎だ」という言葉に現れていた。動画でも何度もそう言っていた。彼は人を引きずり出し、連れて来い、と命じていた。
(ハサン准将がなぜ虎という愛称を選んだのかは)わからない。ただ、アサド(ライオン)、ニムル(虎)、シブル(幼獣)。まるで動物園のような体制だった。
彼は複数の人格を持つ曖昧な存在だったと思う。焦土政策を採用し、作戦が失敗すれば、地域を完全に消し去る。容赦なかった。

(C)青山弘之 All rights reserved.

米中央軍(CENTCOM)は3日から12日にかけて、シリア国内でイスラーム国の標的30ヵ所以上に対して10回の爆撃を実施したと発表

米中央軍(CENTCOM)は、公式サイトを通じて、3日から12日にかけて、テロ組織ネットワークの残存勢力に対する軍事的圧力を維持するため、シリア国内でイスラーム国の標的30ヵ所以上に対して、固定翼機、回転翼機、および無人航空機による精密誘導弾での爆撃を10回にわたって実施したと発表した。

(C)青山弘之 All rights reserved.

シリア民主軍のアブディー総司令官と北・東シリア地域民主自治局のアフマド渉外関係委員会共同委員長はXでミュンヘン訪問の成果を誇示

シリア民主軍のマズルーム・アブディー総司令官は13日深夜、Xで以下の通り綴った。

 

本日、マルコ・ルビオ米国務長官およびシリアのアスアド・ハサン・シャイバーニー外務在外居住者と極めて実り多い会談を行い、統合協定の実施における進展について協議した。我々は、この合意の成立を促進し、その進展を支援してきた米国の役割に感謝の意を表するとともに、我が代表団がミュンヘン安全保障会議に、包括的な国家枠組みにおけるシリア国家の代表として参加できたことを可能にした外交的努力を高く評価する。

**

アブディー総司令官は14日、Xで以下の通り綴った。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領とミュンヘン安全保障会議の場でお会いする栄誉を得た。シリアにおける停戦努力と緊張緩和の推進に対する、同大統領の直接的かつ個人的な関与を感じ取った。この積極的な役割を高く評価するとともに、安定の支援とテロ対策におけるフランスの一貫した立場を重く受け止めている。我々は、この重要な局面において、地域の保護とシリア全土の安定維持に向けた我々と国民の努力を支えるため、フランスの前向きな役割が継続されることを期待している。

**

アブディー総司令官はまた、Xでで以下の通り綴った。

大きな栄誉とともに、ミュンヘン安全保障会議2026の場で、リンゼー・グラハム米上院議員を団長とする米連邦議会代表団と会談する機会を得た。代表団には、シェルドン・ホワイトハウス、ジャッキー・ローゼン、ピーター・ウェルチ、アンディ・キム各上院議員が参加した。
過去の期間において、グラハム議員の指導のもと、これらの尊敬すべき議員たちは、我が人民と我が部隊の権利を最も強く擁護してきた存在であった。彼らは常に我々と連絡を保ち、我々の訴えに耳を傾け、現場の変化する状況に関与してきた。
彼らは我々の大義を支えるうえで重要な役割を果たし、「クルド人を守る法」(Save The Kurds Act)を含む複数の法案や取り組みを通じて具体的支援を提供してきた。これは我々が大切にしている重要な一歩である。
この重要な時期において、地域の安定への揺るぎない支援と、シリアおよびその国民への貴重な支援を提供してくれたすべての方々に、心からの感謝を表する。彼らは正義と自由の促進において、これまでも、そして今後も重要なパートナーであり続ける。

**

アブディー総司令官はさらに、Xで以下の通り綴った。

ドイツで開催されたミュンヘン会議の場で、バルハム・サーレハ国連難民高等弁務官とお会いする栄誉を得た。最近の衝突によって生じた避難民問題への支援、そして地域における人道協力と安定の強化に向けた同氏の多大な努力に対し、深い感謝の意を表明した。

**

アブディー総司令官は加えて、Xで以下の通り綴った。

リンゼー・グラハム上院議員とともに「クルド人を救う法」(Save the Kurds Act)を提出したリチャード・ブルーメンソール上院議員とお会いできたことを嬉しく思う。我々の人民と我々への支援、そして迅速な行動は大いに尊敬し、感謝している。これまで取られてきたすべての措置に深く感謝するとともに、平和と正義が支配する新しいシリアの実現に向けて、今後も共に歩みを続けることを期待している。

**

北・東シリア地域民主自治局内務治安部隊のイルハーム・アフマド渉外関係委員会共同委員長はXで次の通り綴った。

本日、ミュンヘン安全保障会議の場で、アブディー総司令官、シャイバーニー外務在外居住者大臣同席のもと、ルビオ国務長官と会談したことは、シリアの安定を支えるための国際的な調整の重要性を示すものである。
我々は、いかなる持続可能な政治的プロセスも、責任ある対話、すべてのシリア人の権利保障、そしてパートナーシップの強化に基づかなければならず、それによって国家の統一を維持し、包括的な政治的解決の基盤を築くべきであると強調した。
我々は国家的責任と人民の犠牲を出発点とし、正義ある平和とシリアの安全な未来を実現するために、外交と相互理解を通じた取り組みを継続している。

(C)青山弘之 All rights reserved.

スワイダー県シャフバー町で住民らが「安全な通行路に代わるものはない」と銘打った抗議デモ

スワイダー県では、高等法務委員会広報局(フェイスブック)スワイダー24によると、シャフバー町で住民らが「安全な通行路に代わるものはない」と銘打った抗議デモを行った。

参加者らはイスラエルの国旗やドゥルーズ派の旗を掲げ、安全な通行路の開設、自決権、拉致された男性・女性の帰還を訴えた。

(C)青山弘之 All rights reserved.

米主導の有志連合がハサカ県シャッダーディー市の基地撤退に際して、基地内の複数の施設や物資を爆破、破壊

ハサカ県では、シリア人権監視団によると、米主導の有志連合がシャッダーディー市の基地からの撤退に際して、基地内の複数の施設や物資を爆破、破壊した。

(C)青山弘之 All rights reserved.

ハサカ県ヤアルビーヤ町でアサーイシュの進駐に一部の住民が反発

ハサカ県では、シリア人権監視団によると、イラク国境に面するヤアルビーヤ町で、北・東シリア地域民主自治局内務治安部隊(アサーイシュ)の進駐に一部の住民が反発し、緊張状態が高まった。

(C)青山弘之 All rights reserved.

ダマスカス郊外県カトナー市、過激思想を持つ男が聖母マリア教会に侵入し、信仰を侮辱

ダマスカス郊外県では、シリア人権監視団によると、カトナー市で本日、過激思想を持つ男がシリア・カトリックの救済の聖母マリア教会に侵入し、「彼らがかれ(キリスト)を殺したのでもなく、また彼を十字架にかけたのでもない。だた、彼らにはそう見えたまでである」というコーランの女性の章第157節の一節を繰り返し唱え、信仰を侮辱する発言を行い、住民の間に恐怖と不安が広がった。

(C)青山弘之 All rights reserved.

法務省は1月28日に発生した女優のフダー・シャアラウィー氏殺害事件で犯行を認めたウガンダ国籍の家政婦に対する現場検証の様子を撮影した動画を公開

法務省は、フェイスブックを通じて、1月28日に発生した女優のフダー・シャアラウィー氏殺害事件で犯行を認めたウガンダ国籍の家政婦に対する現場検証の様子を撮影した動画を公開した。

**

ダマスカス郊外県では、シリア人権監視団によると、ジャルマーナー市で、近隣地域(サイイダ・ザイナブ町方面)からバイクに乗ってやって来た男性が住民らと口論となり、住民が武器を所持していることを発見、治安当局に身柄を引き離そうとした際、男性が銃を乱射、手りゅう弾を投げるなどして抵抗し、6人が負傷した。

**

ダイル・ザウル県では、シリア人権監視団によると、スール町で内務治安局の部隊が、シリア民主軍の刑務所からダイル・ザウル軍事評議会の元指導者のアフマド・ハビール氏(アブー・ハウラ)の釈放の報道を祝っていた若者らの強制排除を試み、撃ち合いとなり、シリア軍第66師団所属の兵士1人が死亡し、民間人2人が負傷した。

一方、シリア人権監視団によると、ダイル・ザウル市で、旧体制期に犯罪や侵害行為に関与したとされる一部容疑者に対して行われた和解措置に抗議し、住民がデモを行た。

(C)青山弘之 All rights reserved.

フール・キャンプからイスラーム国構成員の家族数十世帯が公然と逃走

ANHAは、北・東シリア地域民主自治局からアフマド・シャルア移行期政権に移管されたハサカ県のフール・キャンプから、イスラーム国構成員の家族数十世帯が公然と逃走していることが、拡散された映像によって明らかになったと伝えた。

同サイトによると、収容所からの逃走を阻止するための移行期政権の治安部隊の存在や措置は確認されなかった。

(C)青山弘之 All rights reserved.

シリア民主軍のアブディー総司令官がジーン・シャヒーン米上院議員と会談:シャイバーニー外務在外居住者大臣とともにサウジアラビアのファイサル外務大臣と会談

シリア民主軍は、フェイスブックを通じて、ミュンヘン安全保障会議開催に合わせてドイツを訪問中のマズルーム・アブディー総司令官がジーン・シャヒーン米上院議員と会談したと発表した。

会談では、アフマド・シャルア移行期政権とのシリア民主軍の統合にかかる合意や包括停戦合意履行の方策、現段階における安定強化の方法が主な議題となった。

**

シリア民主軍(フェイスブック)によると、アブディー総司令官が、サウジアラビアのファイサル外務大臣と、アスアド・ハサン・シャイバーニー外務在外居住者大臣を団長とするシリア代表団との会談に参加した。

会談の中で、ファイサル外務大臣は、包括停戦合意の実施を支持する姿勢を確認した。

これに対し、アブディー総司令官官は、サウジアラビアの支援、制裁解除に向けた努力、包括停戦合意実現に向けた取り組みに対して謝意と賛意を表明した。

(C)青山弘之 All rights reserved.

シャイバーニー外務在外居住者大臣とカバワート社会問題労働大臣がミュンヘン安全保障会議で開催された「革命後のシリアの未来」と題する対話セッションなどに出席


SANAによると、アスアド・ハサン・シャイバーニー外務在外居住者大臣とヒンド・カバワート社会問題労働大臣は、ミュンヘン安全保障会議で開催された「革命後のシリアの未来」と題する対話セッションに参加した。

セッションのなかで、シャイバーニー外務在外居住者大臣は以下の通り述べた。

14年間にわたり旧体制は分断状態を固定化させてきたが、革命の勝利後には、武器を国家の手に限定するという理念が確立された。
我々は戦争によって疲弊した国に生きており、また旧体制から引き継いだ劣悪な統治によっても疲弊している。シリア社会は国内と国外に引き裂かれ、人道的困難やインフラ面での困難に直面している。
政府はシリア人の意思と志に依拠しており、他国が陥った過ちを避けるために地域の経験から学んできた。
国家はスワイダーおよび他地域で発生した出来事に対して責任ある対応を取り、国益を最優先に考え、明確かつ透明な説明責任の措置を講じた。
シリアにおける民族的・宗教的多様性は脅威ではなく強みの源であり、包括的なシリア国家アイデンティティがすべての人々を包摂する枠組みである…。健全な民主的生活を築くためには政治文化の強化が不可欠である。
ダマスカスは、再建とシリア人の再統合に焦点を当てた現実的路線を採用しており、現在進行中の交渉は、イスラエルが侵入した地域から撤退し、シリア主権侵害を停止することを目的としている。
対シリア制裁の解除が再建の鍵である…。だが、依然として避難民キャンプが存在し、都市や町には広範な破壊が残っている。

一方、カバワート社会問題労働大臣は、政府は分断の年を経た後の安全と安定の強化に取り組んでいるとしたうえで、国家建設におけるシリア人女性の中心的役割、および各地域における国民和解の重要性を強調した。

**

SANAによると、シャイバーニー外務在外居住者大臣はまた、「中東における勢いを基盤に:約束から成果へ」と題された対話セッションにも参加し、以下の通り述べた。

「2024年12月8日以降、我々はすべてのシリア人を包摂し、またシリアにおける多様性を保障し、すべての人に機会が開かれることを担保する新たな制度の構築を基礎とする包括的な国家ビジョンを打ち立てた。
シリアは過去数年にわたりシリア人が経験してきた課題を出発点とする現実的アプローチに依拠し、理想論から離れた内的環境への現実的理解に基づき、国家と社会の間の信頼強化に重点を置きながら、着実に未来へ向かって進んでいる。
シリアの多様性は同国にとって力の源であり、新たな国家ビジョンはこの多様性を尊重し保護することに基づき、それによって包括的なシリア国家アイデンティティを強化するものである…。すべてのシリア人を包摂し、国家の未来形成に参加する機会を提供する近代的制度の構築に取り組んでいる。
シリア政府は約束したことを実行しており、安定した経済環境の整備は開発の機会を強化し、より多くのシリア人の労働市場への復帰を促すだろう。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、国際刑事裁判所の赤根智子長官と会談、シリアにおける移行期正義の諸課題、戦争犯罪の加害者の責任追及、ならびに被害者の権利保障について協議した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣を団長とするシリア代表団は、ジーン・シャヒーン上院議員を議長とする米国議会議員団と会談、シリアおよび地域の最新情勢について協議が行われ、シリアの統一、主権および領土的一体性の維持の重要性が強調された。

また、安全と安定を実現するための政治的プロセスへの支持についても確認された。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、フランスのジャン=ノエル・バロ外務大臣と会談、二国間関係および地域情勢の進展について協議し、地域の安定実現に向けて対話と協力を強化する重要性を確認した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、カタールのムハンマド・ビン・アブドゥッラフマーン・ビン・ジャースィム・アール・サーニー首相兼外務大臣と会談、両国間の協力とパートナーシップを強化することを確認した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、クウェートのジャッラーフ・ジャービル・アフマド・サバーハ外務大臣と会談、両国関係強化の方策について協議した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、オーストリアのゲアハルト・カルナー内務大臣と会談した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、イラク・クルディスタン地域のネチルヴァン・バールザーニー大統領と会談、地域情勢をめぐる共同調整および協議の強化策について協議し、シリアの安定がイラクおよびクルディスタン地域の安定の基本的柱を成すことを確認した。

バルザーニー大統領は、シリアの統一、主権および領土的一体性への支持を表明し、2026年大統領令(政令)第13号を高く評価した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、サウジアラビアのファイサル・ビン・ファルハーン・アール・サウード外務大臣と会談、二国間関係および協力共同調整の強化策について協議し、あわせて地域情勢の最新動向についても意見交換を行った。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、エリッサ・スロトキン米上院議員と会談、地域・国際政治情勢の最新動向について協議した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、アイルランドのヘレン・マッケンティー外務大臣と会談、二国間の協力およびパートナーシップの強化の方策について協議した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、フォルカー・テュルク国連人権高等弁務官氏と会談、シリアにおける人道状況への対応について協議した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、
シャイバーニー外務在外居住者大臣は、ミュンヘン安全保障会議の一環として、「統一を維持する――革命後のシリアの未来」と題する対話セッションに参加した。

**

外務在外居住者省(フェイスブック)によると、シャイバーニー外務在外居住者大臣は、ドイツのヨハン・ヴァーデフール外務大臣と会談、地域情勢の進展および両国間の二国間関係の強化の方策について意見交換を行った。

(C)青山弘之 All rights reserved.