レバノンの日刊紙『ナハール』:シャーム解放機構の外国人幹部らが新たな共和国護衛隊、6個師団、空軍の司令官に任命(2025年2月10日)

レバノンの日刊紙『ナハール』は、アフマド・シャルア暫定大統領が指導するシリアの新政権の国防省が新たな共和国護衛隊、シリア軍6個師団の組織編成、空軍の編成を完了したと伝えた。

同紙は、指揮官の大部分が、新政権に近く、シャーム解放機構への忠誠が確認された人物に割り当てられ、能力ではなく忠誠心が重視されており、モノトーンの支配が継続されることへの懸念が強まっていると指摘した。

主な人事の概要は以下の通り。

共和国護衛隊司令官には、ヨルダン人のアブドゥッラフマーン・ハティーブ准将(アブー・フサイン・ウルドゥンニー)が任命され、最初の任務はシリア・レバノン国境に位置するヒムス県クサイル市一帯地域の掃討作戦となる。

首都ダマスカスを守備するダマスカス師団の司令官には、トルコ人のウマル・ムハンマド・ジャフシー准将(ムフタール・トゥルキー)が任命される。

ハマー師団(第25師団)の司令官には、シリア国民軍に所属するスルターン・スライマーン・シャー師団のムハンマド・ジャースィム司令官(アブー・アムシャ)が任命される。

ヒムス師団(第103師団)の司令官には、ハイサム・アリー准将(アブー・ムスリム・アーフィス、アブー・ムスリム・シャーミー)が任命される。

戦車師団の司令官にはラーイド・アラブが任命される。

イドリブ師団の司令官には、シリア国民軍と国民解放戦線を主導するシャーム軍団司令官のムハンマド・グライブ(アブー・ウサイド・ハウラーン)が任命される。

ダルアー師団の司令官には、シャーム自由人イスラーム運動司令官のブンヤーン・ハリーリーが任命される。

組織運営部長には、離反大尉で国民解放戦線参謀長で、シャーム自由人イスラーム運動の元軍事司令官だったイナード・ダルウィーシュ(アブー・ムンズィル)が任命される。

空軍司令官には、アブドゥフ・スィルハーン准将(アブー・カースィヌ・バイト・ジャンヌ)が任命される。

士官部長には、ナスル軍司令官のムハンマド・マンスール准将が任命される。

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アサド前政権のシリア軍第5軍団に所属していた第8旅団のアブー・ウッラ司令官はビデオ声明で、国防省への統合を拒否しているとするアブー・カスラ暫定国防大臣の発言を否定(2025年2月10日)

ダルアー24は、アサド前政権のシリア軍第5軍団に所属していた第8旅団のナスィーム・アブー・ウッラ司令官のビデオ声明を配信した。

ビデオ声明のなかで、アブー・ウッラ司令官は、ムルハフ・アブー・カスラ暫定国防大臣が2月6日に『ワシントン・ポスト』のインタビューに対して、第8旅団など複数の武装組織が国防省への統合を拒否していると述べたことについて、これを否定した。

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シャルア暫定大統領は、英国のポッドキャストの「The Rest is Politics」のインタビューに応じる(2025年2月10日)

アフマド・シャルア暫定大統領は、英国のポッドキャストの「The Rest is Politics」のインタビューに応じた。

イナブ・バラティーによると、シャルア暫定大統領はインタビューのなかで以下のように述べた。

妻は1人だけだ。メディアではそれ以外の噂も流れていますが、事実ではない。
私には3人の子どもがいる。我々は非常に困難な状況のなかで暮らしてきたが、家族をあらゆる危険から守るよう努めた。ダマスカスに入る前は、厳しい治安状況のため、家族に関する情報を非公開にしていた。戦争が続いていたため、家族を守るため、最大限の注意を払う必要があった。
私が今日担っている役職では、家族が公の場に登場することは自然なことだ。政治活動に関わるわけではないが、国民には私の家族が誰であるか、どのように生活しているかを知る権利がある。現在のシリア大統領としての私の役割は、イドリブ県での行政とはまったく異なっている。だが、それは私が引き受けなければならない責任の一部なのだ。
私はサウジアラビアで生まれ、ダマスカスで育ち、その後イラクに渡り、最終的にシリアに戻った。人生の様々な段階を経験し、その旅路のなかで多くの思想に触れることができた。
幼少期は他の子どもと変わらず、中流・上中流階級の家庭で育ったた。首都ダマスカスで初等教育を受け、中学・高校を経て大学に進学したが、大学1年のときにイラク戦争が勃発し、イラクに向かう決断をした…。家では、いつも政治の話をしていた。

若い頃に捕えられ、有名なアブーグライブ刑務所に送られた。そこでは、人々が拷問を受けていた。その後、ブーカ刑務所、さらにクーパー刑務所、最終的にはタージ刑務所に移送され、最終的に釈放された。
これらの刑務所での経験を通じて、多くの人々と出会い、政治的に成熟することができた。当初、私が信じていたものと、刑務所で他の囚人たちから聞いた思想には大きな隔たりがあり、特にイラクで激化していた宗派対立に関する話は衝撃的だった。
(番組ホストで、かつてイラクで従軍していたアラステア・キャンベル氏と対話していることをどう思うかとの質問に対して)この質問には非常に長い答えが必要であり、おそらく10回の放送が必要なほど大きなテーマだ。私の立場を考慮すると、この質問に短い回答をすると、シリアが大きな批判を受けることになるため、今この場で触れるのは適切ではない。

私の人生は常に秘密に覆われていたわけではない。日常的に多くの会議や人との交流があった。ただし、戦闘や戦争に関わる状況では、慎重さが求められる場面も多々あった。
私は完全に旋風くして暮らしていたわけではない。人々と一緒に生活していたが、一部の情報を秘密にする必要があった…。だが、我々が直面していた過去の状況とは完全に異なる新しい段階に入った。
状況によって必要とされることは異なる。イドリブ県では公然と人々と接し、地域社会の様々なグループと交流していた。あの時も政治家だったが、首都ダマスカスでの今とは立場が異なる。戦時中と平時では演説の内容や要求も変わる。

(米国から懸賞金を懸けられていたことについた)その件については全く恐れていなかった。
私は外国の使節団と会い、記者たちとも多く交流していた。大学の教授、さまざまな省庁との定期的な会合にも参加していた。私の任務は人々に奉仕し、彼らを守り、機関を構築し、首都ダマスカスに突入して、旧体制を崩壊させ、シリア国民を解放することだった。懸賞金については、ほとんど気にしていなかった。誰も人々に奉仕し、誠実に働く者を殺して、賞金を得ようとは考えないだろうと思っていたからだ。

(支配欲が強いと言われていることについて)人は自分自身を評価することはできない。判断は他人に委ねるべきだ。私は仕事を完璧にこなすことを好み、すべての人が自分の責任を認識しているべきだと考えている。それは統制の問題ではなく、指導部の責任だ。
規律や意思決定への尊重がなければ、国全体が混乱し、国家の安定が脅かされるだろう。我々がアレッポ、ハマー、ホムスを経て、ダマスカスに進軍した際、旧体制の政策によって、社会は分断されていた。もし、部隊の組織や統制がなければ、不正行為が発生し、さらなる不安定を招いていただろう。

(大統領になることを望んでいたかとの問いに対して)我々のような経験をした者にとって、役職はあまり重要ではない。我々が生きている時代は、リーダーが役職を作る時代であり、役職がリーダーを作る時代ではない。我々は多くの課題に直面し、高い倫理的誠実さが求められていた。大統領の座を最終目標とするのは間違った考え方だ。我々はどの役職に就いても人々に奉仕することを目指している。
革命家の精神では国家を建設することはできない。国家建設や社会運営には別の考え方が必要だ。私にとって、革命は旧体制の崩壊とともに終わった。
我々は今、国家再建、経済発展、地域の安定と安全保障の確立、そして隣国との信頼関係構築という新たな段階に進んでいる。
私は戦闘員ではあったが、それは戦いたかったからではない。今、大統領になったが、望んでそうなったわけではない。戦闘中、民間人が被害を受けないよう常に注意してきた。過ちもあった、民間人を傷つけるような行為はしていない。

シリアは今、幾つかの段階を経ているところだ。まずは政府の安定を優先し、国家機関の崩壊を防ぐ必要があった。イドリブの内閣はダマスカス制圧後すぐに業務を引き継ぐ準備を整え、最初の3ヵ月間でその目標を達成した。その後、次の段階として憲法宣言、国民対話会議、そして大統領選出に移行した。
新しい大統領は国際的な慣例に基づき、憲法専門家との協議を経て任命された。勝利した勢力が旧憲法を廃止し、旧議会を解散した。次のステップは、国民対話であり、社会の幅広い層が参加することで、新憲法制定への道が開かれる。暫定議会が設置され、そのもとで議会が憲法起草委員会を設置する。

旧体制による大量虐殺などの犯罪を理由に課された制裁は、体制崩壊とその解体後、正当性を失った。それゆえ、制裁は直ちに解除されるべきだ。
我々は完全に破壊された国家を受け継いだ。これがシリア人として立ち向かわなければならない挑戦だ。我々は国を再建しなければならない。確かに困難はあるが、不可能ではない。意志と努力があれば、シリアは再び立ち上がり、地域と世界の成功モデルになることができるだろう。

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イナブ・バラディー:シャーム解放機構によって拘束され、イドリブ県内各所に設置されている刑務所に収監されている逮捕者の釈放を求める活動が続く(2025年2月10日)

イナブ・バラディーは、シャーム解放機構によって拘束され、イドリブ県内各所に設置されている刑務所に収監されている逮捕者の釈放を求める活動が続いていると伝えた。

活動は、活動家、法律家、市民、政治組織などによって行われており、自由と尊厳というシリア革命の原則に乗っ取って、とりわけ言論犯の釈放を強く首相、アフマド・シャルア暫定大統領に対応を呼びかけ、回答を待っているという。

例えば、2月4日には、イスラーム教の宗教指導者・法学者のアブドゥッラッザーク・マフディー師はシャルア暫定大統領に対して、シャーム解放機構の元幹部のアブー・ヤフヤー・ジャザーイリー、アブー・シュアイブ・ミスリー、アブー・サフヤーン・ジャブラーウィーなど、イドリブ県内の刑務所に収監されているすべての言論犯に恩赦を出すよう求めるとともに、刑務所の閉鎖が移行期における義務だと位置づけている。

また、2024年12月21日には、活動家らが「女性の呼びかけ」声明を出し、イドリブ県内の刑務所に収監されている逮捕者の釈放をシャルア暫定大統領に要求した。

一方、イスラーム解放党のメンバーや支持者多数も依然として収監されている。

同組織がイナブ・バラディーに明らかにしたところによると、ダルアー県、ダマスカス県、ヒムス県、ハマー県、アレッポ県、イドリブ県、ラッカ県出身の30~60歳代の40人以上がイドリブ県内の刑務所に収監されているという。

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貨物車輛、装甲車、タンクローリーなど25輌などからなる米軍の車列が、ワリード国境通行所(スワイディーヤ国境通行所)からシリア領内に新たに進入し、ハサカ県カスラク村にある米軍基地に向かう(2025年2月10日)

ハサカ県では、シリア人権監視団によると、貨物車輛、装甲車、タンクローリーなど25輌などからなる米軍の車列が、ワリード国境通行所(スワイディーヤ国境通行所)からシリア領内に新たに進入し、カスラク村にある米軍基地に向かった。

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シリア人権監視団:ダマスカスで、物不足、公立学校での教職員、停電、灯油などの燃料不足、公務員などの購買力低下などによって、市民生活が悪化(2025年2月10日)

シリア人権監視団は、首都ダマスカスの複数の地区で、物不足、公立学校での教職員、停電、灯油などの燃料不足、公務員などの購買力低下などによって、市民生活が悪化していると発表した。

また、サウラ通り、マルジャ広場は無秩序状態で、露天商が野菜や衣服など販売するための売店を無秩序に設置し、交通渋滞が発生しているという。

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シリア民主軍がハサカ市で治安作戦を実施し、ダーイシュのメンバー7人からなるスリーパーセルを逮捕、解体(2025年2月10日)

ハサカ県では、ANHAによると、シリア民主軍がハサカ市で治安作戦を実施し、ダーイシュ(イスラーム国)のメンバー7人からなるスリーパーセルを逮捕、解体した。

シリア人権監視団によると、作戦は米主導の有志連合と合同で行われ、スリーパーセルの司令官(アミール)は自爆ベルトを爆発させ、死亡した。

また、摘発の際に発生した戦闘で、シリア民主軍の特殊任務部隊の隊員1人が死亡した。

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シリア国民軍憲兵隊と同軍に所属するシャーム戦線がトルコ占領下の「平和の泉」地域の拠点都市タッル・アブヤド市で激しく交戦(2025年2月10日)

ラッカ県では、ANHAによると、シリア国民軍憲兵隊と同軍に所属するシャーム戦線がトルコ占領下の「平和の泉」地域の拠点都市タッル・アブヤド市で激しく交戦した。

シリア人権監視団によると、この戦闘で双方に7人の負傷者が出た。

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トルコ軍とシリア国民軍がラッカ県、ハサカ県、アレッポ県に対する攻撃を続ける(2025年2月10日)

ラッカ県では、ANHAによると、トルコ軍が午後5時頃、アイン・イーサー市近郊のサファーウィーヤ村を砲撃した。

ANHAによると、トルコ軍とシリア国民軍は、午後7時頃、タッル・アブヤド市近郊のアリーダ村を砲撃した。

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ハサカ県では、ANHAによると、トルコ軍とシリア国民軍が午後6時頃、タッル・タムル町近郊のウンム・カイフ村を砲撃した。

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アレッポ県では、ANHAによると、トルコ軍が午後8時頃、ティシュリーン・ダム一帯を無人航空機1機で攻撃した。

ANHAによると、トルコ軍が午後11時頃、スィッリーン町近郊のマルハ村、カスグ村、タッル・アッルーシュ村を砲撃した。

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ANHAによると、シリア民主軍広報センターが声明を出し、過去24時間に同軍および女性防衛隊(YPJ)がアレッポ県マンビジュ市一帯、ハサカ県タッル・タムル町一帯にあるトルコ軍とシリア国民軍の基地に対して反撃を行い、戦闘員3人を殺害、7人を負傷させた。

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アサド大統領で長男のハーフィズ・バッシャール・アサド氏のものとされるSNSのアカウントが政権崩壊時の状況やロシアに脱出した時の様子を詳細に綴ったポストをアップ(2025年2月10日)

アサド大統領で長男のハーフィズ・バッシャール・アサド氏のものとされるXのアカウントで、政権崩壊時の状況やロシアに脱出した時の様子を詳細に綴ったポストがアップされた。

ポストの内容は以下の通り。

ダマスカス退去、ましてやシリア退去には、何らの計画はなく、予防措置もなかった。
過去14年間、シリアは困難で危険な状況を幾度となく経験してきたが、昨年11月末から12月初めにかけての状況はそのどれにも劣らないほど深刻であった。
逃げたい者はその間に逃げた。とりわけ、ダマスカスが包囲され、毎日のように砲撃を受け、テロリストがその郊外に迫り、首都中心部に侵入する危険が可能性さえあった初期にそうであった。
最近の出来事が起こる前、私は11月20日にシャーム・ウィングス航空に搭乗してダマスカスからモスクワへ向かった。11月29日に博士論文の口頭試問を控えていたためである。
この時、母は夏の終わりに骨移植手術を受け、治療のため隔離が必要であったため、モスクワにいた。私は口頭試問後に学位取得手続きを進めるため、しばらくモスクワに滞在する予定であったが、シリア国内の状況悪化により、12月1日にシリア航空でダマスカスへ戻り、父と弟と共に過ごすことにした。母は治療の継続のためモスクワに残ることとなった。
妹のゼインは彼女とともに残った。
12月7日の土曜日と8日の曜日の出来事についてであるが、弟は土曜日の朝、ダマスカスの応用科学技術高等研究所で数学の試験を受けた。彼は同校で学んでおり、翌日から授業に戻る準備をしていた。
妹はまた、次の日、つまり日曜日にシリア航空でダマスカスへ戻る便を予約していた。
土曜日の午後、私たちが国外に逃亡したという噂が広まった。私たちがダマスカスにいるかを確認しようと多くの人々が私に連絡してきた。これを否定するため、私はムハージリーン区にあるナイラビーン公園へ行き、そこで自撮りをしてインスタグラム個人のアカウント(公式のアカウントではなく、現在は非公開)に写真を投稿した。
その後、写真はすぐにいくつかのSNAのページで拡散された。
その時点では、遠くから銃声が聞こえたものの、戦争初期の頃から慣れ親しんだ日常の範囲内に過ぎなかった。
状況はこうした状況で続き、軍はダマスカス防衛の準備を進めていたが、ホムスからの軍撤退のニュースが流れるまで、混乱が起きそうな兆候はなかった。しかし、以前にハマー、アレッポ、イドリブ郊外からの軍撤退があった時と同じように、そのニュースは突如流れた。
しかし、これを予告するような準備や兆候は何もなかった。
真夜中、つまり日曜日未明、マーリキー地区にある私たちの家にロシア側関係者がやって来て、ダマスカスの状況が危険だとして、大統領を数日間ラタキアに移動させるよう求めてきた。沿岸とガーブ平野の前線が依然として戦闘中で、そこから指揮を執る可能性を踏まえてのことだった。
いとこたちに知らせずに私たちがダマスカスを離れたという噂について、私は移動をすると知った直後に何度も彼らに連絡を取った。そして、彼らの家で働く人々から、彼らがどこに向かったことを知らされた。
その後、深夜3時頃にダマスカス国際空港に到着、そこでおじのマーヒルに会った。管制塔も含め、空港には従業員はもぬけの殻だった。そして、私たちはロシア軍の軍用機に乗り込み、ラタキアの向かい、夜明け前にフマイミーム空港に着陸した。
早朝、つまり日曜日、私たちは、基地から40キロ以上離れたブルジュ・イスラーム地区にある大統領の別荘へ向かう予定でだった。だが、そこで勤務していた者への連絡の試みはすべて失敗した。連絡をした電話もすべて繋がらず、ことは始まった…。
テロリストとの前線では軍が撤退し、最後の軍事拠点も陥落したとの情報が入った。
同時に、無人航空機による断続的な攻撃が始まり、基地が標的となった。これと合わせて、その周囲のあちこちから銃撃戦があった。私たちがそこに滞在している間、こうした状況が続いた。
午後になると、基地司令部は周囲の危険だと警告し、基地からの脱出は不可能だと伝えてきた。テロリストの展開と混乱、基地の守備隊の基地からの撤退、さらにはすえての軍司令部との通信が途絶したためだった。モスクワとの協議を経て、モスクワは私たちをモスクワに移送の安全を確保するよう要請し、私はロシア軍用機に乗ってモスクワへ向かい、夜に無事到着した。日付は12月8日日曜日の夜だった。

ポストをアップした直後、Xのアカウントは凍結された。

しかし、このポストと前後して、12月9日にハーフィズ・バッシャール・アサド氏のものとされるテレグラムのアカウントが開設され、10日に同じポストを英語とアラビア語でアップされた。


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国境治安局西部地区司令官のサラーマ中佐はヒムス県ハーウィーク村一帯でのレバノン人部族との戦闘について、レバノン領内への攻撃を否定(2025年2月10日)

SANAによると、国境治安局の西部地区司令官のムアイイド・サラーマ中佐は、ヒムス県ハーウィーク村、ジャルマーシュ村などで発生していたヒズブッラーの民兵に属す武装テロ集団との戦闘について、掃討作戦で治安を確保、大量の麻薬、武器、弾薬を押収したと発表する一方、レバノン領内から武装テロ集団の砲撃あったものの、レバノン領内を標的とした攻撃は行っていないと主張した。

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内務省総合治安局がダマスカス郊外県、ラタキア県、ハマー県、ダイル・ザウル県、ダルアー県で治安作戦を実施(2025年2月10日)

ダマスカス郊外県では、SANAによると、内務省総合治安局がジャルマーナー市一帯での捜索活動で、ダマスカス県マーリキー地区で誘拐されていた男性1人を解放することに成功した。

また、内務省総合治安局がバラダー渓谷のクファイル・ザイト村、ダイル・カーヌーン村に治安維持のために展開した。

一方、シリア人権監視団によると、シリア軍事作戦総司令部の部隊と内務省総合治安局がハーマ町で、指名手配者、和解プロセスに応じず武器を携帯している者を摘発するための治安作戦を実施した。

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ラタキア県では、SANAによると、内務省総合治安局がジャブラ市とラタキア市を結ぶ街道に治安維持のために展開した。

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ハマー県では、シリア人権監視団によると、トゥワイム村に至る街道で、60歳代の男性が何者かによって鋭利な刃物で殺害され、遺体で発見された。

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ダイル・ザウル県では、シリア人権監視団によると、内務省総合治安局がダイル・ザウル市で戦争犯罪に関与したとされる空軍情報部の元士官のイマード・アリー容疑者を逮捕した。

シリア人権監視団によると、ティブニー町近郊の砂漠に遺棄されていた身元不明の男性3人が遺体で発見された。

シリア人権監視団によると、ブーカマール市入口の検問所での検査で、内務省総合治安局が多数の車輌から麻薬、武器などが発見、押収、30人あまりを逮捕した。

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ダルアー県では、シリア人権監視団によると、前政権の民兵の一つルストゥム・ガザーリー旅団の元メンバーがナジーフ村近郊で何者かによって殺害され、遺体で発見された。

また、シリア人権監視団によると、内務省総合治安局が国防省(シリア軍事作戦総司令部部隊)と連携して、ダーイル市とイブタア町を強襲し、前政権崩壊の作戦時に盗まれた旧シリア軍の装備や車輌を押収した。

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バシール暫定首相は、記者総連合の総会を解散し、シャフードを議長とする暫定事務局を設置することを決定(2025年2月10日)

SANAによると、ムハンマド・バシール暫定首相は、記者総連合の総会を解散し、マフムード・シャフードを議長とする暫定事務局を設置する決定を下した。

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シャルア暫定大統領は、米シリコンバレー在住のシリア人専門家からなる使節団と会談(2025年2月10日)

シリア・アラブ共和国大統領府によると、アフマド・シャルア暫定大統領は、米シリコンバレー在住のシリア人専門家からなる使節団と会談した。

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