ロイター通信は、「シリアは密かに経済を再編、指揮を執るのは大統領の兄」(ティムル・アズハリ、フェラス・ダラティー共著、ダマスカス発)と題した記事を配信した。

記事の内容は以下の通り。
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ダマスカスが反体制派の手に落ちて数週間後のある夜、有力な実業家のもとに「シャイフ」との面会を求める深夜の電話がかかってきた。
指定された住所には見覚えがあった。バッシャール・アサドの経済帝国のもとで、同様の実業家たちが定期的に恐喝を受けていた場所である。
だが、そこにはすでに新たな支配者たちがいた。
長く黒い顎髭をたくわえ、腰には拳銃を携えたその「シャイフ」は、自らの名を戦闘員の仮名「アブー・マリヤム」とだけ名乗った。現在、彼はシリア経済を再構築する委員会の責任者である。
彼は、わずかにオーストラリア訛りのある丁寧なアラビア語で、実業家に質問を投げかけた。
「彼は、私の仕事や、どれだけ稼いでいるかを尋ねてきた」と実業家は語った。「私はずっと彼の銃を見ていた」。
ロイター通信の調査によれば、シリア新政権は、腐敗とアサド政権に対する長年の制裁によって破綻した経済を、ある集団の男たちの指導のもと、密かに再構築しようとしている。そのメンバーの正体はこれまで仮名の背後に隠されていた。
この委員会の使命は、アサド時代の経済の遺産を分析し、どの部分を再構築し、どの部分を残すかを判断することにある。
公的な監視から遠く離れたところで、この委員会は総額16億ドルを超える資産を取得した。その額は、企業持ち分の取得や現金の押収などに関与した関係者の証言に基づいており、少なくとも15億ドル相当は、3人の実業家から押収された資産によるものである。そこには、アサド政権の側近たちがかつて支配していた複合企業グループの一部である国内主要通信会社などの企業も含まれ、その通信会社の価値は少なくとも1億3,000万ドルとされる。
ロイター通信の調査によれば、シリア経済再建の監督を務めているのは、アフマド・シャルア大統領の兄ハーズィム・シャルアである。そして、委員会の実質的な指導者である「アブー・マリヤム・オーストラリー」の正体は、アブラハム(イブラーヒーム・スッカリーヤというレバノン系オーストラリア人である。彼は、テロ資金供与の容疑により、オーストラリア政府の制裁対象リストに記載されている人物だ。
彼はインターネット上で、自らを「クリケットとシャーワルマーが好きな実業家」と紹介している。
シリアの秘密経済委員会は、アブラハム・スッカリーヤというオーストラリア出身の男が主導しており、彼は少なくとも二つの偽名を使っている。一つは仕事上で使用する戦闘員名「アブー・マリヤム」、もう一つはSNSでのアカウント名「イブラーヒーム・ビン・マスウード」である。
シリアの新政府は、バッシャール・アサド政権下で恐れられていた治安・情報機関を解体し、市民はここ数十年で最も自由に発言できるようになっている。しかし現在、シリア経済を担うのは、大統領の親族と戦闘名のみで知られる男たちの混成チームであり、この構造が、多くの実業家や外交官、分析家たちの懸念を呼んでいる。彼らは「かつての「宮殿のオリガルヒ」が別の形で置き換えられようとしているのではないか」と危惧している。
ロイター通信のこの調査報道は、100人以上の実業家、仲介者、政治家、外交官、研究者へのインタビューに基づいており、財務記録、電子メール、会議議事録、新設企業の登記記録など、多数の内部資料も確認された。
政府はこの委員会の存在や活動について一切公表しておらず、一般のシリア国民には全く知られていない。委員会の権限や実態を知るのは、直接取引のあるごく一部の人々のみである。しかし、この委員会の活動は、シリア国民すべての生活と生計、そしてグローバル経済への再統合を目指す国の将来にまで影響を及ぼす可能性がある。
ある委員会メンバーはロイター通信に対し、「アサド政権下での腐敗の規模はあまりにも大きく、企業構造そのものが利益の追求というよりも資産の横領を目的として設計されていた。そのため、経済改革の選択肢は非常に限られている」と語った。委員会には、不正利得を得たと疑われる実業家を、シリア国民の多くが望むように法廷に立たせる、企業を強制的に押収する、そしてアサド時代に利益を得たまま現在も国際的な制裁下にある人物と非公開で取引を結ぶ、といういずれかが可能である。
しかし、いずれの方法にもリスクが伴う。たとえば、裕福層と貧困層、アサド時代に成功した者と苦しんだ者との間に新たな対立を生みかねない。そのため、委員会はアサド時代に富を築いた実業家を起訴したり、企業を差し押さえたりするよりも、むしろ彼らと交渉を行い、逼迫する資金を回収すると同時に、経済の主導権を確保し、混乱を招かないかたちで経済活動を継続させる道を選んだ。
この件に関して、シリア政府、ハーズィム・シャルア、アブラハム・スッカリーヤは、ロイター通信からの度重なる問い合わせや質問に対して一切回答しなかった。大統領府は質問を情報省に転送し、ロイター通信は先週、情報大臣との対面会談の場でこの調査結果を提示し、その詳細を明示したうえで、書面で質問を行ったが、記事公開までに情報省からの返答はなかった。
2025年2月、サウジアラビアのリヤドを訪問したアフマド・シャル大統領と、その兄ハーズィム・シャルア。この訪問が、ハーズィムが大統領の兄として公の場に姿を見せた初めての機会となった。
過去7ヵ月間、委員会はシリアで最も裕福な大物実業家たちと交渉を重ねてきた。その中には、米国の制裁対象となっている人物も含まれていると、情報筋は語る。また、委員会はアサド大統領宮殿から運営されていた複数の企業群の掌握にも進展を見せている。
アサドと関係のある実業家たちの多くは、たとえば、麻薬や武器の密輸に関して制裁を受けた航空業界の大物や、アサドの軍によって住民が追い出された町から金属を回収・精錬していたとされる実業家などが含まれる。彼らは、国家による訴追を回避し、ある程度の利益を保持しているが、それは代償と引き換えである。すなわち、現金および企業支配権の一部を委員会側に差し出すことで、恩赦を受けるという「取引」である。だが、この「恩赦と引き換えの取引」は、正義を求めるシリア国民の怒りを買うリスクを伴っている。
欧米の上級外交官4人は、出自不明の影の人物たちの手に経済的権力が集中していることが、シリアの国際金融システムへの再統合に向けた信頼性や外国投資の障害となりうると警告している。
委員会の活動について語ったメンバーによれば、委員会はこれまでに数十人と面会しており、ある者には免責を与え、またある者には資産の一部を求めたという。最終的には、企業が民営化されたり、公私連携(PPP)として再編されたり、国有化されたりすることで、その収益が主権基金に組み入れられ、一般市民であるシリア国民がその恩恵を受けることになると彼は述べた。
2025年7月9日、アフマド・シャルア大統領は、大統領府に直属する主権基金の設立を発表した。この基金について事情に詳しい3人の証言によれば、その監督は大統領の兄であるハーズィム・シャルアが担うとされている。同日、シャルア大統領はハーズィムの長年の側近が代表を務めるシリア開発基金の設立も発表した。また、最近では政令により投資法の改正を発表している。ハーズィムおよびスッカリーヤはいずれも政府内で公的な役職に就いているとは発表されていないが、ロイター通信の調査により、この2人が投資法改正案の最終文書の編集に関わっていたことが判明した。
米マサチューセッツ州スミス大学で中東研究を専門とするスティーヴン・ハイデマン教授は、ロイター通信に対し、シリアが主権基金を設立するのは「時期尚早」だと語った。彼はこの基金が「不明確な休眠資産」に依存していることを問題視し、さらに大統領を含む運営側に過度の裁量を与えることが説明責任を損なうと警告した。
このような新政府の秘密主義的な政策推進の詳細が明るみに出たのは、米国政府がアサド政権時代に発動されたシリア国家に対する経済制裁を解除する動きを進めているタイミングである。本報道に対するコメントを求められた米国務省高官は、ドナルド・トランプ大統領が制裁を解除するのは「シリアに偉大さの可能性を与えるためだ」と述べた。
また、同高官はロイター通信に対し、「大統領(トランプ)は、シャルア大統領がこの歴史的な機会を活かし、重要な進展を実現するべきだと明言している」と語った。
Contents
銀行に現れたパン職人
シリア経済の「暗号解読」を担う委員会が果たしている重要な役割は、イドリブで資金を管理する権限を持っていた彼らの経歴に基づいている。イドリブはシリア北部の丘陵地にある飛び地で、旧イスラーム過激派組織のシャーム解放機構がシャルアの指導の下で権力を集中させた地域である。
イドリブで暮らし、また戦っていた者たちは、アフマド・シャルア大統領を含め、偽名の使用が常であった。当時のシャルアはシャーム解放機構の指導者「アブー・ムハンマド・ジャウラーニー」として知られていた。シャーム解放機構はもともと、アル=カーイダのシリア支部「ヌスラ戦線」として始まり、その指導者たちはアサド政権を打倒する2024年12月までは、世界の多くからテロリストと見なされていた。
2016年にアル=カーイダと決別した後、シャーム解放機構は財政および統治の制度を発展させたと、シャーム解放機構に詳しいシリア人は語っている。2018年には、トルコからの燃料派生品の輸入に関して独占権を有する石油企業ワタドを設立し、独自の銀行シャーム銀行も創設した。
シャーム解放機構がビジネス分野へ進出する背後には、アブー・アブドゥッラフマーンという人物がいた。彼はかつてパン職人だったが、後に高位の軍司令官へと転身した人物であると、委員会のメンバーおよびシャーム解放機構の高官2人がロイター通信に語っている。
シャーム解放機構系のSNSアカウントに投稿された写真に写るアブー・アブドゥッラフマーンは、ロイター通信の取材によれば、新政府の財務を監督する委員会メンバーの1人である。
関係者によると、アブー・アブドゥッラフマーンはイドリブにおいて、当初アフマド・シャルアに忠誠を誓う少数の人物から成る臨時グループとして経済委員会を設立した。その後、会計士、弁護士、交渉人、実行部隊など数十人規模の機関へと発展させた。なお、この委員会は国家の公式な統治機構には属していない。
また、委員会は2つの部門を備えており、一つは収益の獲得を目的とする経済部門で、これはアブー・マリヤムが統括、もう一つはその資金を管理する財務部門で、アブー・アブドゥッラフマーンが指揮しているという。
シャーム解放機構関係者3人によると、アブー・アブドゥッラフマーンの本名はムスタファー・カディードである。ダマスカス陥落の翌日、彼はシリア中央銀行の2階に拠点を構えたと、元行員2人が証言している。ロイター通信は彼の最側近を通じてコメントを求めたが、ロイター通信の調査報告書を受け取ったことは認めたものの、カディード本人からの回答は得られなかった。
シリアの一部政府関係者や銀行員の間では、アブー・アブドゥッラフマーンは「影の総裁」として知られており、中央銀行2階に居を構える彼には、2階上にいる正式な総裁の決定に対して拒否権を持つとされている。
ロイター通信が、シリア経済の再編とアブー・アブドゥッラフマーンの関与について調査結果を提示したところ、シリア中央銀行のアブドゥルカーディル・フスリーヤ総裁は「それは事実ではない」と書面で回答したが、詳細説明の要請には応じなかった。
元中央銀行職員2人の証言によれば、主要な決定事項にはすべてアブー・アブドゥッラフマーンの承認が必要であるという。彼らは彼について「温厚だが権力集中を好む」と述べ、「かつて宮殿がすべてを決めていた頃と何も変わらない」と話している。
数ヵ月前に同氏と面会したある訪問者は、彼の紹介に困惑したという。アブー・マリヤムと同様、彼も「シャイフ」と呼ばれていた。「シャイフ」という語には宗教的意味合いもあるが、敬称としても用いられる。
現在、シリア経済の再構築を担う委員会の財務部門は、中央銀行によって運営されており、その実質的な責任者がアブー・アブドゥッラフマーンことムスタファー・カディードである。前出の元職員2人は「彼の同意なしには重要な決定は下せない」と証言している。
また、もう一人の「シャイフ」、アブー・マリヤムの本名はアブラハム・スッカリーヤであることがロイター通信の調査で明らかになっている。
スッカリーヤは、オーストラリアのブリスベン出身で、2013年に兄のアフマドがシリア軍の検問所でトラック爆弾を爆発させた前日に同国を出国した。オーストラリア検察によれば、彼の兄アフマドはシリアにおける最初のオーストラリア人自爆犯として知られている。さらに、スッカリーヤ兄弟のもう1人、ウマルは、2016年にヌスラ戦線に数万ドルを送金した罪で有罪を認め、オーストラリアで4年半の禁固刑を受けている。
オーストラリア検察が最高裁判所に提出した文書には、スッカリーヤ兄弟の活動内容が記載されており、これは弟ウマルが自身の判決に対して上訴した際に提出されたものである。ロイター通信はウマル本人の所在を突き止めることができず、元弁護士も取材への回答を拒否した。
オーストラリア政府は、アブラハム・スッカリーヤが依然として制裁対象にあることを認めたが、彼の現在の役割について把握しているか否かについては「個人に関する情報にはプライバシー保護のためコメントしない」として明言を避けた。
オーストラリア外務貿易省のウェブサイトには、アブラハム・スッカリーヤ(ブリスベン出身)がテロ組織の一員として制裁対象であることが掲載されている。彼はアサド政権を打倒したイスラーム系組織の指導者として、新たなシリア政府の経済委員会を率いている。
彼はX上では「イブラーヒーム・ビン・マスウード」という別の偽名を使用しており、彼を個人的に知る6人がこれを確認している。「ビン・マスウード」のプロフィールでは、自らを「ビジネスオーナー」「シャーワルマー愛好家」「クリケットファン」と紹介し、イドリブの戦争被害やイスラーム教義に関する投稿を行っている。
彼のかつてのオーストラリア時代のチームメートによれば、スッカリーヤは若い頃、非常に負けず嫌いなクリケット選手だったという。現在もX上でクリケットについて語っており、英語によるポッドキャストにも出演して、中東におけるイランの影響や、2022年ワールドカップでモロッコが4位に入ったことについて、イスラーム教徒としてどう捉えるべきかといった話題にも触れている。
ロイター通信は、アブラハム・スッカリーヤに対し、シリア経済再編における自身の役割や本報道のその他の調査内容について、Xのアカウントおよび最側近を通じて直接メッセージでコメントを求めたが、回答は得られなかった。
一方、アフマド・シャルア暫定大統領の兄であるハーズィム・シャルアは、LinkedInのプロフィールによると、かつてイラクのアルビールでペプシコのゼネラルマネージャーを務めていた人物である。彼はイドリブへのソフトドリンク供給の主要業者でもあったと、過去を知る関係者2人が語っている。ペプシコ社には、ハーズィム・シャルアの同社での勤務実態や、彼の過去・現在の活動についてコメントを求めたが、返答はなかった。
ハーズィム・シャルアは現在、新生シリアにおける経済・投資関連全般にわたる広範な権限のもと、経済委員会の業務を監督している。彼は政府における公式な職位には就いていないが、2025年2月のサウジアラビア公式訪問の際には、大統領のすぐ隣に同行し、メディアに姿を見せている。
ハーズィム・シャルアは、大統領の初の外遊となるサウジアラビア訪問時、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子にシリア代表団の中で最初に紹介された人物であったと、サウジ国営メディアが撮影した映像で確認されている。ただし、会談後に公開された公式資料には彼の名前は記されていなかった。
「マキャヴェリ」
2024年12月、委員会はダマスカスに到着すると、当初はフォーシーズンズ・ホテルに本部を構えた。ここは国連シリア代表部や各国の外交関係者の拠点でもあると、ホテル従業員および事情に詳しいシリア人2人が証言している。
委員会のメンバーおよびシャーム解放機構の他の幹部たちは、部屋やスイートを無料で提供されていたと、事情に詳しい2人が明らかにしている。
また、ホテルスタッフおよび複数の関係者によると、フォーシーズンズの薄暗いシガーラウンジにあった充実したバーは、「シャイフ」たちのための非公開会談や和解交渉に対応するため撤去された。
なお、このホテルは2019年以降、フォーシーズンズ社によって運営されていないと、同社は説明している。ちょうどその年、米国はホテルのオーナーであるサーミル・ファウズを制裁対象とした。フォーズは本報道についてコメントしなかった。
2024年12月に投稿されたフォーシーズンズ・ホテル・ダマスカスの「XOバー」の写真。アサド政権崩壊後、この空間は新経済委員会の交渉ルームへと姿を変えたと関係者は語っている。
その後、委員会は徐々に、かつて有力実業家やアサド政権の経済総責任者ヤサール・イブラーヒームが使用していたオフィスへと拠点を移した。イブラーヒームはアサド失脚後、アラブ首長国連邦に居住しており、本報道へのコメントには応じなかった。
委員会は早い段階で、不正利得が疑われる実業家たちを訴追しない方針を固めた。その理由について、ある委員会メンバーは「彼らの土俵で戦うことになるからだ」と語った。アサド政権崩壊後、何人かの判事は解任されたが、多くは職にとどまっている。委員会関係者および交渉に関与した会計監査人によれば、新政府は、裁判制度に精通した実業家に法廷で敗北する可能性や、複雑な金融取引において証拠が不足し有罪判決を得られないリスクを懸念していた。
関係者によれば、潜在的な投資家を怖がらせないために、企業の強制押収(没収)という手段は退けられた。シリアには、1958年のエジプトとの短期的な統一時代から国家による国有化の歴史があり、内戦中にはアサド政権が反体制派の資産を差し押さえるという事例も続出していた。
その結果、選択肢として残されたのは、「実業家との取引」である。つまり、彼らが資産を手放す代わりに、シリアでの事業復帰を許可するという方式である。新政権も、彼らの専門的知見から利益を得ることができる。
交渉に詳しいある銀行関係者は、「新しいシリア指導部はフィデル・カストロではない」、むしろ「マキャヴェリ的だ」と述べている。
こうして、新しいシリア政府は、アサド時代の経済構造の解体を開始した。当時の経済は、アサドおよびその側近にリベートを支払うことを条件に主要セクターを割り当てられた大富豪たちと、アサドの経済顧問ヤサール・イブラーヒームが直接運営する企業帝国とに二分されていた。
その企業帝国は関係者の間で「グループ(The Group)」として知られていた。
グループ
2020年当時、アサドはロシアとイランの支援により内戦で勝利を収めたかに見えた。
その頃、アサド政権は「アフド」(と名付けられた100社以上の企業連合体を設立したと、創設当初から計画に関与していた人物および企業文書が示している。
これらの企業は、アサド政権の高官や側近たちが実業家と利益を共有する構造となっており、そのすべてを監督していたのがイブラーヒームだった。アサド政権崩壊後、これら企業の所有構造はさらに不透明さを増した。
アラビア語の「アフド(Al Ahed)」には、「統治」や「誓約」など複数の意味がある。
ロイター通信が確認したところによれば、2020年に一般公開を想定して制作された未公開広告映像が存在し、そこではアサドとアフドが直接結びつけられており、この企業体を「戦後シリアの復興を支援する民間企業」として描いている。
映像では、崩れた建物や避難民の様子が空撮され、不安と恐怖が漂う場面から始まるが、その後、勇壮な音楽とともに建設現場や豊かな農地、生産ラインの様子へと切り替わる。
ロイター通信が入手した2020年制作の未公開広告映像の一部には、内戦からの復興を支援する民間企業としてのアフドを描き、バッシャール・アサドとその妻アスマーが少年を慰める姿が映されている。
ナレーションはこう語る。「ときに、戦争に打ち勝つのは、誰かの笑顔だったり、顔の悲しみをすべて拭い去ってくれる人だったりすることがある」。その言葉に重なるように、アサド夫妻が涙を流す子どもの頬を優しくなでるシーンが流れる。「我々は前進することを決意し、自分たちの夢に似た、新たな現実を創ることにした」。
また、ロイター通信が確認した2021年の内部プレゼンテーションのスライドには、アフドのもとに設立された実体企業とペーパーカンパニー群が示されており、通信、銀行、不動産、エネルギーといった主要経済分野を掌握する目的が明記されている。
2024年12月8日、ダマスカスが陥落すると、経済帝国を束ねていたイブラーヒームは国外へ逃亡した。彼の姉であるナスリーンは、「グループ」が支配権を失ったことを嘆いたという。
「我々は、もはやこれらの企業とは一切関係がない。彼らが好きなように運営すればいい」と、イブラーヒームの姉ナスリーンは関係者に向けて送ったWhatsAppメッセージで述べている。ナスリーン本人には取材できなかった。
委員会は、アサド政権時代の企業支配構造を示すこのプレゼン資料を入手し、それを手引きとして企業の買収を進めている。ロイター通信が確認した更新版の資料には、かつてのアサド政権の国旗が新政権のものに差し替えられているという。
シリアの政治経済に詳しいロンドン大学キングス・カレッジのレイナウド・レンダース教授は、「ヤサール・イブラーヒームはシリア経済のほぼすべての分野に食い込んでおり、2024年には国家総生産の最大30%を支配していた可能性がある」と分析している。世界銀行の推計によると、2023年のシリアのGDPは62億ドルで、戦前の約10分の1にまで減少していた。
「グループ」の元財務責任者によれば、その中核事業の総価値は最大9億ドルに達したという。ただし、それ以外にもアサド政権が財閥に強制的に提携させたことで得た資産、たとえば国内主要通信会社シリアテルなどもあり、戦争が長引く中で経済を「食い物にしていた」とされる。
こうした提携の中には、米国から制裁を受けている砂糖・不動産王サーミル・ファウズ、複数業種にわたるビジネスを展開するムハンマド・ハムシュー、そして大規模な石油・小麦事業を展開していたカーティルジー兄弟(ムハンマドおよびフサーム)らが含まれる。
ムハンマド・ハムシューは、戦前に多部門にわたる経済活動を行っていたアサド時代の大物実業家の1人であり、現在は新政権と交渉を始めている。
「グループ」の財務管理は、当初、委員会にとって困難だった。というのも、アサド政権の経済総責任者ヤサール・イブラーヒームの側近であるアフマド・ハリールという人物のみが、銀行口座への法的アクセスを持っていたからであると、「グループ」の元上級管理職3人が証言している。
委員会は、イブラーヒームおよびハリールに対して、帝国の80%を引き渡す代わりに免責を与えるという提案を行ったが、交渉は難航したという。関係者によれば、イブラーヒーム、ハリール、カーティルジー兄弟はいずれも本報道に対してコメントを拒否し、ムハンマド・ハムシューのみが不正行為を否定した。
それでも、委員会は中間管理職との取引を通じて徐々に支配を拡大した。
イブラーヒームの側近だった主要スタッフの1人は、免責と引き換えに「グループ」の内部データを提供したと証言している。
また、数ヵ月にわたり委員会と協力してきたもう1人の財務担当者は、アサド時代の企業帝国のうち少なくとも半分がすでに接収されたと述べた。これには国内の主要通信会社シリアテルも含まれており、ロイター通信が確認した法人登記文書によれば、現在は委員会が任命したメンバーが署名権を持って同社を支配している。一方、シリアテル側はロイター通信の一部調査内容が「誤っている」と主張しているが、詳細な反論には応じなかった。
米国務省の高官は、現在も維持されている米国の対シリア制裁について、「説明責任を促進するためのものだ」と語った。
「シリアにおける広範かつ持続的な安定は、過去14年間にすべての当事者が行ってきた人権侵害に対する、意味ある正義と説明責任の実現にかかっている」という。
新しい「航空会社」?
ロイター通信が確認した文書と、事情に詳しい3人の証言によると、「グループ」に属していた大企業のいくつかは現在、名称を変更して操業を再開している。
これには、シリア唯一の民間航空会社シャーム・ウィングスも含まれている。
同航空会社は、所有者イサーム・シャンムートとの和解に基づき、新会社フライ・シャームへと改組されたと、航空業界の上級関係者3人、シャーム・ウィングスの従業員1人、さらにロイター通信が確認した法人登記記録が示している。
シャーム・ウィングスおよびイサーム・シャンムートは、以下の疑いで米国および欧州連合(EU)の制裁対象となっている。
国家による訴追免除との引き換えに、シャーム・ウィングスのオーナーであるイサーム・シャンムートは同社の株式の45%を手放したと、ロイター通信が確認した文書に記されている。また、シャンムートは5,000万ドルを支払い、さらに所有する航空機2機を国営のシリア航空に譲渡したと、航空業界の情報筋が証言している。残る3機の航空機はいずれもエアバスA320型で、「フライ・シャーム(Fly Cham)」のカラーに再塗装されたものの、尾翼番号はそのままとされた。
シャンムートは自動車販売代理店シャンムート・オートについては保有を継続しているという。
シャーム・ウィングスの広報担当者はコメントを拒否した。フライ・シャームの広報担当者は次のように述べた。「シャーム・ウィングスは閉鎖された。フライ・シャームはまったく新しい会社だ」。その後の声明では、詳細については委員会に直接問い合わせるようロイター通信に指示した。
一方、国営のシリア航空のゼネラル・ディレクターであるサーミフ・ウラービーは、2025年5月に国営通信社のSANAに対し、「新たに2機の航空機が国家機材に加わる予定だ」と述べたが、詳細には触れなかった。
その数日後、シャーム・ウィングスのA320機(尾翼識別番号:YK-BAG)がシリア航空の塗装を施された姿で確認された。
崩壊した村
シリアで最大級の実業家たちの中にも、新政府との取引に応じた者がいる。
2019年に「戦争復興利権」で利益を得た疑いで米国の制裁を受けたサーミル・ファウズは、約8億〜10億ドル相当と見られる商業資産のおよそ80%を新政府に引き渡したと、取引に詳しい人物が語った。これには中東最大級の製糖工場、鉄の溶鉱炉、その他の複数の工場が含まれているという。
また、金属加工、電線製造、電子機器、映画スタジオなど幅広い分野を手がけてきたムハンマド・ハムシューは、6億4,000万ドルを超える資産の約80%を引き渡したと、関係者3人が明らかにしている。その結果、彼は約1億5,000万ドルの資産を保持し、家族も一部の企業を維持しているという。
ダマスカス郊外のアドラー工業都市にあるこの溶鉱所は、ハムシューの主要資産の一つであり、現在は委員会の管理下にある。
今回の取引の一環として、ハムシューは「グループ」が部分的に接収していた利益率の高い製鋼工場を放棄した。
彼は、シリア反体制派や人権団体、他の実業家たちから、アサド政権によって破壊された市街地から回収された金属をこの工場で加工していたと非難されている。
米財務省は、ハムシューが政府との関係を通じて財を成し、またアサド大統領の実弟で第4師団を率いたマーヒル・アサドの「フロントマン」(名義人)として活動していたと主張している。西側諸国政府は、第4師団がカプタゴンの違法製造および取引に関与していたと指摘している。
ハムシューは2025年1月にシリアへ帰国し、現在はダマスカスの高級住宅街マーリキー地区にある自宅ペントハウスで国家の保護を受けて生活している。ロイター通信記者は、彼の住宅入口に制服姿の武装警備員が常駐しているのを複数回確認している。
アサド政権の崩壊によりシリアに新たな時代が訪れるという期待は高まっていたが、アフマド・シャルア政権は困難に直面しており、最近ではドゥルーズ派が多数を占める南部地域で流血の事態が発生している。
アサド政権下で通商大臣や顧問を務めたアムル・サーリムは、シャルア新政権の「現実的アプローチ」が破綻状態にある国家には有益となり得るとしながらも、「和解の透明性の欠如」や「明確な基準の不在」が新たな権力乱用を招く危険があると警鐘を鳴らした。
「私自身も取引を持ちかけられたが断った。私は何も悪いことをしていないからだ」とサーリムはロイター通信に語った。
こうした取引は、アサド政権と結びついた著名人たちが司法の裁きを受けることを望んでいる多くのシリア国民の怒りを買っており、2025年6月には小規模な抗議デモが2件発生した。
「これはシリア国民への侮辱だ。アサドのビジネスマンや、アサドと手を組んでいた者たちの復帰には、街頭で強い不満が出ている」と、ハムシューの帰還に対して抗議を行った活動家のアブドゥルハミード・アッサーフは語っている。
ロイター通信の取材に対し、ムハンマド・ハムシューは委員会と交渉を行ったことを認めたが、和解が成立するまでは詳細を控えると述べた。
「私は実業家や投資家たちに、シリアへの注目を促したい。シリアは自由市場経済を採用しており、多様で将来有望な投資機会に満ちた肥沃な地である」と語った。
シリアは現在、急速に投資の誓約を集めており、2025年7月23日から始まった2日間の投資会議では、サウジアラビアの投資大臣が率いる経済代表団が訪問した。主要経済分野において最大60億ドル規模の投資案件が議論されている。
一連の和解プロセスが終盤を迎える中で、委員会の一部メンバーが公職に就くようになった。少なくとも2人が、アフマド・シャルア大統領が2025年5月に設置した不正蓄財管理委員会に正式に任命されている。
委員会関係者によれば、これまで「影で行ってきた作業を公式化」する試みの一環だという。
「これは内外からの完全なリブランディングだ」と、同関係者は語っている。
「シャイフ」という敬称の使用は徐々に廃止され、アラビア語の「サイイド」(氏)に置き換えられつつある。電話会議や打ち合わせはいまだに深夜に及ぶこともあるが、書類手続きなどは日中の営業時間内に処理されている。
また、委員会のメンバーたちは、かつてのカーキやカジュアルな服装からスーツへの着用が義務づけられ、拳銃の露出も禁じられたという。
委員会のメンバーたちには、カーキ色のズボンやカジュアルな服装の代わりにスーツを着用するよう指示が出されており、また、ピストルを目に見えるところに出さないようにとの命令も受けていると、そのメンバーは語った。
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